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ゾンビ勇者  作者: 石破健
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第六話

 


 傷だらけの肌が、ほんの微かな枝葉の揺らぎを感知した。

 瞬間、虚ろだった意識を強引に現実へと引き戻し覚醒させる。

 目の前まで迫った拳大の鉄球を発見し、迎撃すべく槍へと手を伸ばし――


「――無い……っっ痛!」


 槍を掴もうとした手は虚しく空を切り、咄嗟に腕で防御。

 しかし高速で飛来する鉄球を生身で受けきれる訳もなく、腕はひしゃげ、オマケにこれまで絶妙に保っていた身体のバランスも崩してしまった。


「うっ……おおあっ!」


 そのまま俺は樹上から落下し地面へと激突。

 頭から落ちたせいで明滅する視界と、きっと落下だけが原因じゃない気分の悪さに顔をしかめた。

 役目を果たした鉄球がそんな俺を嘲笑うかのように降ってきて、それをなんとかキャッチした。


 少し休んでから立ち上がり、身体中の負傷をまとめて治してから周囲の地面を見渡すと木の足元に()()()()()()()()が転がっていた。

 槍の状態で木の幹に刺していたはずだが、もしかしたらエルの供給が長時間なかったせいで元に戻って抜け落ちたのかもしれない。

 自分の考えの至らなさにため息をつきながら槍を拾い、その場を後にする。

 そろそろいい時間だし、水場で水浴びして出掛ける支度をしよう。



 ――昨夜、帰宅した俺はおばさんと少し話をした後に手早く準備をして再び外へ出た。

 理由はもちろんアレストラによる不意打ち克服レッスン。鉄球の襲撃に備えてだ。


 研究所での騒ぎと同じような事が不定期で起こるのならおちおち自室のベッドで寝てなどいられない。

 鉄球が家を破壊して侵入してくるのも耐え難いが、それ以上におばさんに危険が及ばないとも限らないからだ。

 そこで俺が寝床に選んだのは近所で一番大きな木の枝だ。

 樹上なら他人に迷惑をかけることもないだろうし、鉄球が枝葉に当たって接近を察知できるからだ。

 この作戦は俺自身が思っていた以上に効果を挙げ、実際夜明けまでの数度の襲撃を凌いだ功績があるが、最後の最後で失敗だ。

 アレストラ側が襲撃の成否を把握しているかどうかはわからないが、これではどんな顔をして会えばいいことやら。


 軽く体を洗って用意していた服を着る。

 背中に仕掛けられていた鉄板も、癪だが付け直しておいた。

 このまま服と一緒に洗濯したらぶん殴られるだろうからな。





 ☆



 議場に到着するとすでに他の勇者も数名来ていて、アレストラも机に足を乗せた尊大な態度で座っていた。

 自分からわざわざ話しかけるのは億劫だが、鉄球の件について話をしなければならない。

 俺は気遅れしつつもアレストラの方へ歩み寄った。


「先輩、あの鉄球って……」


 と、話しかけようとした時、気づいた。

 頭の後ろで組んだ腕は枕に、まぶたは閉じられている。

 コイツ寝てやがる!

