第四話
会議がお開きになり、俺はロキンさんと共に議場を出る。
この後二人で研究所に寄る予定だからだ。
議場から街へ続く白い石畳の道をしばらく歩いてふと、ロキンさんの方を見るとなにやら物申したそうな顔をしていた。
こういうわかり易さは彼の長所であり、同時に短所でもある。
……もっとも、本人は気づいていないのだろうが。
「どうかしましたか、ロキンさん」
「む、ああ。……お主、あれでよかったのか?」
「あれ、とは?」
恐らくあれのことだろうなとわかってはいるが一応、とぼけておく。形式美というやつだ。
「とぼけるでないわ。バイトと名乗る男がお主を兄と呼んだ事。先生に報告せんでよかったのか?」
「気づいていて黙ってていてくれたんでしたら、それはまずありがとうございます」
「よい。お主にも思うところがあるのだろう。あの場で言っておればまたアレストラの奴がうるさかったろうしなぁ。しかし……」
「わかってます。議長には後で個人的に報告するつもりです」
こちらの気持ちを考慮した上で、言葉を選んで話してくれるロキンさん。
そういうことは苦手だろうに、勇者としての義務を放棄させず、かつ俺を責める形にならないように考えてくれているのだろう。
「少し、確かめたいことがあるんです。自分なりに考えがまとまったら必ず報告します」
彼の真摯さを裏切らないように、俺はまっすぐ彼の目を見て誓った。
「ならば、よい。先生もお許しになるだろう」
「そうだといいんですが」
「まあ、説教になったら俺も一緒に受けてやるから、そう怯えるな!」
ガッハッハといつも通り肩を揺らす豪快な笑い方に、つい俺も笑みをこぼす。
そうだ、気にしても始まらない。行動あるのみだ。
まずはロキンさんを見習い、豪快に笑って邪気を飛ばそう。そうすることでこの妙な事件の連続から抜け出すことができるかもしれない――。
「ガーハッハッハッ!」
「なに二人で爆笑してんだ薄気味悪ぃ」
心底引いているような(実際引いているのだろう)冷えた声に振り向くとそこには不機嫌を体現したような表情の男。アレストラが立っていた。
「アレストラ……先輩。いつからそこに」
「あー? たった今追いついたらてめえらがゲラゲラ笑ってたンだろが」
俺はロキンさんと顔を見合わせる。どうやらバイトの話は聞かれてなかったようだ。
そのことに安心しつつも、俺は考える。
ロキンさんを信じていない訳では無いが、不器用な彼の事だ。なにがきっかけでボロが出るかわからない。
ここは早めに切り抜けるべき、と俺が考えていると――。
「俺たちはいつでも笑っているぞ! 笑うのは良い事であるからな! して、アレストラ。我らを追ってきたのは何用だ? 事件の話ならまた明日会議すると、先生がおっしゃったはずだがな」
どうやら杞憂だったようだ。
ロキンさんは上手く次の話に切り替えてくれただけでなく、牽制もしてくれた。
これでアレストラも急に怒鳴り散らすことは無いだろう。
「あーあー、違ぇよ。まあ、その話と関係あるっちゃあるがよ」
そう言ったアレストラはおもむろに俺を指をさして、
「ロキンのおっさん、ちょっとアンタのツレ借りてくぜ」
☆
「なにも説教垂れようってわけじゃねえぞ」
「バイトっつー怪しい不審者のヤツが俺の管轄の南に来ねえでアンタらの西……それもテッドの前にだけ現れるもんだからよ」
「せめて俺が稽古つけてやって次こそは! 確実にとっ捕まえられるようにしとこうぜって話だよ」
「用があんだろ? おっさんは先行ってろよ。コイツも軽く小一時間絞ったら行かせっからよ」
と、トントン拍子に話が進み、すでに議場の横に併設してある修練場で俺は三又槍を片手に、アレストラと向かいあっている。
ちなみに議場付近には様々な施設がまとめてあり、この修練場もそこに含まれる。
勇者や軍関係者が宿泊できたり議長達が住んでいる施設もあり、俺たちも昔はそこで暮らしていた。
それはさておきこの状況、一見すると稽古と言うのは建前でアレストラが憂さ晴らしに後輩を痛めつける図に見えなくもないが、それは無いだろう。
彼は確かに裸マフラーという奇怪なファッションで、うるさくて短気で人の話を聞かない節があるが、断じて悪人ではない。
彼も『病魔』と戦う勇者なのだ。
そしてその通り名は――。
「準備はいいかよ、ボンクラ勇者。『操鉄の勇者』様が直々に稽古つけてやんだ! ありがたぁく……死ねッ!」
罵声が開始の合図と言わんばかりに襲いかかってくるアレストラ。
俺は反応が遅れるもなんとか顔を腕でガードし、初撃の拳を凌ぐ。
が、遅れた反応のツケが回り二撃目の蹴りを腹にモロに食らって大きく吹っ飛ぶ。
前言撤回。
コイツは俺の事が嫌いで、稽古という名の後輩いじめをやるためだけに俺を呼び出したのだ。
上等だ、返り討ちにしてやる……!
