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ゾンビ勇者  作者: 石破健
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第十四話

 


 ――現在――



「そのまま無我夢中で走った。とにかく議場から離れたくて。そして気がついたらあの公園に居て、もうどうしていいかわからなくて……ずっと蹲ってた」


 ――これが今日私に起きた出来事の全て。


 議場へと向かう足を止めずに話をしていたメイシィはそう締め括った。彼女の目尻から一粒の涙が零れる。

 ずっと我慢していた、いや、今この瞬間も本当は大声で泣きだしてしまいたいのを堪えているのかもしれない。

 そう思うと、胸が傷んだ。


 俺たちは何をやっていたんだ。

 勇者総出で一日街中をパトロールしていたのに、敵はベリグトゥンのど真ん中に居たなんて。

 まんまと踊らされた自分達に腹が立つ。

 自分達を嘲笑う『白マント』バイトに腹が立つ。

 そしてなにより――。


「議長……! あの人は一体何を考えているんだ?」


 外にいたというバイトを都に呼び出してマルファスを殺害させ、そのバイトを攻撃しようとするメイシィに激怒し敵対し、恐らくその後、議場にいた勇者を追手として差し向けてきた。

 話を訊いた限りでは彼は明らかにベリグトゥンの敵だ。

 そんな男が勇者を自由に動かせる立場に居るなど、言語道断。一刻も早く弾劾しなければならない。

 しかし一方で、わからないこともある。


「バイトと組んで、勇者や博士を害して、ベリグトゥンを混乱させたその先になにがしたいんだ? あいつらの目的はなんなんだ?」


「わからない……。私が混乱してたのもあったけど、それを差し引いても先生からはなにも聞き出せなかった、ううん、なにも話してくれなかった。断片的な情報をバイトが勝手に喋ってただけ」


「これは無理矢理にでも聞き出すしかないな」


 他にも気になることはいくつかあるが、それは二人で話していてもわからない。

 俺達は他の勇者や兵士に見つからないように気をつけながらも議場へと急いだ。




 ☆




 街に並ぶ建物と同じ白の建材でありながら、他とは違う荘厳な雰囲気を持つ議場。

 大きく開かれた正門には当然見張りの兵が立っているため、人目につかない廊下の窓から侵入することにした。


「まさか私達がこんなコソ泥みたいな入り方することになるなんてね」


「仕方ないだろ指名手配犯がいるんだから。……メイシィは外で待っててもいいぞ?」


 先程のメイシィの涙を思い出す。

 信頼を裏切られ殺されそうににすらなった相手とまたすぐ会わせると言うのは、今更ながら酷だったかもしれない。

 そう思っての配慮だったが、しかし彼女は苦笑しながら首を横に振った。


「大丈夫。もう落ち着いたし、今回は一人じゃないから。下手くそな気づかい、ありがとね」


「下手くそは余計だろう」


「それを言うなら指名手配犯も余計だよ!」


 口を尖らせて睨むメイシィ。どうやら軽口を返す程度の余裕は取り戻している様だ。大丈夫というのも強がりではないだろう。

 言外にその理由の一端が俺だと言われてなんだかくすぐったくはあるが、ともかくこれで議長を探すことができる。


 窓から議場に侵入し静まり返った廊下を進む。まずはメイシィが最後に議長と会った『光』の間に向かう。あそこ居てくれるのが、こっちとしても一番好都合だからだ。

 しかし道中は人っ子一人歩いておらず、慎重に歩いているのがバカバカしくなる。

 普段ならば議会の者が多くいるはずだが、今は勇者と精鋭の兵士が詰めているだけなのだ。


「そもそも、こんな狭い廊下で鉢合わせれば隠れる暇なく見つかるからな。こそこそ歩くより、いっそさっさと抜けた方がいいかもしれないな」


「異議なし」


 そうして、結局誰とも遭遇することなく『光』の間の大扉の前に立った。メイシィと顔を見合わせて扉を押す。

 差し込んでくる日差しの奥に伸びる階段を、こうして二人で上がるのは二度目だ。

 一度目と違うのは自分達の背丈と、俺たちを育てた男が階段の下ではなく――。


「……ここにいてくれてよかったです」


「テッド……指令を聞いてメイシィを捕まえてきた……。訳ではなさそうですね」


『光』の柱の下。マルファスが眠っているであろう棺前で哀愁を感じさせる表情で佇んでいた議長は俺の声に驚く様子もなく答えた。


 見たところ普段の彼と変わらないように感じる。

 話を聞く分には都合がいいが、メイシィから聞いていた様子との落差に肩透かしを食う。

 この数時間で彼も落ち着きを取り戻したのだろうか。


「訊きたい事が山ほどあります」


「……ええ、元々メイシィとメイシィを連れてきた勇者には話をしようと思っていたので問題ありません。メイシィが聞いた通り、私が『白マント』バイトを都に入れた張本人であり、そのせいで彼とマルファスがぶつかり……マルファスを亡くしてしまいました」


