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不思議の森と鉄錆びのにおい

これは、きのこ?


 私の身長と同じくらいある、しいたけみたいなきのこがにょきにょき生えている。赤や紫の大きな傘に、複雑な模様が入っていてとてもきれいだ。

 地面は高級じゅうたんのような瑞々しいコケに覆われている。


 思わず扉のノブから手を離して、足を踏み出した。

 スリッパの裏から伝わるふわふわ感に、幸せな気持ちになる。周囲に漂う新鮮な香りや、湿気を含んでひんやりとした空気はまるで本物の森のよう。

 ぐるっと周りを見渡すと、きのこに混じって神社のご神木ぐらい太い木々が生えている。何度も瞬きしながら上を見ると、遠い空は枝葉に覆われてほとんど見えない。


 それぞれの木には、去年のクリスマスに遊園地で見た巨大ツリーのオーナメントのような、見たことないほど大きな木の実がいくつも実っている。

 その全部が、女の子が歓声を上げそうな色とりどりのマカロンカラーだ。カラフルだけど自然な風合いで、本物の木の実みたい。触ってみたいけど、とても高いところにあって届きそうにない。


「ここ、学校の四階のはずだよね」


 思わず声に出して、自分の耳に言い聞かせた。

 頼りない声が森に吸い込まれると、遠くのほうから何かの鳴き声が聞こえる。

 何度瞬きしても消えることなく広がっている、完璧にファンタジーな森。


 私、退屈しすぎて頭がおかしくなっちゃったのかな。


 でもなかなかやるじゃん私。遊園地に行っても、こんなに本物っぽい幻想的なアトラクションめったにないし。あったとしても、人が多すぎて感動も半減だろうし。


 自分の想像力が生み出した幻想のリアルさに感心して笑顔になりながら、後ろにあるはずの冷たいグレーの扉を、なんとなく振り返った。


 顔に笑顔を貼り付けたまま、喉がひゅっと鳴る。


 そこには、掃除に使うバケツに砂を一杯入れてひっくり返したような、小さな茶色の山があった。

 かばんを投げ出して、その茶色いものを手のひらにすくった。

 金臭いにおいのするそれは脆く崩れ、親指で少し力を入れれば、ぼそぼそと粉になって指の間から落ちていく。


 鉄くず。


 頭に浮かんだ単語をうまく咀嚼することができないまま手のひらを見つめていると、細かいグレーのかけらが目に入った。古い建物の周りとかに、よく落ちてるやつ。


 塗料のかけら。


 二つの情報を元に、脳が答えを導き出す。


 扉はくずれて無くなってしまった。


「これって、帰れないってことなんじゃないの?」


 手のひらの鉄くずをザラザラとコケの上に戻した。

 汚れた手をはたいて目をつむり、頬を力いっぱいつねってみる。


 祈りながらゆっくり目を開けたけど、目は覚めてくれなかった。


 今この瞬間も夢の中の出来事かもしれないけど、手のひらの錆びくささはたまらなくリアルだ。

 腰を上げてかばんを拾うと、あんなにポップでファンタジックだった森が不気味なものに見えてくる。

 人間の頭って現金だな。かばんを肩に掛け直しながら、どこか人事のように思う。


「あ、スマホ……は職員室か」

 

 今さらながら文明の利器の存在を思い出したけど、スマホは朝礼で担任に回収され、帰る前に職員室に取りに行く規則になっている。当然ながら、私の手元にはない。


 はい、アウト。打つ手なし。


 ここにじっとしていても仕方がない。

 なにより、大きな木の実がいつ落ちてくるか不安だった。あんなのが頭を直撃したら、普通の怪我じゃ済まないかもしれない。

 『死因:木の実が頭を直撃したため』なんて嫌過ぎる。


 とにかくここから離れて、開けた場所とか、人がいそうな場所を探そう。


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