俺は反撃するべく体勢を立て直し槍を構える。
アレストラも俺を追撃するべく、すでに眼前に迫って――
居なかった。
彼は俺を蹴り飛ばした位置のまま腕を組んでこちらを睨んでいたのだ。
意味がわからん。
わからないので質問する。
「あの、先輩。今のはどういった……?」
「てめえ、不意打ちに弱いだろ」
「は? ……あ。」
言われて、気づく。
心当たりは確かにあった。
バイトとの戦いでも、空中からの不意打ちに対応しきれず腹を裂かれて修復する羽目になったのだ。
「死なねえ故の性だろうな。センスは無くもねえ癖に戦闘開始するまで無防備もいいとこだ。他の勇者は全員、今の攻撃ぐれえなら防ぐだろうぜ」
アレストラの言葉にムッとするが、何も言い返すことができない。実際、彼の言う通りだからだ。
呆れたようなため息をつきながら彼は続ける。
「お前は『不屈の勇者』だが、『無敵』じゃねえ。初撃で制圧されたらお前、なんも出来ねえぞ」
「…………はい」
どうやら、本当に稽古をつけてくれるようだ。
一瞬本気で疑った自分を罰したい気持ちと、それでも今のは酷いと抗議したい気持ちが混ざって逆に冷静になれた。
「今日からてめえが不意打ちを克服するまで、いつでも急に殴りかかっからよ。気ぃ抜くんじゃねえぞ」
冷静になった頭でアレストラの言葉を整理する。
俺が不意打ちを克服するまで殴りかかる。ふむ。
――待て、それって……。
「それって毎日、二十四時間いつ襲われるかわかんないってことですか?」
「たりめぇだろが! 言っとくが拒否権はねぇぞ。先生にてめえを鍛える許可は貰ってんだ。やるなら徹底的にお願いします。だとよ」
楽っしみだなあ。と、口角を吊り上げるアレストラ。
絶望に絶望を重ねる彼の宣告に俺は驚愕する。
先生、もとい議長の許可があるなら何をされても文句は言えないし、更に恐ろしいのはアレストラなら何をしてもおかしくない。
その事実に俺が顔をゆがめていると、
「それはそれとして、こっからは普通に模擬戦すんぞ」
そう言いつつアレストラは腕を上げ、空に手を伸ばす。
すると、彼の上空を漂っていた装備が降りてきた。
『操鉄の勇者』たるアレストラの能力は字面の通り鉄を操るという物だ。
その能力で自分の装備を自分の上空で持ち運び、使用する際に降ろすという兵士としては羨ましい便利能力だ。
鉄のプレートを皮で繋ぎ合わせた、鎧ともプロテクターともとれるその装備は、着用者がエルを与えるとピッタリと締め付けて固定される特注品。
それを身につけたアレストラは、装備を能力で操ることで自分すら自由自在に飛び回ることが可能になるのだ。
実際にこの状態の彼と手合わせするのは初めてのことだが、こうしてみるとまるで、
「これでバイトの飛行能力と戦う練習になるだろ。……さすがに瞬間移動とかいうバカみてえなマネはできねえがよ」
「いえ、正直それだけでもかなり手こずらされたんでありがたいです。――ただ、胸を借りるだけのつもりはないんで」
「ハッ! 勇者になっても生意気な所は変わりやがらねえなあ! 今日は機嫌がいいから殺すのは三回ぐれえにしといてやんよぉぉ!」
