お姉さん(仮)?
唖然とする私に、金髪の青年が歩み寄ってきた。
「君の名はなんという?この森は立ち入り禁止ということを知らなかったのか?どこから来た?」
「いえ、あの……」
大人の男性にいきなり質問攻めにされ、その鬼気迫った様子にじりじりと後ずさりした。
「しるしを見せろ」
わけがわからないまま腕を掴まれそうになり、逃げられないと思った私は恐怖のあまり身をこわばらせて目をつむった。
しかし、予期していた衝撃は訪れなかった。
「我が主を害する気か」
目を開くと、視界いっぱいに銀色の髪が広がっていた。
お姉さん(仮)が金髪の青年の腕から守るように立ってくれているのを理解し、私はほっとした。
あれ、ちょっと待って。
どこか中性的だったお姉さん(仮)の細い身体はがっしりとして、まっすぐな銀髪が打つ背中は広い。その背中からはたおやかな印象が消え、か弱いものを守る守護者の風格を備えている。
お姉さんじゃなくてお兄さんだ。
本当にさっきまでは、どちらかというとお姉さん説が濃厚だと思っていたのに。人ってこんなに短時間で印象が変わるものだろうか。
「もう一度尋ねる。我が主を害する気か」
あくまで穏やかだが、相手を威圧するように低いそれは男性のものだ。それを聞いて、なぜか鼓動が早くなる。
「遅かったか」
金髪の青年は深いため息をついた。
その声に、失望の色が混じったのを私は感じた。
「そなたの主を害す気はない。私の名はオリエンデ。お嬢さん、我が城にお越しいただけまいか」
お兄さんの背中越しに見ると、少し腰をかがめた金髪の青年が見えた。さっきまでの様子とは打って変わって礼儀正しい。
「主、このように申しておりますが」
お兄さんから主、と呼ばれるのは人違いなんだけど、この際それは置いておこう。
「あなたについていけば、この森から出られますか」
「ええ。我が城は森のほとりにありますゆえ」
お城というのだから食事やベッドもあるだろう。頼めば泊まらせてくれるかもしれない。森の中に野宿するのはさすがに嫌だし、他に行くあてもない。ここはお世話になっておこう。
「でしたら、ついていきます」
青年がほっとしたような笑みを浮かべた。笑うと一気に年齢が若くなったように見える。
感情が顔に出やすいけど、意外といい人なのかもしれない。
「フィキュ、いるか」
「こちらにおります」
鈴を鳴らすように可憐な声がして、若い女性が木の影から進み出てきた。
その姿を見て、私は目を見開いた。
なんてきれいな人なんだろう。
エルフの姫とか、妖精の女王といったメルヘンな単語が頭の中を駆け巡る。
見たことのない真っ白な服装をしていて、柔らかく波打った真っ白い髪は腰まで届きそうだ。青い瞳を縁取る長いまつげまで、凍りついたかのように白い。
「城へ帰るぞ」
「かしこまりました」
その神々しいまでの美しさにみとれていると、フィキュと呼ばれた女性の姿は白い光の粒となって霧散し、ある獣の姿になって凝縮した。
私は驚きのあまり閉じるのを忘れた口で、その名をつぶやいた。
「……一角獣!」