表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたの剣になりたい  作者: 四季
8.躊躇いと、告げられる言葉
104/206

episode.103 雨降りは終わらない

 ペンダントの剣を使っての十本勝負、私は四勝六敗だった。


 日頃訓練で使っている木製の剣とはコントロールする際の感覚が大きく違っていて。それにすべての責任を押し付けるわけではないが、感覚の違いゆえ剣を思った通りに操れず、負けの方が多いという結果になってしまった。


「剣変えてみてどうだった? エアリ」

「そうね……何だか怖かったわ」


 リョウカの問いに、私は正直に答えた。


「怖かった、って?」

「えぇ。実際に斬られる可能性があるもの、恐怖心を抱かずにはいられなかったわ」


 訓練という意味での戦闘なら、星の数ほど重ねてきた。だが、実際に戦った経験は、まだほんの数回しかない。それゆえ、緊張感の中で戦うという経験が、私にはまだ足りていない。今回の十本勝負で、それを改めて思い知った。


「ま、けど、そういう経験も必要かな?」

「えぇ。そう思うわ」


 実戦は多分、こんなものではない。


 今は訓練の一環だから、リョウカは手加減してくれているはず。少なくとも、本気で倒しにかかってきてはいない。


 だが実戦になれば、手加減などありはしない。


 敵は本気でかかってくる。負けまいと、がむしゃらに来るだろう。

 そうなれば、もっと熾烈な戦いになるはずだ。


 その緊張感にも潰されない強い心を身につけなくては。


「素晴らしい剣(さば)きですね、エアリ」

「協力してくれてありがとう、リゴール」

「いえ。わたくしにできることがあれば……何でも仰って下さい」


 十本勝負を終えた私に、協力者のリゴールは温かく接してくれた。


「……あ、そうでした」

「何?」

「エアリ、訓練はこれで一旦休憩ですか?」

「えぇ。そうなると思うわ」

「では! わたくしがお茶を持って参ります!」


 リゴールは嬉しくてたまらないというような笑みで、そんなことを言ってくれる。


「リョウカさんの分もお持ちしますね」

「えーっ! あたしまで? いいのっ?」

「はい。それでは、少し失礼します」


 笑顔のリゴールは、丁寧にそう言ってから、軽く頭を下げる。

 そして、部屋から出ていった。


 室内から彼の姿が消えた瞬間、リョウカが私に声をかけてくる。


「彼、意外といい人だね!」


 リゴールがいい人。

 その発言には、全面的に賛成する。


 それは、私も常々思っていることだから。



 待つことしばらく。

 リゴールが戻ってきた。


 彼が両手で丁寧に持つ円形のお盆には、透明なグラスが二個。そこには、赤茶色の液体が注がれている。


「お待たせしました」


 柔らかく微笑みながら述べるリゴールに、リョウカは小走りで寄っていく。


「おおっ! もうできたの!?」

「はい」


 話に入りそびれてしまった。


「凄! 早!」

「光栄なお言葉です」

「何でもできるんだねっ」

「いえ。何でもとはいきませんよ」


 たおやかに言って、リゴールはこちらへ歩いてくる。そして彼は、私の前で足を止めた。


「どうぞ」


 グラスを差し出されたが、すぐに受け取ることはできなかった。というのも、心の準備ができていなくて。


「エアリ?」

「あ、ごめんなさい」

「もし良ければ、どうぞ」

「ありがとう」


 差し出された瞬間からかなり時間が経ってから、私はグラスを受け取った。


 透明なグラスは、赤と茶を混ぜたような色みに染まっている。ただのお茶という感じの色彩ではない。どこか不思議な、魔法のような、そんな色合いだ。


 私が一人意味もなくグラスを眺めていると、リョウカがリゴールに尋ねる。


「あたしも貰っていい!?」

「はい」

「ありがと! 助かるっ」


 リョウカは、お盆の上に残っていたグラスを自ら手に取ると、鑑賞することもなく飲み始める。

 多めの一口をごくりと飲み込み、リョウカは明るい声で言い放つ。


「凄い! 美味しいよ、これ!」


 美味しいという意見を聞くと、飲みたい気持ちが高まる。そこで私は、鑑賞することを止め、グラスの端に唇をつけた。グラスは冷えていて、端に唇を当てると、口元にひんやりした感覚が駆ける。運動の後だけに、その冷たさが心地よい。


「……さっぱりしてる」


 思わず漏らした。

 するとリゴールは確認してくる。


「気に入っていただけましたか?」

「えぇ、美味しいわ」


 厳しい訓練の後に、美味しい飲み物とほのぼのとした会話。

 こんな幸せなことは、世の中なかなかない——そんなことを思ったりした。



 翌日も、その次の日も、雨。

 世は薄暗く、空は一面灰色で。降りしきる雨は、いつまでも止みそうにない。


 単なる雨季なのかもしれない。ただ、こんな大雨が続いたことは、私の記憶にはなくて。だから、降り止まぬ雨を、妙に不気味に感じてしまう。


 そんな中でも、ミセはデスタンのところへ来てくれていたし、使用人は買い出しに行ってくれていた。

 彼女らにとっては、大雨など、何の意味も持たぬことだったのかもしれない。


 でも、私にはそうは捉えられなくて。


 天気は、心。

 空は、心映し出す鏡。


 そして、逆もまた言える。


 それゆえ、雨空が続けば続くほど、胸の内も暗くなっていってしまうのだ。



 降雨が続いていた、そんなある日。何の前触れもなく、ウェスタが屋敷を訪ねてきた。銀の髪を湿らせることさえ躊躇わず。


 バッサから訪問者があったと聞いたことで、私は、訪問者の彼女——ウェスタと顔を合わせることになった。


「久々ね、ウェスタさん」

「いきなり申し訳ない」

「構わないわ」


 濡れていた彼女を屋敷の中へ招き入れ、タオルを渡し、二人きりで話を始める。


「それで? 何か用?」


 まずはこちらから問う。

 するとウェスタは、濡れた体をタオルで拭きながら返してくる。


「伝えねばならないことがある」


 ウェスタの表情は真剣そのもの。彼女の顔には、「冗談」の「じょ」の字もない。


「……ブラックスターが、本格的に動き出した」


 冷ややかな声で告げられたその内容に、思わず喉を上下させてしまう。得体の知れない緊張感に襲われ、背筋には氷に触れたような感覚が走る。


「それは、どういう意味?」

「……ブラックスターの術の気配を感じた」

「そんなものが分かるの?」

「分かる。ブラックスターの術を使うことのできる者なら……誰でも」


 ウェスタの視線は真っ直ぐで、嘘をついているとはとても思えない。いや、そもそも、彼女が私たちを騙す意味などないはずだ。ブラックスターに所属していた時代ならともかく。


「あくまで警告。……詳細を伝えられないことは、申し訳なく思う」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
読んで下さった方、ブクマして下さっている方、ポイント入れて下さった方など、ありがとうございます!
これからも温かく見守っていただければ幸いです!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