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ゾンビ勇者  作者: 石破健
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第三話

 



「帰ったよ、おばさん」


「あら、テッド。おかえりなさい」


 帰りついた自宅の戸を開くと、晩食のいい匂いがするのと同時に叔母の背中が見えた。

 声をかけるとすぐに返事が返ってくる。


「お勤めご苦労様。今回もよく無事に帰ってきてくれたね」


「……おばさんは大袈裟だな」


 俺の顔を見るやいなや、おばさんは顔をほころばせながら近づいてきて、小さくも温かい体で俺を抱きしめた。

『病魔』との戦いから帰る度にこうやって優しく抱擁してくれるのだが、段々と慣れてくると嬉しさよりも照れくささの方が勝ってきてしまう。


「俺は『不屈の勇者』だから大丈夫だっていつも言ってるだろ? 『病魔』に噛まれたって治るんだよ」


 ちなみにだが、ロキンさんも『剛腕』発動中の右腕が感染しても解除した腕に残ることはない。あの腕は無敵なのだ。


「私が心配してるのは怪我だけじゃなくて、その他もろもろ。戦場では何があるかわからないって言うじゃないか」


 いつの間にか白髪とシワが増えてきたけど、こうして眉を寄せて俺を諭す時の表情が母さんそっくりで、やっぱり姉妹なんだなと思い出す。

 二人とも、心根の優しさが映し出されたような柔和な顔立ちだ。


「最近じゃ変な輩も出るって噂があるし。それ聞いてからはもう、アンタが街の外まで仕事に行ってる間は帰ってくるまで気が気じゃないよ。私はアンタになんかあったら死んだ後で姉さんに会わせる顔が……って聞いてるのかい?」


「――あぁ、聞いてる聞いてる。でも、俺もう腹減ったよ。とりあえず飯食ってもいい? もう出来てる?」


「ああごめんね、もうすぐ準備が済むから座って待ってておくれ」


 そうしてテーブルについて待っていると、おばさんは言葉通りすぐに料理を出してくれた。

 数日ぶりに食べたおばさんの料理は安く手に入る食材ばかりなのにどれも美味く、おばさんの俺が居なかった間の話は他愛もないのにどれも面白かった。


 この何気ない普通の日常が、『バイト』というあまりに不可解な男との邂逅で疲れきった今は特に、沁みた。


 食事を済ませると俺はすぐに床についた。

 遠征から帰った次の日は基本的に休みなのだが、明日は特別に会議が入ったからだ。寝坊するわけにはいかない。




 ☆




 光の都ベリグトゥン。


 越えられない山脈に囲まれた世界の中心にあり、俺たち勇者が守るべき最重要拠点。

 この都を語る上で外せない特徴は二つ。

 一つは街並み。

 全ての建物や道が白系の建材で統一されており、訪れる者に神秘的印象を与えるだろう。

 だが、行き交う人々や植えてある植物はその限りではないので、慣れない者は真っ白な背景とカラフルな物とのギャップで疲れる事も多い。

 そして、もう一つは都の中央の議場から昇り立つ光の柱だ。

 昼ですらはっきりと視認できるほどの圧倒的な光量を持ちながらも、何故か直視しても眩しくない暖かな光で都を照らすその柱はベリグトゥンの象徴であり心臓。

 人々を導き、護り、勇者を勇者たらしめる能力を授け、人類に『病魔』への対抗手段を与えた、ほとんど神と言っても差し支えない存在だ。

『病魔』の手を光と民に届かせぬために戦うのが力を持った勇者の使命であり存在意義だ。




 ☆



「今回、東の戦場近くの村に被害が出ました」


 議場に集まった十人の勇者に、議長は歳の割に良い姿勢をさらにピンと伸ばし、抑揚の無い声で告げた。


「戦場から溢れた『病魔』三体により、村の民二十三名が感染、その後死亡。踏み荒らされた作物、食い散らかされた家畜、そのほとんどが収穫不可に。その後、戦場で親玉が殺され、その三体も群れに帰還したとのことです」


