第七話
――数年前――
――大きい。
こんな大きな物は初めて見た。
これまで色々なコレを育ててきた。色々な大きさ。色々な形。
その全てに愛着があった。
全て皆で育てた大切な物だからだ。
しかし、コレは別格だった。
「ふっ……! んぬぅぅう……うおっと」
渾身の力で、それでいて傷つけないように細心の注意を払いながらソレを掘り出す。
そして、改めて驚愕する。
今まで育ててきた物はなんだったのかと思わせられるほど規格外のサイズ。
それを他の誰でもない、自分が掘り起こしたことに誇らしささえ湧き上がってきた。
その湧き上がってきた感情を自分の内に秘めていられる時間はそう長くはなく、すぐに堰は決壊した。
「――デッカイ芋、とったぞぉぉお!!」
――ここは勇者候補が暮らす施設が管理する畑。
その中心で俺は、畑でモロ芋を掘っている他の勇者候補達に見せつけるために、人の頭ほどもある芋を両手で掲げて叫んだ。
「うるさぁい!」
すると、すぐ隣にいたメイシィからすぐさま拳骨が落ちて、俺は畑の土に頭から突っ込んだ。
★
「もう、いきなり叫ぶもんだからビックリしちゃったよ。大きい芋がそんなに嬉しいの?」
瓶の水で顔を洗う俺の横で、メイシィは悪びれもせずに言う。
まあ、今回は興奮しすぎた俺も悪いけどなにかとすぐに手を出すのはコイツのよくない癖だ。
ただでさえメイシィは人よりパワーが溢れてるんだから。
それを本人に言うと怒られてまた殴られることになるんだけど。
「わかってねえなメイシィ。こりゃあすげぇぞデカすぎる」
「ああ、これだけ成長するまで掘られずに生き延びるとは、この芋は幸運だったな」
冷静を装いつつもキラキラと輝く目を誤魔化しもせずにデカ芋を眺めているのはアレストラとマルファス。
この二人はよくわかっている。
俺たちが先生にこの畑を任され、野菜を育て始めて数年が経つが未だかつてこのサイズは見たことが無い。
冗談抜きで、過去収穫してきた最大サイズの倍以上ある。
「マル君まで一緒になって……。男子ってデカい物とか長い物とか好きだよね〜。ホント意味不明っしょ」
マティが荷台に採れたての芋々を載せながら言う。
やはり、男と女の間には理解し得ない壁が存在するようだ。
「この芋の素晴らしさがわからないなら、マティとメイシィには食べさせてやらないからな!」
「テッドの言う通りだてめぇら。特にマティ、最近おめぇはチャラチャラしすぎなんだよ! なんだその髪の色は! 先生が許しても俺が許さ――」
「はいはいそれは関係ないでしょ。アレ兄は本当にマティ姉のことが好きね〜」
「なっ、はぁ!? なんでそうなんっだよッ!!」
と、暴走するアレストラをメイシィが軽くあしらい、それにまたキレるアレストラ。
当のメイシィは無視してマティと芋の乗った荷台を引いてさっさと行ってしまう。
「ったくあんにゃろうがぁ……!」
「落ち着けアレストラ。女性には好きに言わせてやるくらいの度量が無ければ立派な勇者にはなれない。それよりも、この芋をどうするか考えよう。テッド、どうしたい?」
怒るアレストラと、それを窘めて俺に問いかけてくるマルファス。
んんー、どうしたいか。
できれば、大物を収穫した勲章として部屋に飾っておきたい所だが、腐らせてしまっては芋がかわいそうだ。
それならばせめて盛大に食らってやりたいな。
あ、まてよ。確かそろそろ……。
だったらアレも用意して……うん!
