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あなたの剣になりたい  作者: 四季
8.躊躇いと、告げられる言葉
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episode.105 やり取りしつつ

 扉一枚挟んだ向こう側に、不気味な生物が存在している。そう考えると恐ろしく、扉を開ける気になれない。皆と合流するには部屋から出なくてはならないわけだが、今この扉を開けてしまったらそれが戦いの幕開けになりそうで、ノブに手をかける勇気が出なかった。そんな私に、リゴールは声をかけてくる。


「大丈夫ですか? エアリ。顔色が良くありませんよ?」


 すっきりした顔立ちの彼に見つめられると、日頃なら、少しはドキッとしたかもしれない。けれど、今の状況においては、見つめられて胸の鼓動を速めている余裕はなくて。


「え、えぇ……ただ、開けてみる勇気がなくて」

「その目とやらが怖いからですか?」

「情けないことだけれど……そうみたい」


 するとリゴールは真剣な顔つきになり、落ち着きのある声色で「ではわたくしが開けます」と言ってくれた。


 先ほど一瞬扉を開けた時に見えたのは、目だけだった。つまり私は、扉の向こう側にいる何者かについて、ほとんど何も知らない状態なのだ。だが、それゆえに、恐怖心が高まるのかもしれない。人間は知らぬことや見たことのないものほど、異様に恐れるものだから。


「頼んで構わない?」

「はい。もちろんです」


 そう言って、本を取り出しつつ、扉のノブを掴むリゴール。


「リゴール、大丈夫?」


 彼とて無敵ではなかろう。見えぬものへの恐れも、少しくらいはあるはずだ。だから私は、確認のため質問してみた。


 けれど、リゴールは意外としっかりしていた。


「もちろん。お任せ下さい」


 彼はそう返し、微笑む。

 それは、夏の空のような、とても爽やかな笑みだった。



 扉がゆっくりと開く。

 その隙間には、やはり眼球。しかも、血のように赤黒い。


 それを目にしたリゴールは、ほんの一瞬、顔を強張らせた。が、すぐに落ち着いた表情になる。凛々しい目つきだ。


 人一人が何とか通れるくらいまで開いた時、赤黒い眼球の持ち主は、その隙間に入り込んできた。


「……入らせません」


 リゴールは息を吸い込む。


 そして、魔法を放つ。


 黄金の光が、扉と壁の隙間に向かっていく。

 室内に入り込もうとしていた薄緑の体の敵は、筋になった黄金の光をまともに食らい、焼けるように消えていった。


「行きましょう、エアリ」

「不用意に出歩いて大丈夫かしら……」


 またあんな生き物に遭遇するかもしれないと思うと、部屋から出る気にはなれなくて。


「エアリ? 不安なのですか?」


 リゴールは心配そうな顔で歩み寄ってきてくれる。

 彼のそんな姿を見ていたら、少し、申し訳ないような気分になってしまった。本当に不安なのは、私ではなく、彼の方だろうに。


「……平気。どうってことないわ」


 私は笑顔を作って返す。

 が、リゴールは怪しむような顔をするだけ。


「……本当ですか?」

「えぇ」

「本当に?」

「えぇ」


 ほぼ同じやり取りを二度繰り返した後、リゴールは柔らかに微笑んだ。


「分かりました。では参りましょう」



 私たち二人は廊下へ出る。


 いつもなら人のいない廊下は静かなのだが、今日は少し違っていた。何やら騒々しい。使用人がパタパタと行き来しているのも、日頃とは違う。


 リゴールと話し合った結果、まずはデスタンの部屋に行ってみることになった。


 ——だが、その途中でリョウカと遭遇。


「エアリ! リゴール!」


 リョウカは私たちをすぐに見つけ、小走りで寄ってくる。その面に笑みはなく、とにかく真剣な表情が浮かんでいて。ただ、それでも顔立ちの可愛らしさは消えてはいない。


「何か起こっているの?」

「そうそう! また敵襲とか何とか!」


 まったく、もう、面倒臭い。またか、と言いたい気分だ。


 でも、言えない。

 多少なりとも身の危険はあるわけだから、そんな呑気なことを言っていられるような状況ではないのだ。


「だからあたし、剣を取りに帰ってるところなの!」

「そうだったの」

「うんっ。戦わなきゃいけないかもしれないから!」


 リョウカまで巻き込まれるのだと思うと、とても明るくはいられなかった。だから、暗い顔になっていたのかもしれない。そんな様子を見てか、リョウカは問いかけてくる。


「エアリ、大丈夫? 何だか体調悪そうだよ?」


 またもや心配させてしまった。


「そんなことないわ。元気よ」

「そうは見えないけど……ま、いっか。とにかく、敵には気をつけて!」


 こうしてリョウカと別れた私とリゴールは、再び足を動かし始める。目的地であるデスタンの部屋にたどり着くために。



 デスタンの部屋に到着。

 その室内へ駆け込む。


 部屋には、ベッドに横たわっているデスタンとそれに付き添うミセ、二人だけがいた。


「あーら、エアリ。それにリゴールくん!」


 エアリの部分とリゴールの部分の温度差が、微妙に気になる。しかし、今は、そんな小さなことを気にしている場合ではない。


「デスタン」


 てってってっという軽やかな足取りでベッドに向かっていくのは、リゴール。


「無事ですね」

「はい」

「良かった……」


 リゴールはミセの存在を微塵も気にしていない様子。だが、相手がリゴールだからか、ミセの方もさほど気にしていないようだ。


「王子も、ご無事で何より」

「ありがとうございます」

「またしてもブラックスターですか?」

「はっきりとは分かりませんが……恐らくそうかと」


 リゴールは、ベッドの脇に座り込み、横たわるデスタンの片手をそっと握っている。デスタンは横になったままだが、髪に隠されていない側の瞳で、リゴールをじっと見つめている。


 そんな二者を後ろから見守るミセは、母親のような、穏やかな笑みを浮かべていた。


「いきなりお邪魔してすみません、ミセさん」

「あーら? いきなり謝るなんて、エアリ、おかしいわねぇ」


 何と返せば良いのか。


「驚かせてしまったのではありませんか?」

「別に。大丈夫よ」


 ミセの口調は驚くほどさっぱりしていた。

 こんな状況におかれているにもかかわらず、彼女はとても落ち着いている。声も動作も、冷静そのものだ。


「それより、ここ、本当に何がどうなっているの? 色々わけが分からないわぁ」

「で、ですよね……」


 ただ苦笑するしかなかった。


 私とて、すべてを把握できているわけではない。

 それゆえ、何とも言えないのである。

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