 議長は淡々と報告内容を読み上げた後、資料から顔を上げて


「ここまでで、諸君からなにかあるかな?」


「あんぜ! 大アリだよ先生よぉ!」


 その問いに、すぐさま手を挙げ声を上げたのは上半身裸でマフラーを巻いた中肉中背の男。


「議場では議長と呼びなさいアレストラ。発言を許しますが、もう少し静かに。私の耳はまだそれほど遠くはなってませんよ」


「よりによって『重力の勇者』のおめぇがいながらなに『病魔』逃がしてンだ。ああ? マルファス」


「……言葉もない。全て私の責任だ」


 議長の許可を得てアレストラが怒りの矛先を向けたのはマルファス。長い金髪を後ろで纏めた美丈夫は眉間に皺を寄せて瞠目している。かなり、自省しているようだ。


「んなもん当たり前だろうがよ。俺が聞きてえのは()()()お前の能力で、こんなことが起きてんだってことだ」


「あ、あの! マルファス先輩ばかり責めないでください! 『病魔』がいつもより多かったのと、私が親玉を倒すのが遅かったのが原因なんです!」


 二人の会話に割り込んだのは、マルファスと組んでいる勇者で黒髪を素朴な髪飾りで留めている小柄な少女シュナン。


「やめるんだシュナン。それは言い訳にしかならない」


「いつもより多かっただぁ……?」


「三人とも一旦静かに。シュナンには発言を許可していませんよ」


 会話が混迷する前に議長が三人を諌める。

 す、すみませんでしたと肩を跳ね上げて謝るシュナンと舌打ちするアレストラに小さく嘆息して、議長は続ける。


「マルファス、シュナン。勇者としての矜持が大切なのも、被害の責任を感じるのもわかります。が、報告は報告としてちゃんとしてください。それも君たちの義務ですよ」


 議長が諭すように言うとそういうとシュナンはマルファスの方をじっと見つめ、マルファスは顔を顰めて鼻から長く息を出すと不承不承といった感じで話し始めた。


「今回、東の戦場に現れた『病魔』の数は……目測でも普段の()()()はありました。そのため私の能力での制圧が追いつかず兵士と共に足止めに徹さねばならず、シュナン一人に親玉の捜索・討伐を任せることとなり戦闘が長引いた結果、どこからか取り逃した病魔に村の侵攻を、許してしまいました」


 以上です。と報告を終えたマルファスの顔にはやはり苦々しいものがある。

 が、これはマルファス達だけの問題ではない。


「……いつもの倍だぁ?」


「え? そんなことあるんすか?」


「マルファスでも抑えきれない数か……」


「西はいつも通りの数だったがなぁ」


 マルファスの報告に各々が反応を見せるが、どれも苦々しいものだ。

 それもそのはずで、そもそも普段から数が多すぎるせいでこちら側の戦略は限られている。

 最速で倒す、もしくは完璧な防御。

 どちらかができなければ簡単に戦線は崩壊してしまう。

 それが倍の数となれば当然、どこかが綻ぶ。

 現在まで人類が『病魔』と戦ってこれたのは勇者の力と研究の成果、そして『病魔』達の生態と行動が一定であり統一されていたからだ。

 現れる方角こそ決まりはないが、いつ現れるかは完全に法則性があり、現れる数、進軍速度そのどれもが毎回同じ。

 だからこそ兵士も勇者も希望を持って作戦に臨める。

 いつ終わるかもわからない戦いも続けられる。

 だが、一度均衡が崩れたとなると……。


「……静粛に」


 ザワつく勇者陣を議長が鎮める。

 彼はふぅ、と息を吐くと、


「全員、この非常事態の深刻さはわかっているようですね」


 いつもと変わらぬ抑揚の無い喋り方で話を進める。


「東の戦場の()()が今回限りなのか、今後も続くのか、はたまた何かの兆候なのか。なにも、わかっていません。とにかく今打てる手を打てるだけ打つつもりです。君たちもこれまで以上に戦いが過激になること、覚悟しておいてもらいたい」


 と、それを踏まえて。と前置きした議長は何故か俺とロキンさんを交互に見て……いや、心当たりはあるか。


「西の方でもおかしな事があったようですので、皆さんにも報告お願いしますロキンくん」


「うむ、承知した。と言いたいところだが……」


 ロキンさんは俺の背中をポンと叩いた。

 俺は真顔のまま目を細める。


「『それ』を見たのはテッドだけなのだよ先生。こやつに報告させても?」


「構いません。テッド、頼みますよ」


「…………はい」


 今ならマルファスの気持ちがよくわかる。

 いや、実際マルファスには落ち度はない。

 俺の方が()()()()()は高いだろう。


「報告します」


 俺は先日ロキンさんにしたのと()()同じ報告を勇者達にも話した。


「おいおいおいお前それよぉ……」


 案の定、最初に反応したのはアレストラだった。

 彼は怒っているのか笑っているのかよくわからない(確実に怒ってはいるのだろうが)表情をして言う。


「そいつ怪しすぎんだろぉよ! なんか知ってんだろ! てかソイツ二回目だろ! なに逃がしてんだよ羽もいで槍に刺してここ持ってこいやあ!」


「……羽は無かったです。羽なしで飛んでまし」

「んなこた聞いてネンだよッ!」


 わかってはいたがやはり怒鳴られた。そして訂正しようとしたら食い気味でツッコまれた。


「でもさー、そんな変な奴いきなり出てきても対応ムリくない? テッちゃんも手ェ抜いたわけじゃないだろしさー責めるのかわいそー。アレ君でも逃がしたかもじゃん。消えんだよ?」


「んなわけねえだろ俺なら一瞬だ。腐れ爪女は黙ってろ」


「いや、酷すぎでしょ! ウチが一番かわいそーだわ!」


 アレストラに食いかかるのはマティ。バチバチまつ毛、プルプル唇、キラキラ爪のイケイケ女子だ。

 擁護してくれているのはありがたいが、ここは全面的に俺が悪い。そして、話が脱線している。

 困った俺はすみませんと、謝りつつ議長を見る。

 目が合った議長は今日何度目かの嘆息をしてアレストラ、マティ。と声をかける。

 クソがッと吐き捨ててアレストラはそっぽを向いてしまった。マティも同じくだ。


「報告は以上ですね?」


「――はい」


 俺に問う議長の目は、真摯さと厳しさを合わせ持っていて一瞬怯みそうになる。

 そこをぐっと堪えて、間を開けずに返答することになんとか成功する。


「それでは西の戦場で起きたことに関する話はここで終わります。各々思うところがあるとは思いますが、今日は一旦解散。頭と情報を整理して改めて明日、異常への対策について会議します。今日の議題はくれぐれも、他言しないように。では、解散」


 最後まで抑揚の無い議長の声でこの場は解散となった。





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