「いい事思いついた! 悪いようにはしないから俺に任せて! あ、芋はとりあえず台所に置いといてよ」
と、俺は二人の肩を叩きながらそう言って、一人走った。
「なにする気だぁ〜? 俺は揚げて食いてえ!」
「……あまり変な事はするなよ」
後ろから二人の声が聞こえるが振り返らずに手で返す。
あの二人とマティ。
この三人は同期で、一緒に能力を授かってもうすぐ三年。
近いうちに俺とメイシィの『授与式』があり、それが終われば三人はここを出て見習い勇者となる予定だ。
それならあの芋を目玉に、三人の卒業を祝ってささやかでも祝宴を開こうと思いついた。
他の勇者候補や先生、皆で祝うのだ。
しかし、デカいとはいえ芋は芋。
宴のメインにはいまひとつ物足りない。
そこで思いついたのが、
「メイシィ! ネマヨの実を採りに行こう!」
「ネマヨの実……ってなんだっけ? ていうか、ちょっと離して!」
言われた通りにメイシィの腕を離す。
マティと、三つ下の勇者候補のサンディナとシュナンの四人で芋を降ろしていた所を引っ張って来たのだ。
マティには内緒にしたかったため「ちょっと、いいからちょっと、来てちょっと」と怪しげな感じになってしまった。
すでにマティも見えない所まで離れたので説明して大丈夫か。
「ほら、結構前だけどロキンさんとクーフさんがお土産にって持ってきてくれたやつ」
「ああ! あの白いソース? あれ美味しかったよね! 木の実からできてるとは知らなかったけど」
味を思い出したのか、メイシィは両手をほっぺたに当ててうっとりとする。
そう、ネマヨソース。あれは美味かったのだ。
圧倒的旨味とほのかな酸味でなんにかけてもヨシ。
口にした誰もが笑顔で大絶賛していて、あの先生ですら口元を綻ばせていた。もちろんあの三人もだ。
あの味が忘れられずに俺はロキンさんにどこで買ってきたのか尋ねた。
しかしネマヨソースは非売品品で、ロキンさん達が採ってきたネマヨの実を先生が調理した物だと言うのだ。
ならばネマヨの実はどこに生っているのかと訊くと都の外の森を教えられた。
勇者候補は都から出る事を許されていないが――。
「なあに、卒業祝いのためなら先生に怒られてやるくらい目じゃないさ!」
「私を巻き込んどいてなにがなあによ、まったく」
「じゃあメイシィは来ないのか?」
俺が訊くと、メイシィは俺の目を見て、それからニカッと笑った。悪い笑顔だ。
「行くっ!」
★
軽く準備をして、施設を出る。
都から出る門で門番に呼び止められるも、お使いで外に木の実を採りに行くと言うと簡単に通してくれた。
やはり勇者候補は信頼が違うな。
門を出て小一時間ほど歩いた所に例の森はあった。
まだ昼を回ってさほど経っていないのに、森の中は夕暮れ時ほどの明るさしかなく、木の実が生っている木を探すだけでも苦労した。
「う〜ん、ないなぁ。ネマヨの実ってどんな特徴なんだっけ?」
「ロキンさんが言うには、真っ白い実だから見たらすぐわかるって」
「真っ白い実……。なんか恐いね。最初に食べた人は相当お腹が空いてたのかな」
「でも、その人のおかげであんなに美味しい物ができたんだ……あ、木の実!」
ようやく見つけた木の実。
だが、近づいてみるとよく見るまでもなく白ではない。
というかいつも食べているアカマルの実だ。
一応、採っておこう。
「なんだぁ、アカマルか。私の分も採って採って!」
ガッカリしつつも、催促してくるメイシィ。
彼女のためにも俺は実が生っている木をよじ登ってアカマルの身へと手を伸ばし――そこで気がついた。
「なにか、いる」
生い茂る木々の奥。
暗いせいで見えにくいが、一際大きな木の影になにかが立っていた。
人ではない。
二足で立っているが、人より高く横幅も広い。
「……クマだ。メイシィ、静かに。ゆっくり離れよう」
「……! わかった」
慎重に木を降り、俺がクマを視界から外さないように後ろ向きで、メイシィは前を向いて俺の手を握って反対方向に距離を取る。
ゆっくり、ゆっくりと、一歩ずつ踏みしめながら歩いていく。
まだ、もう少し。
もう少し離れられれば走って逃げられる。
そう思った時だった。
「っ! ついてきた……! やっぱりこっちに気がついてたのか」
ギリギリの距離を保つように、クマはこちらと同じ速度でついてきた。
俺たちが一歩離れれば、クマも一歩近づく。
このままこれを繰り返して歩いていけばいつかは森の外に出られるだろうが、その頃には日が暮れているだろう。
ましてやここは森の中。真っ暗闇になればクマの位置がわからなくなる。
かといって、この距離で走って逃げても追いつかれて背中から襲われるだけだろう。
メイシィと握った手に、汗が滲んだ。
もう、どっちの汗かもわからない。
俺が大きく深呼吸してメイシィの方を見ると、メイシィもこちらを見ていた。
――やるしかない。
俺たちはアイコンタクトで意思疎通して、頷き合った。
クマに目を向ける。
スピードと、パワーはあっちが圧倒的に上。
でも、危険だけど勝ち目はある。
俺たちは勇者になるため訓練してきたし、森に入る準備もして来なかった訳じゃない。
俺は腰に着けた袋からナイフを取り出してメイシィに渡した。
「俺が引きつける。メイシィは武器を!」
「わかった!」
クマを気を引くように、俺は走り出した。
案の定クマは走り出した俺を追ってきた。
さきほどまでのにじり寄る二足歩行ではなく、本気の四足歩行。それを確認して、クマとは反対の方へ方向転換。少ししたらまた方向転換。
直線なら数秒で追いつかれる距離。
木という障害物でクマの大きな体を邪魔させることができるからこその時間稼ぎだ。
しかし、それも長くは続かない。
追いつかれそうになって、木へ登った。
クマが勢いそのまま突進してきて木がへし折れる。その前に俺は別の木へ飛び移り、クマから見えない影に飛び降りてまた走る。
突進した反動で少しは怯んだだろう。
クマの方を見ると、予想に反してもう既に俺を追ってきていた。クソっ!
