「我が主は、あなたですか?」
「我が主はあなたですか」
聞き慣れない声に目を開くと、銀髪のきれいなお姉さんが切れ長の瞳で私を見ていた。
いや、髪が長いからお姉さんだと思ったけど、すごく背が高いからお兄さんかもしれない。でも外国のモデルさんみたいにきれいだから、やっぱりお姉さんかも。
白と銀の裾が長い不思議な服を着ているけど、全然違和感がなくてむしろよく似合っている。
「うん?……我が主はあなたですね?」
お姉さん(仮)が困った様子なのに気づいて、私は慌てて質問に答えた。
「いや、申し訳ないんですけど、人違いだと思います。私、ここに来たばっかりで、何にもわかってなくて」
思いつくままに言葉を並べながら、あわあわと左手を振った。尻もちをついたままで、お尻が冷たい。
お姉さん(仮)は首をかしげながら、さらさらの銀髪を耳に掛けた。生まれて始めて近くで銀髪を見たけど、本当に綺麗だ。
銀色の長いまつげに縁取られた瞳は濃い金色で、図鑑で見た猛禽類の瞳を思い出す。
「でもあなたは、しるしをお持ちですよ」
ごく自然な動作で私の左手をとると、少し持ち上げる。
「え?」
そこにある見慣れないものに、私の目は吸い寄せられた。
何かに噛まれたと感じた部分に、銀色の細い指輪がぴったりとはめられている。宝石みたいなものはついていなくて、ただつるりと丸い。手の感覚に少しの違和感も与えず、初めからここにいましたと言わんばかりに納まっている。
私は困惑して首を振った。
「いや、こんなの知らないです。アクセサリーは校則で禁止されているんです」
我ながら間抜けな言い方だと思ったけど、本当に身に覚えがないのだからこう言うしかなかった。
指輪と言えば地域の夏祭りで梓と美咲とおそろいで買ったことがあるけど、何か装飾品をつけようものなら親が飛んできて怒るので引き出しにしまいっぱなしにしている。
それがなんとなくトラウマになって、欲しいと思ってもアクセサリーは買わないようにしているのに。この指輪はどこから現れたんだろう。
お姉さん(仮)は、美しい顔に困った表情を浮かべたまま、唇を開いた。
「待て!!」
この世界に来てから初めて聞いた大音量に、びっくりして動きを止めた。
短い金髪をきらめかせながら、つかつかと歩み寄ってくる青年が一人。多分声の主はその人だけど、そんなことがどうでもよくなるくらいに、その後ろで泣いている子の服装に目が釘付けになった。
黒いセーラー服に、赤いリボン。こげ茶色の短い髪。
あの子もこの世界に迷い込んだのかな、と考える前に走り出していた。スリッパが脱げるのも構わずに、金髪の青年の横をすり抜けて駆け寄る。
「あの」
話しかけようとしてすぐそばまで来て、気がついた。
この子が着ている服は、よく見ると私のとは違う。襟の感じはたしかに似ているけど、この子の服はワンピースタイプで下にズボンを身につけているし、胸元やすそにきれいな刺繍や飾りがある。
同じ世界の人間じゃなかった。
言葉の続きが浮かばなくて立ち尽くしていると、その子は泣きじゃくりながら何かをつぶやいた。
「……とう」
「?」
「……ありがとう」
「え、私、なにも……」
困惑している私をよそに、その子は涙を拭いて顔を上げた。
そばかすの散った顔に晴れやかな笑みを浮かべると、こう告げた。
「僕の代わりに生贄になってくれて、ありがとう」
活動報告更新しましたので、よろしければどうぞ。