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Dye dark.  作者: 伊月煌
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But we still resist the fate.

彼には実験前の記憶がなかった。

歳は俺の2つ下。

貧民街の生まれで家族とは生き別れてしまっている。

そんな書面上でしか彼のことを知らないことが歯痒かった。

「しる、ゔぁ。」

初めて会った時はあーとしか言わなかった彼は少しずつ言葉と知識を覚えた。

飲み込みも早い。

それが彼本人に元来備わっているものなのか実験の成果の産物なのかは俺にはわからなかった。

「どうした?」

呼ばれて振り向いてぎょっとした。

彼の手が真っ赤に染まっている。

「おまっ……なにした!?」

「……?」

彼の表情は変わらない。

よく見ると刺し傷のようなものが出来ている。

それも小さいものじゃない。

何か……ダガーのようなものが刺さった、傷。

「なん、だ…、これ。」

部屋にあった止血帯で血を止める。

「痛くないのか、ルエス。」

「いた、い……?」

きょとんとした顔の彼に俺はどんな顔を向けていたのだろうか。

「しるゔぁ…?いたいって、なに?」

「っ……」

絶句とはこのことを言うのだと感じた。

彼に、『痛覚』は存在しなかった。


***


身体能力の向上。

記憶喪失。

学習能力の高さ。

そして、

痛覚の欠落。

彼につきまとう実験の副作用は思いの外重たいものだった。

「シルヴァ。」

俺の名前を流暢に発音できるようになるまで、そう時間はかからなかった。

「なに、する?」

それでも必要最低限しか話さないということは、元来口数が多い方ではなかったのだろう。

しばらくの間は生活と任務に必要な最低限の知識を教えた。

が、ここで問題が1つ生じたのだ。

それは、彼ではなく俺の方にある問題で。

俺には教育の才能が皆無らしい。

物事を教えるには限度があった。

「くん、れん、は?」

「今日は休みだ。……そうだ、」

休日である今日はどの学年もどの部隊も訓練は無かったはず。

ということは、だ。

「ルエ。」

俺は彼を最近呼ぶようになったあだ名で呼んだ。

「お前に会って欲しい奴らがいるんだ。」

「…シルヴァの、ともだち?」

友達、と呼んでいいか些か疑問だったが俺は首を縦に振った。

「いい、ひと?」

「ああ。」

お前も絶対好きになるよ。

その確信だけはあった。

「たの、しみ。」

彼はまた小さく笑った。

「じゃあ会いに行こうか。」


***


「イルバ、いるか?」

「シルヴァさん……!」

俺が彼の手を引いて訪れたのは後輩である、イルバ・コートスの元だった。

「何か用事?」

「ああ、紹介したい奴がいてな。」

そう言うと、彼が顔を覗かせた。

「え、っと……こんにちは?」

「こんにちは。」

困ったようにイルバは眉を下げて俺を見た。

そうだった。

彼は初対面の存在に対しての距離感が異様なまでに遠い。

俺の時も例外ではなかったし、聞けば同室のディオもそうだったという。

「ルエスだ。訳あって俺が面倒を見てる。頼みがあって、来たんだが……。」

「……取り敢えず、中入ってくれるかな?立ち話もなんだし。」

イルバが、背を向けた瞬間だった。

目にも止まらぬ速さで彼がイルバの首に飛びついた。

「イル!」

部屋の中には同室であるディオもいた。

彼の動きに声をかけたのだ。

その声に振り向いたイルバはそのまま彼に押し倒されて、首を絞められる。

「ぐっ……」

「おいっ、ルエ!」

「貴様っ……」

ディオがイルバに馬乗りになっている彼を引っぺがしてイルバを背中に隠した。

「おい、シルヴァさん、どういうことだこれは?」

怒りを露わにしているディオ。

無理もないだろう。

「おまえ、うそつき。」

彼が顔色1つ変えずにそう言った。

「ほんとうは、こわいくせに。」

おまえ、てき。

「ルエス。」

自分には感情なんてないのに。

他人の感情にここまで敏感なのか。

「げほっ……ディオ、だいじょうぶ。」

「大丈夫か?」

首を絞められていたイルバがよろよろと立ち上がった。

「うん、俺がいけないんだ。大丈夫。」

イルバがニッコリ笑った。

「シルヴァさん、それで用事は?」

イルバの質問に答えるために、俺は彼のこれまでの経緯を話した。

イルバもディオも眉間にしわを寄せて聞いていた。

「それで、俺だけでは何も教えられなくてな。イルバに頼もうと思ったんだが……。」

この初対面では、断られるだろう。

「わかった。」

そう言ってイルバは彼の前にしゃがんだ。

「ごめんなさい。俺のこの態度は悪い癖だとわかってるんだけど……。」

イルバの言葉に彼は首を捻った。

「名前、教えてくれる?」

「……るえす、」

「俺はイルバ。シルヴァさんの友達なんだ。」

一緒に勉強しないか?

その言葉に彼は俺の方を向いた。

「イルバは頭いいから。いろいろ教えてもらうといい。」

その言葉に彼は首を縦に振った。

「……おれ、も、ごめん、なさい。」

彼はそう言ってイルバの首に触れた。

「ああ、大丈夫だよ。優しいね、ルエス。」

正解だったと思う。

彼をイルバやディオに紹介して。

あとは何とか、うまくやれればいいと願ってやまなかった。


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