 まだ始まってないとはいえ今から会議するんだぞ……。

 寝たフリをして油断させた所を不意打ちとかではない。ガッツリ居眠りこいていらっしゃる。これが演技なら俺はもうなにも信じられなくなるだろう。


 そこまで考えて思い至った。

 鉄球の襲撃は昨夜一晩中かけて不定期に行われた。

 もし、博士の発明品とアレストラの能力による攻撃がオートで行われるわけでは無いとしたら、彼もまとまった睡眠はできなかっただろう。

 そこまでして俺をイジメ……否、特訓してくれたのか。


 まあ、だとしてもアレストラは堂々と寝すぎだ。

 じきに議長も来るだろうし、会議が始まる前に用件を話しておきたい。

 悪いがここは起こさせてもらおう。

 そう思い、彼の肩に手をかけて――。


「とおりゃーッス!」


「バレバレだ」


 天井の梁に潜んでいた青年――ヴァンチャの飛び降りかかと落としを、俺は片手でガード。

 そのまま足を掴んで壁にぶん投げる。


「わっうおおお……へぶっ!」


 為すすべなく壁に激突し、ずり落ちるヴァンチャ。

 なぜ見習い勇者である彼がいきなり襲いかかってきたのか。

 答えはこの居眠り野郎に訊くとしよう。


「先輩、起きてください。……起きて! 色々! 説明しろ!」


「うおっ! うるっせぇぞこのタコッ!」


 肩を叩いても起きないので、揺さぶりながら耳元で怒鳴るとアレストラはビクンと跳ね起きて、流れるような動きで俺を叩く、が予想していた俺はそれを難なく回避。

 そのままアレストラは不機嫌そうに目を擦る。


「あぁ、おめぇかよ。ビビらせやがって。おいヴァンチャ! ちゃんとぶん殴ったんだろうな?」


「無理だったッス! 逆にぶん投げられました!」


「俺様が囮になってやったのにしくじるとはいい度胸してやがるなぁ。あとで俺もぶん投げてやるよ」


「ヒィィッス!」


 どうやらというかやはりというか、ヴァンチャはアレストラに命令されていたようだ。

 しかし、失敗して俺に投げられた上に命令したヤツにもお仕置されるとは……哀れヴァンチャ。今度メシでも奢ってやろう。


「ちょっとちょっと! 黙って見てればウチの見習いくんを散々イジメてくれちゃって。ダメじゃないの二人とも」


「口出しすんなエロババア」


 そこに割って入ってきたのは、長く毛先を少し巻いた茶髪を耳にかけた妖艶な雰囲気を纏う女性、ヴァンチャの教育担当の勇者サリーネさんだ。

 全然露出の多い服装じゃないのだが、起伏に富んだ身体が服を押し上げているため肌が見えなくてもエロい。

 ……てか俺も注意されたか? 俺はむしろ被害者なんだが。


「もう、アレくんはまたそんなことばっかり言って。私はいいけど、マティちゃんには優しくしてあげないと愛想つかされちゃうわよ〜」


「ちっ!」


 罵倒を大人の余裕で窘めるサリーネに、さすがのアレストラも敗北を悟って大きな舌打ちで切り上げた。

 それにサリーネは苦笑いで返して、ヴァンチャの方へと歩いて行った。

 これでやっとアレストラと話ができそうだ。


「それで先輩、あの鉄球なんですけど」


「俺のだよわかってンだろがよ。襲うって言っといたしなぁ。わざわざ訊いてくんなや」


 フンっ。とそれだけ言ってそっぽを向くアレストラ。

 なんなんだと思うが、彼がこういう性格なのは今に始まった事ではないのでスルー。


「せめて、自分以外の人には迷惑かからないようにできないんですか」


「迷惑かかんねぇように避けろや! それも含めて稽古だっつんだよ!」


 なるほど。

 暴論に聞こえるが、じつは理にかなってる。と見せかけて結局責任の放棄だこれは。

 しかし、これ以上講義してもこのわからず屋が考えを変えることは無いだろう。

 仕方ない、ここは一旦引き下がろう。

 もうすぐ議長も来るだろうしな。

 俺はアレストラの後頭部を睨みつけながら自分の席についた。


 既にほとんどの勇者が集まっており、ロキンさんと昨日受け取った博士の発明品の話をしているとすぐに議長が入ってきた。

 二日連続での会議で、準備に追われていたのだろう。

 その顔にはやや疲れが見える。


「さて、さっそく始めましょうか。今日は異常への対策についてですが……」


「先生、話を遮ってすまないがまだ全員揃っていないぞ」


 ロキンさんが挙手して議長に物申した。

 そう、ほとんど集まっているが揃ってはいない。

 十人分、この部屋には大きな長台に十席あるが埋まっているのは九席。一人足りない。


「ロキンくん、会議中は議長と呼びなさい。……マルファスが居ないようですね。ペアのシュナンはなにか聞いていませんか?」


「い、いえ。昨日会議が終わって別れてからは特に……」


「そうですか。他になにか知っている者は?」


 議長が勇者達に問いかけるが、誰からも返事はない。

 マルファスは黙って欠席したり寝坊したりするような男ではない。なにかあったと考えるのが自然だろう。

 昨日の会議の内容も相まってか、嫌な予感が場に流れるのを感じる。


「怒られたからおうちで泣いてるッスかね?」


「ヴァン君じゃあるまいし、それはないわね。マル君は強い子よ」


「さすがに落ち込んで引きこもるタマじゃないだろうが、実力があるぶん気負い過ぎるとこがあるのも事実だしなぁ。一人でなにかしようとしてるかもしれねえ」


「でも会議サボるのもマッちゃんらしくなくない?」


 勇者達が各々の意見を述べている。

 アレストラが黙ってウトウトしている分、いつもよりは静かだが、皆がこうやって挙手せずに発言してたら……。


「…………」


 ……ん?