 あっさりと返ってきた答えに、かえって呆気に取られる。

 いつもと変わらぬ抑揚の無い声。

 そこにわずかな動揺と深い悲しみが含まれているのを感じ取れたのは長い付き合いがあってこそだろう。

 メイシィも同じ物を感じとったらしく、複雑な表情をしている。


「マルファスを殺したのはバイトで、それはあなたにとっては不本意なことだったと」


「はい。誓って」


「じゃああなたの目的はなんなんだ? あなたのやった事は明らかに勇者達に害を与えているが、ベリグトゥンを滅ぼそうとしているならとっくの昔に、もっと上手くやれたはずだ」


 なにしろ自身も元勇者な上に勇者達に最も信頼されている人物だ。

 そんな立場にある男が本気で都を滅ぼそうと画策していると考えると今回のそれは少々杜撰すぎる。

 だからこそ気にかかるのだ。

 彼がなにをしようとしているのか、それはメイシィを攻撃してまで達成すべきことなのか。


 議長は深く息を吐くとまっすぐに俺の目を見て、それから同じようにメイシィを見た。


「まずメイシィ、君には謝罪を。取り乱していたとはいえ、突然君を傷つけたことを謝ります」


 唐突に頭を下げる議長に俺たちは何も返せないでいた。

 二人で黙って顔を見合わせていると彼は頭を上げて続ける。


「私の目的ですが、単刀直入に言えば山脈の向こうに行く事です。それにはバイトが持つ『病魔』を寄せ付けない能力が必要不可欠です」


「…………は?」


 それは思いもよらない、飛躍した回答だった。

 この世界で山脈と言えばたったひとつ。

 ベリグトゥンを中心に世界を円で囲む絶壁の()()()()()()()()のことを指す。


「それでバイトに手伝ってもらうつもりだったのですが……私の力が及ばず彼の暴走を止められなかった」


「っちょ、ちょっと待ってください。あの山脈に()()()()なんてあるんですか?」


 ――越えられない山脈が世界の最端。その先には何も無い。


 それが、まともな教育を受けた者なら子どもでも知っている常識だ。

 それを彼は事もなげに「山脈の向こうに行く」などと言ったのだ。


「いえ、それはわかりません。山脈の先に何があるのか。何かあるのか。それはまだわからない」


「じゃあなんで……?」


 俺の疑問に、議長はふと目を細めて『光』を眺め、「これは誰にも話したことがないのですが」と前置いた。


「昔、私が議長に就任する際に、勇者としての力を返納するべくここで一人、祈りを捧げました。その時、声が聴こえたのです」


「声?」


「ええ、声です。頭の中に響いて直接語りかけられているような感覚だったのでもし、隣に他の誰かが居てもその者には聴こえなかったかもしれませんが」


 語りながら彼は少しずつ『光』へと近づいていく。それに合わせて俺とメイシィもゆっくりついていく。


「私はあの声を『光』からの預言だと思っています。声は言いました。『戦いを終わらせたければ山脈の先へ行け』と」


「預言……『光』が先生に指示を出したってこと?」


 天へと昇る実体がの無い柱の見えない頂点を見るように上を見上げる議長の横顔は、決意に満ちている。


「そう確信しています。歴代の議長も同じ言葉を賜っていたのかもしれませんが、誰も達成できた者はいなかったようですね。山脈には所々に洞窟が開いているのですが、そこには『病魔』がびっしりと蠢いていました。どんな勇者でも抜けることは困難でしょう」


「……そこでバイトか」


「はい。彼の能力が、山脈の先を見る唯一の鍵なのです」


 ようやく議長の目的の全貌が見えた。

 ようするに預言とバイトに踊らされていたということだ。

 彼が預言のためにバイトに囚われ、しかしそのバイトを御しきる事ができなかった結果が今回の一連の騒動だった。

『光』のためとはいえ勇者を一人亡くしているのだ。バイトは言わずもがなだが、議長も相応の責任を取って然るべきだろう。


 俺は一つ嘆息して隣のメイシィを見やる。

 難しい顔でなにやら考えこんでいた彼女は俺に気がつくと困ったような表情をした。その肩を軽く叩いて議長と向き合う。


「話の大筋はわかりました。……制御できない以上バイトは処刑するべきだと思います。山脈を抜ける方法は勇者全員で模索――」


「そうですか」


 俺の言葉を遮って、議長の冷たい声が響いた。

 その瞬間背筋が凍る。

 さほど大きいわけではないたった一言の声。

 それだけのことで尋常じゃない覇気が伝わってきた。


「君たちに話すのは賭けでしたが、どうやら負けのようですね」


「っ! ……落ち着いてください」


「至極冷静のつもりです。君は強い。今の話でバイトを殺すべきと判断したのなら、これから私がどう説得しようと意志を曲げないでしょう」


 圧倒的な威圧感を放ちながらゆっくりとこちらに向かってくる。

 俺も槍に手をかけた。


「私達の道はここで別れました。自分の信じる道を歩み進むのは私か君たちか。決めるしかない」


 望まない戦いが、始まる――。





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