森と赤い実
こういうときはよく地面を見て、獣道を探すんだっけ?
何か動物の足跡はないかと地面を見てみる。
ふかふかに敷き詰められたコケの上にきれいな赤い実が落ちているのを見つけて、思わず手に取った。ビー玉くらいの大きさがあって、指で押してみるとけっこう硬い。
気をつけて見ると、赤い実は同じくらいの間隔で点々と落ちていて、岩の陰に見えなくなるまで続いている。
「ヘンゼルとグレーテルみたい」
赤い実をコケの上に戻して、自分の子供っぽいひらめきに苦笑する。
よく思い出せないけど、あれは目印をたどっていくと魔女に食べられちゃうんだっけ?それとも家に帰れるんだっけ?
この赤い実を誰かが目印として落としたものだとしたら、きっとどこか人がいる場所に繋がっているはずだ。
思いもしなかった冒険のはじまりにわくわくしながら、私は赤い実を追って歩き出した。
「なんでうちの学校は上履きじゃなくてスリッパにしたんだろう」
森をさまよい始めてすぐ、私はスリッパの歩きづらさにうんざりすることになった。
こんなにハイキングに不向きな履物ってないんじゃないかな。かといって、何が落ちているかわからないのに靴下一枚で森を歩くなんて危なすぎる。
恨み節を口にしながらも、ぱかぱかと間の抜けた音を立てながら歩くしかなかった。
コケの隙間から、木の根っこや大小の岩がところどころ顔を出している。たまにつまずくことがあったけど、コケのおかげで擦りむくことがなくて助かった。
ムカデやハチとかの嫌な虫は見あたらない。赤いきのこを避けて岩の隙間を見ると、ピンクと水色のダンゴムシが親子で静かに眠っている。
「ファンシーだなぁ」
現実世界も、これくらい色彩にあふれていたら楽しいのに。その微笑ましい光景に感動しながら、岩の上の赤い実を確認した。
立ち止まって次の赤い実を探したけど、見当たらない。
「あれ、行き止まりかな」
右手には、今まで見た中でも特に太い木が生えている。木の表面には何か細かい模様が彫られているらしい。
ちょっと近くで見てみよう、と思って一歩踏み出した瞬間。
どすっ。
目の前に巨大な木の実が落ちてきて、あまりの驚きに息が止まった。
「し、しぬかと思った」
その場にへたりこんで、安堵の息を吐く。
文字通り一歩間違えたら、頭に直撃しているところだった。上を確認すると他に実は見当たらなくて、この木になっていた実はこれ一つだったらしい。
「危なかったぁ……」
目の前に転がっている実は、マカロンカラーではなく銀色だった。銀の粉をたっぷりまぶしたような、大人しい輝きを放っている。
「他の実は全部かわいい色なのに、どうしてこれだけ銀色なんだろう」
私は首をかしげた。
こうして近くで見ると、ますますクリスマスツリーのオーナメントみたいだ。もしかしたら、あの実は熟すと銀色になって落ちるんだろうか。
「これって食べられる実なのかな……」
大玉ころがしの玉よりは、小さいだろうか。
さわってみると、どんぐりのように硬くて驚いた。運よく地面のくぼみにぴったり収まっているが、ぐっと押してみると重さはかなりありそうだ。転がってきたら潰されていたかも。
実を撫で回していると、丸くくぼんだ部分を見つけた。ちょうどボーリングの玉にある指を入れる穴みたいに、指が一本すっぽり入りそうな穴だ。
特に深く考えずに、左手の人指し指を入れてみた。
「っ!?」
やわらかくなまあたたかい感触がして、背筋がぞくりとする。何かに例えるなら、生き物の口の中のような。
「うわっ!?」
次の瞬間、指の付け根を何かに軽くかまれたような感覚がして、慌てて指を引き抜いた。
右手で左手をぎゅっと押さえて、尻もちをついたままずりずりと木の実から後ずさった。
急いで噛まれた指を確認した。
噛み千切られてもいないし、赤くなったり腫れたりもしていないのを見てほっとする。うかつなことをするんじゃなかった。
視線を木の実に戻して、また驚いた。
銀の木の実は光に包まれ、姿を変えようとしている。
あまりのまぶしさに私はぎゅっと目を閉じた。