舌打ちしながら方向転換するべく、顔を前に向けると眼前に大樹があった。
「うっ!」
ブレーキが間に合わず、軽くぶつかる。
――まずいまずい、足を止めてしまった。
振り返って目に入ったのは、もうすぐそこまで迫っているクマと、
「テッドっ! これを!」
クマよりも高い、木の上からメイシィが投げたの物を受け取る。
太い木の枝の先にナイフをツタで固定した粗末な即席の槍だ。
クマ相手には心もとないこんな武器も、大事なのは使い方。
槍のナイフを付けてない方を大樹で支える。
直前に迫ったクマ。
俺は槍の狙いを定め、ギリギリで飛び退いた。
クマの叫び声があがる。
見ると槍は狙い通りに目に刺さったようで、必死に抜こうとしている。
「メイシィ! 今だッ!」
俺が叫ぶが早いか。
メイシィは木を蹴り、クマの顔に向かって思いっきり飛び蹴りを食らわした。
よろめくクマに、さらにメイシィの十八番のワンツーパンチ。
やっと抜けた槍を放り捨てたクマが両腕を振り回すが、片目と冷静さを失った苦し紛れの攻撃はメイシィには当たらない。
そのままメイシィが全ての攻撃を避け、クマを殴り続けているとついにクマは頭を下げて蹲ってしまった。
「ハァ……ハァ……勝った……!」
腕を上げて勝鬨のポーズをとるメイシィ。
まさか、手負いとはいえ一方的にクマを倒してしまうとは。
改めてメイシィの恐ろしさを思い知らされた。
それにしても、ギリギリだった。
「また動き出す前に離れて、早いとこネマヨを見つけて帰ろう」
その前に槍にしたナイフを拾わないとな。
そう思い、クマの近くを見る。
すると蹲ったクマが震えだした。
――メイシィは完全に気を抜いている。
「っ離れろ!!」
咄嗟に、メイシィを突き飛ばす。
それと同時にクマが背中から体当たりしてきた。
蹲っていたんじゃなく攻撃の溜めだったのか!
俺は体当たりをまともに食らってふっ飛ばされ、さっきの大樹に激突した。
「ぐっ……う!」
「テッド!!」
受け身を取り損ねた……!
