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あなたの剣になりたい  作者: 四季
8.躊躇いと、告げられる言葉
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episode.112 彼女は確かに目の前にある

 デスタンから注意を受けた後、自室へ戻る。


 彼がリゴールをいかに大切に思っているのか。そして、リゴールのためにどんなに色々なことを考えているのか。

 それは分かった。


 ……いや、元々知ってはいたけれど。


 厳密には、分かっていなかったのが分かったのではない。前から分かっていたのが、さらに分かったという状態なのである。


 そのこと自体は悪くはなかったのかもしれない。


 けれど、リゴールとの関係を改善するヒントは、私には見つけられなかった。


 真っ直ぐに向き合えばいい。

 彼だけを見つめればいい。


 そう思いはするけれど、それは、そんなに簡単なことではないのだ。


 これから私はリゴールにどう接すればいいの?

 その問いの答えは、まだ出ない。


 純粋に彼を大切にしたいこの気持ちを胸に歩んでゆけば、エトーリアの存在がいずれ立ちはだかる壁となるだろう。その壁は多分、天辺が見えぬほど高いものに違いない。しかも、単に壊せば良いだけの壁でないところが厄介。ただ壊せば良いだけなら苦労はしないが、私への思いやりがあるゆえの壁なので、対処が難しい。


 そんなことを歩きながら、私は一旦自室へ戻った。


 が、扉を開ける直前、足を止める。


「……話してみなくちゃ」


 リゴールと、である。


 厄介そうなエトーリアは後回し。今はそれでいい。今は取り敢えず、少し話せば分かり合えそうなリゴールと話してみよう。


 部屋の中でうじうじしていても始まらない。

 そうして、私はリゴールの部屋へと向かうのだった。



「あ、こんばんは。エアリでしたか」

「いきなりごめんなさい」


 リゴールの部屋を訪ねると、幸運なことに、彼と会うことができた。

 彼は、扉を開けて私を見た時、少々気まずそうな顔つきをしたけれど。でも、嫌な顔はしないでいてくれた。


「少し、話がしたいの」

「お話……ですか?」

「えぇ。私、リゴールとまた仲良くしたくて」


 そう述べると、リゴールの顔面は曇った。瞼を半分ほど伏せ、切なげな表情を浮かべる。


「……それは、無理です」


 リゴールの声は弱々しい。しかし、言い方はきっぱりしている。

 彼の心には彼なりの決意があるということなのだろうか。だとしたら、それを変えることは容易ではないかもしれない。


 けれど、それでも私は、リゴールに私の気持ちを分かってほしい。エトーリアが何と言おうが関係なく、私はリゴールの傍にいたい——それを理解してほしいのだ。


「どうして無理なの?」

「エアリこそ、なぜ、お母様のお言葉を聞かず……いえ、すみません。本当は、貴女にもお母様にも罪はないのです」


 そうして訪れる、沈黙。


 声も音もなく、人の気配すらない。そんな静寂は、あまりに痛くて。肌を、胸の奥を、針で突かれているかのような感覚すらある。


 そんな沈黙の果て、リゴールは僅かに唇を開く。


「わたくしに勇気がないことが……すべての元凶です」


 発言の意味をすぐに理解することはできなかった。だが、その後十秒ほど考えたら、自身に責任があると言っているのだということくらいは掴めた。無論、それが正しい解釈なのかどうかは不明だけれど。


「とにかく、エアリは悪くありません。ではこれで……」


 部屋に引っ込もうとするリゴールの片腕を、咄嗟に掴んだ。


「待って!」


 リゴールは驚いたようにこちらを見る。私は何とか待ってもらおうとリゴールを凝視する。半ば無意識のうちに、二人の視線が重なった。


「お願い、待って」

「……エアリ」

「どうか落ち着いて話を聞いて。貴方は私のことを嫌いになったわけではないのでしょう?」


 もうチャンスを(のが)したりはしない。

 できることはすべてしよう。


「それは……そうですが」

「なら私たち、きっと分かり合えるわ」

「し、しかし、お母様は……」

「母は関係ない! これは、私とリゴールの問題よ」


 私は少し調子を強めてしまったが、声を落ち着かせて続ける。


「そうでしょう?」


 するとリゴールは、五秒ほど間を空けてから、こくりと頷く。


「……仰る通りです」


 さらにそこから少し空けて、リゴールは口を動かす。


「そのためにも、ブラックスターの輩に襲われなくなる方法を、速やかに考えねばなりませんね」


 リゴールは、私とは反対の方向を向いていた体を回転させ、顔と体をこちらへ向ける。どうやら付き合ってくれるようなので、私は掴んでいた手を離した。彼がその気になってくれたなら、もう掴んでいる必要もない。


「わたくしはこの屋敷から出た方が良いかもしれません。しかし、そうなるとデスタンのことが心配です……」


 心配するところが若干間違っている気はする。が、長い間傍にいてくれたデスタンのことを心配するというのは、ある意味では当然のことと言えるのかもしれない。とはいえ、普通は自分の身を一番気にしそうなものだが。


「デスタンさんはミセさんの家に引き取ってもらう、というのは?」

「そんなことが可能でしょうか……?」

「ミセさんならきっと大切にしてくれると思うわよ」


 一体何の話をしているのか、という感じではあるけれど。


 その後もしばらく、私とリゴールは話し合った。

 主に、これからのことについて。


 エトーリアにとやかく言われないよう、敵襲の可能性を減らす策を考えなくてはならない。が、それは案外難しく。パッと答えが出るような問題ではなかった。


 結局良い答えは出なかった。


 リスクの多い選択肢がとにかく多過ぎるのだ。


 何かを手にするということは、何かを失うということ。それが世における『当然』だから、リスクのない選択肢などありはしないのかもしれないけれど。



 その夜。


 ふと目が覚めて瞼を開くと、紅の何かが視界に入った。


 さらりと流れる、唐紅の髪。

 見覚えがある。


「えっ……」


 血のごときワンピースに、黒いレースの袖。そして、紅の髪。


 間違いない。

 ブラックスター王妃の彼女だ。


 ——でも、彼女がなぜここに?


 その疑問が消えない。


 私は、エトーリアの家の自室でベッドに横になっていたはず。だから、ブラックスター王妃がこんなところにいるはずがない。


 でも、確かに見える。

 見間違いではない。


 幻かもしれないけれど、彼女は確かに、目の前にある。

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