Fate can not be changed easily.
順風満帆な子供時代だったと思う。
両親もいて、愛情というものも向けられていた。
父は科学者としても医者としても優秀な人だったし、母は病弱だったけど優しい人だった。
後に出会うことになる同僚や後輩の生い立ちに比べたら、何の変哲も無い、いたって普通の家庭だった。
戦争が始まって、父は科学研究部隊に配属になった。
自分も同じ部隊に入るんだ、そう思って科学の勉強に力を入れた。
医師免許も取りたかったから、医学も勉強した。
士官学校に入学してからも、勉強して医師免許を取った。
体格も恵まれていたから、それなりの成績で学年も上がっていった。
このまま行けば、子供の頃からの夢が叶うんだ。
この時は、そう、思っていた。
***
「人体実験?」
同室のカトルが1枚の紙を見せてきた。
「おれ、体が強くないだろう…?だから、強化兵士作戦に志願したんだ。」
カトルはかなり、体が細い。
新しく入ってきた後輩にも細いやつがいるが、あれとは違う細さだ。
病弱。
それはまさにカトルのためにある言葉だろう、というくらいの細さ。
「放射線を照射して体を強くするらしいんだ。よくわからないんだけど……。」
「それは……大丈夫なの、か?」
放射線。
治療にも使われているそれは、時として人体を壊してしまう恐ろしいものと化してしまう。
それを、使って強化兵士を作る?
「わからないけど、マクガーデン先生は凄い方だから。それに、」
シルヴァと一緒に戦功を挙げたいしね。
カトルとは入学した時からウマが合った。
だから、自分の体の弱さを責めていることも知っていた。
「……そうか。次の訓練楽しみにしてる。」
「うん、待ってて。」
これが、
カトルとの最後の会話だった。
***
「どういうことだ!?」
訓練を終えて戻ってくるとカトルの荷物が何1つ残っていなかった。
「おい、親父、説明してくれ!」
俺は研究室に走った。
「何だ、シルヴァ。予想がついているくせに説明してくれだなんて。らしくもない。」
「誤魔化すなよ。カトルに何をして、どうなったのか言え。」
親に向かってなんて口の利き方だ、と親父は態とらしくため息を漏らした。
「死んだ。実験に失敗した。」
カトルは実験に耐えられる体を持っていなかった。
「そんな体のあいつにこんな訓練を勧めたのはあんただろうが!」
「あいつは、どのみち軍では使いものにならなかった。」
頭がすぅ、と冷える感覚に苛まれた。
目の前にいる男は、俺の知っている親父だろうか。
親父は、人間の命を軽んじるような男だったろうか。
「……そうだ。お前に預けたい男がいるんだ。面倒を見てやってくれ。」
「親父!!」
親父は、
あんな死んだ目をした男だったろうか。
どれだけ俺の言葉を投げても何も伝わっていない虚無感に駆られながら、俺は父親の小さくなった背中を追った。
***
目を疑った。
何度か足を踏み入れたことのあった研究フロアは知らない世界と化していた。
方々から悲鳴が聞こえる。
壁や床にはたくさんの赤が飛んでいた。
ガラス片が散りばめられている。
いろんな音がこだましている。
「や、やめろ……やめ、てくれっ…」
俺の耳はそんな声を拾った。
声のした方に目を向けると、白衣を着た男が尻餅をついて怯えていた。
男の視線の先にいたのは、
「……こども?」
小さな体の男だった。
何を怯えているのか、全く理解できなかった。
が、次の瞬間。
がしゅっ、という音ともに白衣の男が吹っ飛んでいった。
「なっ……、」
見た目からは想像できない脚力。
そうか。
「被験体……か。」
そう呟いたと同時に彼がこちらを向いた。
いや、向いたのではない。
今にも殺しそうな目でこちらを睨みつけている。
「…俺はお前を殺さないよ。」
「……」
フロアを見ればわかる。
ここで行われていたことがいかに凄惨なものか。
カトルは……ここで、殺された。
白衣を着てる連中はみんな同じ目に合えばいいと俺も思う。
彼も、同じことを思っているのだろうか。
「痛いことも、嫌なこともしない。」
「……あ、?」
ほんと?と聞かれているような気がした。
「こんな汚いところさっさと出よう?」
ほら、と手を差し伸べると彼はぺたぺたと俺のところに近づいて俺の手を赤く染まった自分のそれで握った。
彼はあー、と嬉しそうに小さく笑った。
「……ごめんな、」
その笑顔に俺はなぜか無性に泣きたくなった。
これが、ルエス・ユークフェードとの出会いだった。