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あなたの剣になりたい  作者: 四季
8.躊躇いと、告げられる言葉
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episode.109 そんなのは思いやりじゃない

 その日、夕食の後、帰ってきていたエトーリアに呼び出された。


 あまり使われていない一室。木の窓枠がいかにも古そうな窓があり、そこからは、外の景色が見える。とはいえ、今は夜。だから外は暗く、それゆえ、窓から見える景色もはっきりとはしていない。木々のシルエットと灰色に塗り潰された空少しが見える程度で。ただ、かなり大きな窓なので、昼間であればもっと景色がはっきりと見えそうだ。


 そんな部屋に、私は呼び出されたのである。


 バッサからの伝言によれば「一人の方が良い」とのことだった。

 なので、私は、一人で部屋に入ったのだ。


 部屋の中では、美しい金髪を下ろし緩やかなラインのワンピースを着たエトーリアが待っていた。


「来たわね、エアリ」


 そんな言葉で私を迎えてくれたエトーリアは、室内に二つ置かれている一人掛けソファの片方に、足を揃えて座っている。


 長く伸びた金髪。滑らかな肌に、しわの少ない顔。少女的な印象を与える、体のラインの出ない白のワンピース。


 今のエトーリアは、まるで人形のよう。

 すべてが整っていて、美しく——しかしながら、どことなく不気味。


 母親に対し「不気味」などという言葉を使うのは、失礼と思われるかもしれない。だが、今私が感じているものに相応しい言葉は、他には見つけられないのだ。


「母さん……何か用?」


 気まずさを感じつつも、尋ねてみた。

 するとエトーリアは静かに口を開く。


「また敵襲があったのね」


 発言の意図が分からない。

 どう返せば良いのか。


「え、えぇ……そうなの。けど、皆無事だったわ!」


 私は悩みつつも、そう返した。


「そうね。安心したわ」


 エトーリアは微笑む。


 だが今は、その微笑みさえも、怪しげに感じられて。

 彼女の顔を直視できない。


「……ねぇ、エアリ」

「何?」

「こんなことを言っては貴女を傷つけることになるかもしれない……そう思って、今までは黙っていたわ。けれど、今日、言おうと決意したの」


 エトーリアは真剣な声色で言う。

 これから何を告げられるのだろう、と不安になりつつも、私は再び「何?」と返した。


「やっぱり、彼とは一緒にいない方が良いわ」

「……彼って、リゴールのこと?」


 戸惑いつつ確認すると、エトーリアはこくりと頷く。


「そう……怒らないで聞いてね、エアリ。わたし、やっぱり、エアリは彼と共に在るべきではないと思うの」


 どうして?

 なぜ、いきなりそんなことを言い出すの?


 頭の中が疑問符で満たされていく。

 エトーリアの発言の意味をすんなり理解することは、私にはできそうにない。


「これからもこんなことが続いたら危険だわ。だからエアリ……彼とは離れた方が良い。わたしはそう思うの。せめて、一緒にいないように心掛けるくらい、した方が良いわ」


 エトーリアはそんなことを言う。

 でも、同意はできない。


「私はそうは思わないわ」

「エアリ……なぜ分からないの? 彼といれば、敵襲が何度も繰り返されるのよ?」

「彼の力になると決めたの。だから私、今さら去れないわ」


 リゴールを護ろうと、彼の剣になろうと、そう決めたのだ。誰に何と言われようが、その決定を変える気はない。


「あのね、エアリ。わたしはただ、エアリに傷ついてほしくないだけなの」

「……傷ついてほしくないなら、そんなことを言わないでちょうだい」

「いいえ。言うわ。エアリはわたしの娘だもの」


 エトーリアは、きっぱりと言い放つ。


「彼は強くはないとしても男性だわ。でもエアリは違う。貴女は女の子。だから、エアリが無理して彼を護ろうなんて、しなくていいことなのよ」


 彼女が私の身を案じてくれているのだということは分かっている。心配しているからこそ、こう言ってくれているということは、理解できる。


 でも、彼女が言っていることは、私がリゴールを護らない理由にはならない。


 男だから、一人で生きてゆけるわけではない。

 女だから、誰かを護ってはいけないわけでもない。


「私はもう決めたの。彼の力になるって。……だから、心を変えるつもりはないわ」


「力になろうという想いは責めないわ。でもね、エアリ。それによってエアリ自身が傷つくのなら、わたしは母親として、その選択に賛成はできないの」


 緊迫した空気が室内を埋め尽くす。


 エトーリアは譲らない。

 もっとも、私も譲る気はないから、お互い様といえばお互い様なのだが。


「今からでも遅くはないわ。どうか身を引いて。ここには、わたしやバッサさんがいるじゃない。わたしたちと、穏やかに暮らしましょう」


 ——穏やかに。


 それは魔法のようであり、逆に呪いのようでもある。


 ——穏やかな暮らし。


 それはきっと素晴らしいこと。

 けれど、リゴールを失う悲しみは、その素晴らしさよりもずっと大きいだろう。


「……望まないわ、そんなこと」

「どうして? 平穏が一番じゃない。ゆっくり眠ることさえできない毎日なんて——」

「リゴールと離れたくないの! ……たとえ平穏を手にしたとしても、彼と別れる悲しみの方がずっと大きいわ」


 でも、これは私の我が儘。

 エトーリアの屋敷に住ませてもらっている私に、こんな我が儘を言う権利はないのかもしれない。


 ミセの家に住ませてもらっていた時、デスタンはずっと、ミセの望むデスタンを演じていた。それと同じで、私も、エトーリアの望む私でいなくてはいけないのだろうか。


 もし、そんなことを求められるのなら。


 なら私は、もう、ここに残る気はない。


「母さんがどうしても嫌なら、私、ここから出ていくわ」

「どうしてそうなるの」

「住ませてもらっている以上、我が儘は言えないわよね。だから、私はここから出ていくの。そうすればもう、母さんには関係ないでしょ」


 あの火事の後しばらくそうしていたように、エトーリアとは離れて暮らせばいい。大丈夫、きっとできる。リゴールの傍にいられるなら、きっと平気。


「待って、エアリ。そうじゃないのよ。わたしはね、ただ、エアリのことを思って——」

「そんなのは思いやりじゃない!」


 私は思わず叫んだ。

 エトーリアの言葉を、途中で遮って。


「善意の押し付けよ!」


 そう言って、私は部屋から飛び出した。



 なぜ、理解しようとしてくれないの!

 どうして、一方的なことばかり言ってくるの!


 駆けているうちに、涙が溢れた。悔しくて、悲しくて、どうしようもなく。ただただ、辛かった。


「っ……」


 途中で足が絡んで、転びかけ、床に座り込んでしまって。私はそこから、立ち上がることができなくて。


 エトーリアに腹が立っていた。

 でも、少し経って私は気づく。


 ——彼女は、鏡に映った私。


「母さんには関係ないこと……放っておいて……」

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