メイシィが立ち上がらせようとしてくれるが、体が動かない。
そうしている間にクマは立ち上がり、こちらに歩いてくる。
血とヨダレをダラダラと垂れ流しながら唸り声を出している。
なんだよ、まだ元気じゃないかちくしょう。
「メイシィ、いいから、逃げるんだ。こいつは俺が、絶対に、追わせない」
震えながらも、なんとかメイシィの肩を押して行かせようとした。
けれど、メイシィは黙って首を振るだけで逃げようとはしてくれない。
クマが俺たちの前まで来て、腕を振り上げた。
今からあの鋭い爪で裂かれて、二人とも食われるのか。
絶体絶命の状況なのに、何故か恐くはなかった。
メイシィが、覆いかぶさってくれているからかな。
俺は目を閉じた。
メイシィごめん。皆、ごめん。
「――やっと、見つけた」
聴き慣れた、でも聴こえるはずのない声がしたのと、クマの二度目の叫び声がしたのは同時だった。
目を開けると、ふっ飛ばされて数メートル離れた所にいるクマ。
そして、俺とメイシィの傍に金髪の青年。
「マ、マル兄!?」
「マルファス!」
「変なことはするなと言ったはずだテッド。まさか、メイシィまで巻き込んで都の外に出るとは」
心底呆れたような顔で嘆息するマルファス。
何故彼がここにいるのか、色々気になりはするけど今は置いておく。
「油断しちゃだめだ! あのクマめちゃくちゃしぶとい!」
「ああ、問題ない。もう終わった」
そう言ったマルファスが立ち上がったクマに右手を向けると、クマは凄まじい勢いで再び倒れ、地面にめり込んだ。
『重力の勇者』マルファス。
対象の重さを自由に変えることができる能力を持つ彼の二つ名はそう名付けられた。
「さあ、暗くなる前に帰る。二人とも動けるか?」
★
「テッド・メイシィは一ヶ月、マルファスは一週間。自由時間に奉仕活動するように。テッドは怪我が治ってから一ヶ月ですよ」
「「「はい」」」
その後、なんとか都に帰ってきた俺たちは、当然先生の無表情説教(これが一番辛い)を受け、拳骨を貰った後にこうした沙汰がくだされた。
もちろん、ネマヨの実は採れずじまい。
祝宴のネタは芋一本でいくハメになってしまい、踏んだり蹴ったりの一日だった。
だが、今回の一番の被害者はマルファスだ。
「その、マルファス。巻き込んでごめんな。あとありがとう」
「俺も許可なく都の外に出たのは一緒だから謝ることはない。助けたのも、お前達の兄貴分として当然の事。むしろ遅くなってしまって悪かったな」
「マル兄……!」
「うう、イケメンすぎる結婚してくれぇ」
「それは勘弁してくれ」
と、真顔で断られた。
そういう所まで先生に似なくていいと思う。
「なにはともあれ、お腹すいちゃったよ〜。早く食堂行こう!」
メイシィに引っ張られ、三人で食堂に入る。
すると、何やら香ばしい匂いがした。
これは今日は揚げ物か、と思ってテーブルを見るとそこには人の頭ほどもある物体がこんがり揚がっていて――。
「おーうおめぇら遅かったなぁ! 例の芋、あんまり遅えから勝手に揚げちまったぜ」
その夜、俺とアレストラは大喧嘩になり、俺の奉仕活動は一ヶ月半に、アレストラも奉仕活動一週間になったのは今でも納得いっていない。
――現在――
――ベリグトゥンの都から少し離れた郊外。
街道からも外れた人通りの無い草原に、マルファスは倒れていた。
周囲の地形は彼の能力によって凹凸ができており、激しい戦闘があったことを物語っている。
「マルファスさん……マルファスさん起きてくださいよ! こんなの、嫌だよぉ……!」
パートナーのシュナンが息絶えたマルファスにすがりついて泣き叫んでいる。
その声は既に掠れていて、恐らくずっと大声で泣いていたのだろう。
この場にいるのは俺とシュナンと、それから議長の三人。
駐屯兵の報告を聞いてすぐに勇者達へ都の警備をするよう通達する指示を出した議長は、その場にいた俺を連れ現場に向かった。
シュナンは、兵士からの通達を聞いて警備ではなく現場に向かうことを選んだのだろう。
その判断を、議長は咎めはしなかった。
到着した時俺は息を飲んだ。
所々めくれあがった地面や穴だらけの木が激しい戦闘を物語っていた。
マルファスは、誰かと戦い、殺されたのだ。
あの、無敵とも思える能力を持つマルファスが、だ。
ふと、議長を見ると眉間に深い皺を作って目を閉じていた。
勇者の死は、病魔との戦いにおいて大きな損失になる。
ましてや、マルファスは俺たちにとって家族も同然だった。
しばらくすると、議長がシュナンの傍に膝をついた。
彼が背中をさするとシュナンは少しだけ落ち着いたようで、泣き叫ぶ声が小さくなった。
それでも、兵士達がマルファスを運ぶ荷台を持ってきて都に帰ってもシュナンが泣き止む事は無く、その隣にいた俺には彼女の泣き声が、この都の、ベリグトゥンの平穏が崩れる音のようにも聴こえていた。