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ゾンビ勇者  作者: 石破健
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第八話

 


 マルファスの遺体が入った棺を『光』の元へ安置した後、泣き疲れて眠ってしまったシュナンを除く勇者八人は、四人ずつの交代制で都のパトロールに当たった。

 たかが四人、しかも二人一組の二ペアのパトロールだが、駐屯兵も見回っているため勇者がすぐ動けるように街中にいることが大事だと判断された。


 そして、俺とロキンさんの番が来た。


「――交代だロキンにテッド。気を抜くんじゃないぞ」


「うむ、グーフよお主もよく休むがいい」


 議場に控えていた俺達に声をかけてきたのはロキンさんに勝るとも劣らない体格を持つ男。ロキンさんが剛ならば彼は柔といった雰囲気の勇者グーフさん。

 そして、その後ろからは柔らかな茶髪と顔に似合わぬ仏頂面の青年、勇者サンディナ。

 この緊急事態だ。表情が固いのは誰だってそうだが、サンディナの場合はしょっちゅうあんな顔をしている。


「……サンディナ。お疲れ」


「……テッドさん」


 俺が声をかけると、軽く会釈を返してくれるがまたすぐに眉間にシワを寄せてしまう。


「シュナンの奴は、まだ泣きじゃくってるんですか」


 ああ、それか。

 彼の今の不機嫌の原因は同期でもあるシュナンにあるようだ。

 そして恐らく、それは相棒を亡くした同期を慮っているという事ではないだろう。


「……いや、泣き疲れて寝てしまった」


「はぁ、やっぱりそうですか。彼女は昔からそうだ」


 額に手をやりため息をつくサンディナ。

 彼はさらに続ける。


「なにかあるとすぐビービー泣いて。この非常時に悲しくて動けないってどういうつもりなんですかね? しかも眠ってしまうなんて。相棒が亡くなってショックを受けるのはわかりますけど勇者としての務めを果たそうって気にはならないんでしょうか。せめてもう少し危機感って物を――」


