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あなたの剣になりたい  作者: 四季
8.躊躇いと、告げられる言葉
102/206

episode.101 面白くなりそうだね

「あーん! デスターン!」

「……無理矢理されては飲み込めません。困ります」

「えぇー。絶対美味しいのにぃー」


 あれ以来、ミセはほぼ毎日訪ねてきている。


 午前中にやって来て、デスタンの部屋へ直行。それからはずっと彼の傍に控え、彼の身の回りの世話をして一日を過ごす。そして、夕方頃に帰っていく。


 それがミセの日々の暮らし。


「ミセさん、今日も来て下さっていたのですね」

「あーら、エアリじゃない」

「いつもお疲れ様です」

「アタシは来れる限り毎日来るわよ。だって、愛するデスタンのためだもの」


 正直、ミセがここまでするとは思っていなかった。


 ミセの家からこの屋敷までは、結構な距離がある。行き来だけでも、そこそこ長い時間がかかるはずだ。少なくとも、気楽に行き来できるような距離ではない。


 たとえ相手を愛していたとしても、忙しい暮らしを継続する気力を保ち続けるのは簡単なことではないはず。それを迷いなく続けているミセを見たら、凄いと思わずにはいられない。


 少なくとも私にはできないこと。


 彼女だからできるのだ。


「さぁデスタン! 食べてぇ!」

「……大きな声を出すのは止めて下さい」

「静かにするわぁ。だから食べてちょうだぁーい」

「その不気味な話し方、止めて下さい」


 ミセは茶色いスープの入ったスプーンの先を、デスタンの口元へと持っていく。それに対し、デスタンは眉をひそめる。が、数秒経過してから、さりげなく口を開けた。ミセはすかさず、スプーンの先端を彼の口腔内へ突っ込む。


 ——しばらくして。


 スプーンがデスタンの口から取り出された時、茶色いスープは消えていた。


「美味しい?」

「そうですね……」

「美味しいのぅ? どうなのぉ?」


 ミセは執拗に聞く。

 どうやら、デスタンに「美味しい」と言ってほしいようだ。


 だが、デスタンの口から出たのは、厳しい意見だった。


「不味いとまではいきませんが、少し塩辛さが強いような気がしますが」


 空気を読んで褒めておかない辺りは、デスタンらしいと言えるかもしれない。が、個人的には「少しくらい気を遣っても良かったのでは?」と思わないこともなかった。


「えぇー、本当ぅ?」

「はい。塩がきついと喉が渇きます」

「デスタンたら正直ぃ」


 味を否定されても、ミセは微塵も動じていなかった。


 これも愛しているゆえなのか?

 私にはよく分からない。


 ただ一つ分かることがあるとすれば、それは、今の状況で私がここにいても何の意味もないということ。デスタンとの交流に夢中なミセには、私の存在など見えていない。


「ではミセさん、私はこれで失礼します」

「はぁーい!」


 やはり、思った通りの返答。ミセにしてみれば、室内に私がいるかどうかなど、どうでもいいことだったようだ。


 少し寂しい気はするけれど、幸せならそれが一番。

 そう思いながら、私はデスタンの部屋を出た。



 部屋を出て、扉を閉め、歩き出す。人のいない廊下は静か。妙だなと感じてしまいそうになるほど、静かだった。無論、私以外には誰もいないのだから当然なのだが。


 そんな廊下を、私は一人歩いていく。


 私たちはこれからどうなるのだろう?

 どんな景色を見ながら行くことになるのだろう?


 一人、そんなことを考えながら。



 ◆



 ブラックスターの首都に位置する、ナイトメシア城。その要塞のような城に併設された牢に監禁されているトランのもとへは、今日も、係の兵がやって来る。


「夕食の時間だ! 入るぞ!」

「……はいはーい」


 床に座っているトランは、気だるげな声で、係の兵を迎え入れる。


「喜べ。今日は少し良い夕食だ」


 兵士が持つお盆には、器が三つとコップが一つ。さらに、金属製のスプーンとフォークが一本ずつ乗っている。


 広げた手の親指から小指の距離程度の直径、三つのうち一番大きな器には、牛肉とネズミ肉を使った肉団子のトマトソース和え。一番浅い器には、干からびたパンが二つと赤いジャム。三つのうち一番主張のないサイズの器には、薄茶の具なしスープ。そしてコップには、濃い茶色の液体が注がれている。


「……良い夕食ー?」


 退屈そうに座り込んでいたトランは、ゆっくりと顔を上げる。


「あぁ、そうだ。ここのテーブルに置くぞ」

「どうしてー? 移動するのは面倒だから、ここに置いてよ」


 トランは、ぼんやりとした笑みを浮かべながら、自身が座っている近くの床を指でトントンと叩く。

 だが、兵士は首を左右に動かした。


「食事を床に置くことは許されない」

「えー、面倒臭ーい」

「食事の時くらい、移動しろ!」


 兵士が調子を強めると、トランは渋々立ち上がる。重苦しい動作で。


「仕方ないなぁ」


 立ち上がったトランはのろのろと歩き、テーブルの近くの椅子へぽんと座る。

 それから、彼は改めて、兵士の方へ視線を向けた。


「で?」


 いきなり疑問符の付いた発言をされた兵士は、困惑した顔で、思わず「え」と漏らす。


「どうして少し良い夕食なのかな?」

「……そ、そういうことか」

「どうしてー? あ。まさか、ボク処刑? ふふふ」


 自身の処刑などという物騒な発想をしておきながら、笑っている——トランは歪だった。


 その歪さに、兵士は戸惑った顔。


 が、それも当然と言えば当然のこと。

 正常なのは、どちらかといえば兵士の方だろう。


「いや、そうじゃない」

「じゃあ何ー?」

「今日、ブラックスター王が命令を発された」

「命令?」

「ホワイトスター王子殺害の本格的な命令だ」


 兵士の言葉を聞いたトランは「あぁ、なるほどね」と言い、納得したように一度目を伏せる。そしてゆっくりと瞼を開いた後、ふふふ、と笑みをこぼし始めた。


 その様子を見ていた兵士は、少しばかり動揺しているようで。トランを見つめる兵士の目は、まるで、狂人を見るかのような目だった。


「あぁ……これはなかなか面白くなりそうだねー……」


 トランは独り言のように呟く。


「ボクが無能だったわけじゃないって……王様が分かってくれればいいんだけどなぁ。……なんてね」

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