 変だな。

 いつも通り議長が皆を諌めると思ったが、彼は難しい顔をして黙っていた。

 議長が表情に乏しいのは日頃からだが、今の顔はそれよりも遥かに深刻そうな顔色だ。


「あの、……議長?」


 俺が声をかけると、議長は俺の方を見て一瞬――本当に一瞬、刹那の間だけ辛そうな、まるで助けを求めるような表情をして、それからすぐにいつもの顔に戻ると皆を見渡した。


「今日の会議は延期する訳にはいきません。マルファスのことは気になりますが、このまま始めましょう。シュナンは後でマルファスに内容を伝えるように」


 議長がそういうと、皆はそれぞれなにか引っかかった様な様子を残しつつ、議長の話に意識を向けた。


「では、改めて今日の議題は今後起こりうる異常への対策案です。私の方で考えてきたのが大まかに三つ。病魔出現時の勇者の運用方法変更・親玉討伐の効率化・次世代勇者の速成教育です。まずは一つ目から……」





 ☆



 異常対策の会議がお開きとなり、勇者達が解散した議場。

 大きな窓ガラスから入る陽光が作る影も、勇者達の物から机椅子の物ばかりに変わった。


 この場に残っているのは俺と、議長の二人だけだ。


「…………」


 会議が終わって議場を出ようとする議長を、話したいことがあると言って引き止めたのが数分前。

 中々切り出せない俺と議長の間には沈黙が流れていた。


「――それでテッド、話とは……バイトと名乗る男とのことですかね?」


「え!? は、はい……」


 しまった。

 どこから話した物かと悩んでいる間に内容を言い当てられ、咄嗟に肯定してしまう。


「昨日の報告の時、なにやら変な目をしていましたからね」


「気づいて……いたんですね」


「小さなうちから何年も見ているとわかるようになります」


 抑揚のない声でしれっとそう言い放つ議長。

 彼には隠し事はできないわけだ。

 ともあれ、どうあっても言うしかなくなった……いや、これでいい。

 むしろ、迷う理由もなくなってよかった。


「……バイトとの会話で、報告していなかったことがあります。一度追い詰めて名前を聞いた時ヤツはこう答えたんです。『僕の名前はバイトだよ、兄さん』と」


 言って、議長の顔色をうかがう。

 その目は真っ直ぐに俺を見据えていて、そこに疑心はなく、ただただ俺に話の続きを促しているように見えた。


「報告が遅くなったのは、先に確かめたいことがあったからです。……昨夜、伯母に質問しました。自分に兄弟はいたのか、と。すると伯母はこう答えました」


『アンタが施設に行ってすぐに弟が産まれたよ。アンタがいた時から姉さんのお腹は大きかったはずだけど、小さかったし……色々大変だったから覚えてないんだねえ』


 議長は僅かに目を細めた。


「……ふむ。しかし、君の家族は……」


「ええ、議長もご存知の通り、俺の村は病魔に食い尽くされて、親族は都近くの村に嫁いでいた伯母以外亡くなりました」


 あれは、俺が勇者候補として都へ来た、わずか半年後の事だった。

 村一つが丸ごと病魔に滅ぼされたという報せは都だけでなく周囲で暮らす人々全てを震撼させた。


「俺の弟も、その時両親と共に死んだはずです。バイトの言葉も信用するに値しませんし、ただの偶然だとは思います。ただ……」


「ただ?」


「これは俺の主観的な印象なんですが、あの時の奴の言い方はなにか引っかかる物があるというか」


 自分でも、このモヤモヤが何なのかはわからない。わざわざ議長に話すような事でもないのかもしれない。

 ただ、それでも議長は呆れることなく何度も頷いて話を聞いてくれた。


「なるほど、それは恐らく君の直感と言うものが働いたのでしょう。強者にはしばしばあることです」


「俺は……強者なんかではありません」


「君自身が気づいてないだけですよ。強さは確かに、君の中にある。だからこそ『光』に選ばれたのですから」


「俺の、中に……」


 手のひらをぐっぱして見つめてみる。

 本当にあるのだろうか。

『光』が認めた強さが。

 俺の中に。


「とにかく、君の話は興味深いですが今はとにかく病魔とバイトに備えることが先決です。特に君は二度戦っていますから――」


 その時突然、議場の大扉が勢いよく開かれた。

 入ってきたのは都の駐屯兵で、彼はかなり慌てた様子でこちらへ駆け寄ってきた。


「……議場へ騒々しく入ってくるのは良くありませんが、見たところそんな事を気にしている余裕はないようですね。どうしたのですか」


「ぎ、議長様っ! ご報告申し上げます!」


 この時の彼の報告を、俺は一生忘れることは無いだろう。


「マルファス様が……勇者マルファス様が死体で発見されました!!」





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