「お前、それ以」

「そこまでにしとけ」


「んぐっ!?」


 舌が止まらないサンディナを制止しようとしたのと同時に、グーフさんの頭突きがサンディナの脳天に落ちた。

 そのままサンディナは一発KO。

 白目を向いて床に倒れ伏してしまった。


「こいつも若いからな。この状況に結構キちまってんだろうなぁ。悪いがテッド、今のは聞かなかったことにしといてやってくれ」


「ええ、俺もサンディナの性格はわかってますから」


「どうせ休むんだ。しばらくシュナンの横に寝かしといてやるとするよ。……起きた時どんな顔するか楽しみだな」


 ククッと低く笑うとグーフさんは転がるサンディナを肩に抱えて休養室へと去っていった。


 仲間が死んだのに態度が軽い、とは言うまい。

 グーフさんやロキンさんは勇者の歴も長い。仲間の死も初めてではないだろう。

 そういう経験の違いが若手との差になっている。


 ……少なくとも今の俺にはグーフさんのような余裕はないのだろう。

 彼が、シュナンをこきおろすサンディナを昏倒させていなければ、俺は大切なはずの後輩勇者に何を口走っていただろうか。


「テッドよ、行くぞ」


「……はい」


 ロキンさんに続き議場を後にする。

 この都と民、そして『光』はなんとしても守らなくてはならない。

 そのための勇者。それでこそ勇者。

 マルファスの無念は俺たちが晴らす。




 ☆




「さて、テッドよ。巡回ルートを決めねばなるまいな。外壁に沿って回るのが無難だとは思うが、気になる場所があるのならそこを見て回ってもよいだろう」


 すでに日はかなり傾き、夕刻と言ってもいい時間。

 議場を出た俺たちは今から、持ち場である都の北半分を巡回する。


 ルートは各々に任されているが、どうしようか。

 ロキンさんの言う外壁に沿うルートは、外壁に異変がないかをチェックできるうえ、外からの襲撃に対応しやすい。

 さらに、都内でのトラブルには議場で待機する勇者達と挟み撃ちできる。

 確かに無難に良いルートだ。


 しかし、先にパトロールした勇者も同じ考えで動いたかもしれない。

 そうだとすれば、次は街中を中心に巡回した方が良いだろう。

 そして、気になる場所がないこともない。


 よし。

 考えはまとまった。


「行きましょうロキンさん。博士の研究所の様子を見ておきたい」


「ほう、なるほど。確かに、あそこは貴重な物も多く置いてあるからな」


「はい。メイシィがいるんで滅多なことは無いとは思いますが……」


 人並外れた膂力を持つメイシィの戦闘力は凄まじい。

 ()()()()()()間違いなくベリグトゥンで一番強いだろう。

 それでも、マルファスが倒されている以上、油断は全くできないだろう。

 念には念を。

 今回に限っては慎重になりすぎるくらいでちょうどいい。


「……心配なのだな」


「ん、なにか言いましたか?」


 ボソリと、ロキンさんの呟く声が聴こえた気がして聞き返す。

 が、彼は口角が上がった顔を一度こちらに向けただけでさっさと前を歩いてゆく。


「いいや、何も言っておらんぞ。空耳だろう」


 ガハハと豪快に笑うロキンさんに困惑しつつも、そのいつも通りの笑い方に少しだけ俺は、緊張をほぐされていた。


「待ってくださ……っと」


 先を行くロキンさんを追いかけて足を早めた途端、今度は急に歩みを止めた大きな背中にぶつかりそうになる。


「どうかしましたか?」


「テッド、あれを見よ」


 言われたとおり、指をさされた方向を見ると街並みの奥に上がる赤い光が見えた。

 ここから遠くはないが近くもない。そんな距離。

 そして、あのあたりにあるのは……。


「言ってるそばから研究所……!?」


「急ぐぞテッドッ!」


 言いつつ右腕を剛腕化させるロキンさん。

 病魔戦ほどではないが、すぐに十分に俺が乗れる大きさになる。

 あらゆる能力が下がって飛距離が短くなる代わりに精度が上がる、いわばライト版。

 そこに飛び乗った俺を一瞥したロキンさん、「すぐに行く!」と一言。

 頷いて一瞬後、俺は宙を舞った。


 ――やはり、赤い光の発生源は研究所だった。

 空中から見る限りでは建物自体に特に異常はなさそうだが、屋根に取り付けられている物体が赤々と輝いている。

 あれがSOSの緊急ランプではなく、単なる博士の趣味ならばいいが……さすがの彼の変人ぶりもそこまではいかないだろう。いかれては困る。


 数秒の空中遊泳を経て研究所の入口先に着地できた。

 その精度に、我が相棒ながらに感嘆しつつも槍を構えて突入――しようとした時だった。


 突如響いた、甲高い破壊音。

 盛大にガラスが割れた音。

 聴こえた距離的に研究所内ではなく外と考えた俺は突入を中止し、外から回り込んだ。


 すると、視界に入ったのはフード付きの白いマントを身にまとった人物が立ち上がろうとしている姿と、今しがたマントの人物が破って出てきたであろう窓から飛び出すメイシィ。

 マントの人物はそのまま路地へと走り去って行く。

 顔はフードを深く被っていたため確認できなかった。

 そしてあのマント、どこかで見た事があるような気がする。


「おい、何があった?」


「テッド! 話は後、追うよ!」


 呼び止めるも、話をする余裕も無い様子で『白マント』が入った路地に向かうメイシィ。

 研究所と博士の安否が気になる所だが、『白マント』が騒動の犯人であるならばメイシィ一人に任せてはおけない。

 じきにロキンさんも来るだろうし、現場は彼に頼むことにして俺も追うべきだろう。


 路地へ入ると既にメイシィが『白マント』の背後まで迫っているのが見えた。

 今はいつも着ている白衣を着用しておらず、動きやすいショートパンツ姿だ。

 あの状態のメイシィより早い人間を俺は知らない。


「私の足から逃げられると思わないことね!」


 追いついたメイシィが『白マント』の肩を掴んだ。

 そのままマントを剥がそうとしたのだろうが、すぐに手で弾かれてしまった。


 だが、足は止まった。


「大人しくしろ!」

「やあぁぁあ!」


 俺は槍を伸ばしながら振り下ろし、メイシィは顎を狙った左アッパー。

 上下からの同時攻撃。『白マント』の背後は壁で逃げ場は無い。

 決まった。

 俺はそう思ったし、メイシィもそう思っていただろう。

 しかし、『白マント』は前方、メイシィの斜め後ろ方向に飛び込み回避。

 俺の槍はともかく、メイシィの拳すら当たった様子はなくピンピンしており、それどころか――。


「んなっ!?」

「えっ?」


 渾身のアッパーを空振りして背後が無防備なメイシィの尻を『白マント』は叩いた。


 追いかけられた腹いせか、攻撃を回避した上でちょっかいまで出す余裕があるぞという挑発か。

 どちらにしろ、()()が悪手であったことは間違いないだろう。


「なにっすんの……」


 振り向きざまの拳を、またも『白マント』は身を低くして易々と回避。

 しかし、今度ばかりはそうはいかない。


「よぉッ!!」


 拳はただ勢いをつけるために振ったに過ぎず、メイシィの本命はもう一回転した後の蹴りだった。


「……っ!」


 屈んでいたせいで顔面にモロに蹴りを受け、声とも呼べぬうめき声を残して真横に吹っ飛んだ『白マント』は、数十メートル先の民家の壁をぶち破っていった。


「……あ、やっちゃった」


「おいおい、生きてるだろうな……急いで確認するぞ!」


「う、うん!」


 一連の事件に関係する人物かもしれないのだ。

 研究所で何をしたにせよ、話を聞くまでは死なれる訳にはいかない。


 逸る心臓を押さえつけながら、メイシィと共に穴の開いた民家へと急いだ。





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