☆
「――それで結局十回以上頭吹っ飛ばした!? アレ兄なにやってるのよっ!」
フワフワと浮ついて夢の中にいるような意識の中、聞き慣れた声がする。
……ような気がする。
「これ、エル無くなりかけてるよぉ……。ところどころ治ってない傷もあるし、白目むいてるし。最後に頭治して意識とんじゃったんだ」
声が近づいてきて、すぐそばから聞こえる。
なぜか聞いていると安心するような、それなのにひどく心を掻き毟られるような。
「とりあえず起こさないと。……テッド、大丈夫? テッド!」
肩を揺さぶられて意識が現実へと戻される。
俺は鈍い頭痛に顔をしかめながらゆっくりと目を開けた。
「よかった。重症ってほどじゃないみたいだね。気分はどう?」
まぶたを上げた途端に容赦なく刺さる陽光。
そして、どうやら地面に仰向けで倒れているらしい俺を覗き込むのは黒髪を短く切り揃えた白衣の少女だ。
「あれ、おーい大丈夫? 言葉わかる? 私が誰だかわかってる?」
「あぁ、わかってるよメイシィ。なんでも殴るのが得意なおてんば研究者見習い」
「うん、大丈夫そうだね! さあお水飲んで飲んで」
「……否定しないのがお前のすごい所だよ」
豪胆なのか天然なのか、俺の言い草にツッコむことなく水筒の水を飲ませてくれるメイシィ。
そんな幼馴染におののきつつ俺が水を飲んでいる間にメイシィは周囲をキョロキョロと見回した。
「あっ、アレ兄いなくなってるし!」
「さっきまでいたのか?」
俺がアレストラとの模擬戦の末に倒れ、意識を失ってからどれくらい経つかわからないが、彼の性格なら昏倒する俺をほったらかして帰っても不思議ではない。
「研究所で博士と待ってたのに、ロキンさんが一人で来るし、軽く稽古したらテッドも来るって言うのに全然来ないから迎えに来たんだよ。そしたら案の定ぶっ倒れてるし、アレ兄は『おっ、いい所に来たな』とか言うし。男の人ってなんでこんなにいい加減なのっ!?」
喋っていたら怒りがこみ上げてきたようで、段々と早口になり最終的には俺を睨みつけるメイシィ。
確かに約束の時間に遅れた挙句、介抱してもらっているのは申し訳ないが、他の男の分の不満も俺にぶつけられている気がしてやや不服だ。
それが顔に出ていたのか、メイシィはコホンと一つ咳払いをして、俺が飲み干した水筒を取り上げ、代わりにアカマルの実を渡してくれた。
「まあ、怪我人に説教するのもあれだよね。少し休憩して歩けるようになったら行くよ。博士が待ちくたびれて寿命が来ちゃいそうなんだから!」
「割と冗談になってないからやめとけよ……。もう歩けるから、食いながら行こう」
俺が立ち上がろうとするとメイシィが手を貸してくれたので、素直に甘えて手を握るともの凄い力で引っ張りあげられる。
メイシィの顔を見るとイタズラっぽい笑顔でこちらを見ている。
怪我人の扱いとしては適切ではないが、色々と迷惑をかけた分が今のでチャラになると思えばまあ、安いものだ。
俺は何も言わず、メイシィがくれたアカマルの実を齧りながら研究所へと歩きだした。