わたし、宙ぶらりん
いつもの靴箱、いつもの階段。
前髪の角度が完璧な女子たちに、漫画の話で盛り上がる女子たち。よく日に焼けて、セーラー服からカモシカのように俊敏そうな手足をのぞかせている女子たち。
入ってみてわかったけど、女子だけの空間はとにかく騒がしい。それが例え、県内で有名な女子大学の付属中学であっても。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
口々に交わされる、笑っちゃうようなあいさつ。
校則で決まっているから仕方ないけど、いまだに慣れないし恥ずかしい。
うち、お父さんは普通のサラリーマンだし、お母さんはスーパーのお惣菜コーナーでパートをしてるんだけどな。このあいさつで、ありふれた家庭の現実がますます強調されて苦笑いしてしまう。
創立以来一度も変わらないという自慢の制服は、胸元のリボン以外は上から下まで真っ黒。カラスみたいで全然かわいくない。デザインした人は、こんな服を毎日着ていたら気持ちまで暗くなると思わなかったんだろうか。
リボンの色は学年ごとに違って、私たち一年生が白、二年生が赤、三年生が緑。別にどの色があたっても制服がかわいくなるわけじゃないけど。
みんな元気にしているかな。
あのまま公立中学に進んでいたら、梓や美咲たちと一緒に楽しい中学生活が送れていたはずなのに。
入試で全問間違えればよかった。
もう何度目かわからないけど、両親の強い勧めで無理やりに受験させられた私立中学に入ってしまったことを後悔する。
ローファーをスリッパに履き替えて中庭を見れば、木々は紅葉の盛りを過ぎて乾いた葉を散らしている。私はため息をつきたい気持ちを抑えながら、いつものように教室に向かった。一年生のクラスは四階にある。
毎朝はもちろん、体育のときもこの階段を上り下りしなくてはいけないのも憂鬱の種だった。
中学生活も半年をゆうに過ぎたけど、私は小学校のときのように特別仲のいい友達もできず、なんとなく宙ぶらりんな存在になっていた。理由は簡単で、トイレで前髪の角度を直したり、流行の漫画を集めたり、部活で青春する輪に入れなかっただけ。
女子はいつだって異質なものには敏感だ。
お昼時間になると、クラスの大部分の子は席を移動して仲のいい子と集まって食べる。おしゃれが好きで色つきのリップクリームを使ってるチームと、部活一筋のチームと、漫画とかアニメが好きなチーム。
クラスの宙ぶらりんたちは、その笑い声を聞きながら残り物の寄せ集めのように、すみっこに集まって食べる。それが毎日苦痛だった。
部活に入ればよかったのかもしれない。でも誰も知り合いがいないのに、一人で見学に行きたいと思うほど興味を引かれる部活はなかった。運動部は苦手だし、そもそも、完成した人付き合いの輪にぐいぐいと入っていくのは気が進まなかった。
なにか面白いこと、ないかな。
特に急いでもいないのに、三階まで来るとさすがに息が切れる。ふう、と息を吐きながら私は想像する。
たとえば、魔法少女になって空を飛ぶ力を手に入れるとか。誰も知らない秘密の隠し扉を見つけるとか。
隠し扉と言えば、ずっと気になっているところがある。
ようやく階段を登り終えて、私はその上を見た。
階段は最上階の四階に届いたあと、折れ曲がってさらに上へと六段続いて終わっている。その先にはグレーの塗料で塗られた壁と、扉があるのだ。その扉には、ありふれたドアノブがついている。丸くて銀色で、ギザギザの鍵穴がついたやつ。
部屋名を示すパネルは見当たらないから、冷静に考えると倉庫か何かだと思う。奥行きは多分、教室の半分くらい。幅は階段の分だけあるとして、まぁまぁ広い空間なんじゃないかな。
あの扉の向こうには、つまらない学校生活を変えてくれる何かがある気がする。具体的に何かと言われれば……うまく答えられないけど。
休み時間は窓の外や読みもしない教科書を眺めながらそんな想像をして、無為な時間をやりすごす。面白くもない話題を追いかけて今さら無理に仲間に入れてもらうより、こうして一人でいる方がずっと楽だ。
でも心のどこかで、楽しい中学生活への憧れを捨てきれない自分がいるのも認めてる。私の心は水溜まりに落ちた羽虫のように、このつまらない現状をどうにかして変えたいともがいていた。
もうすっかり見慣れてしまったその扉を見つめて、私は決心した。
今日の放課後、あの扉のノブを回してみよう。鍵がかかっていて開かないなら、それはそれでもいい。なにかわくわくすることがしてみたい。幼い頃のように、ただ待っているだけで誰かが善意をもって手助けしてくれるわけなんてないから。
見るからに冷たそうなグレーの扉を見つめて小さくうなずくと、私はすぐ隣にある自分の教室へと向かった。今日は嫌いな体育があるけど、放課後を楽しみにして頑張ろうと思った。
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