第十三話
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「ていうかさ父さん、こんな場所で話してていいわけ? 誰かが入ってきたらなんて言い訳するつもりなんだい?」
物陰に隠れる私に気付かぬままマントの男が軽薄な声で訊いた。フードを外してはいるけど、間違いなく私とテッドが追っていた『白マント』だった。
彼はふわふわと空中を漂いながら地面に立つ先生を見下ろしている。
「それを君が言いますか。……今は勇者の半分がパトロールに出ていますし、残りの半分も休憩中です。『光』の間に入ってくることは無いでしょう。他の職員達はそもそも恐れ多くて入ってこれる者がいませんし」
「ふーん、そーなんだ。ま、僕としては誰にバレようがどうでもいんだけどね~」
先生の返答に、しかし『白マント』は心底興味無さそうな態度だ。
自分で訊いておいてなんだ。とは、思わない。
そんな事を考えている余裕なんか、あるはずもなかった。
――先生は何を言っているの?
なんで先生が、研究所を襲った男と普通に話しているの?
父さんって先生のこと? バレるってなにが?
混乱する私をよそに、二人は会話を続ける。
「……とにかく、これ以上荒らされては困ります。だから——」
「っはー、ひどい言い草だなぁ。危険を冒してわざわざ来たってのに」
「危険になったのは君が勝手に……!」
「――そして父さんのナイスアシストのおかげでマルファス兄さんを殺すことができた。ははっ、都を混乱に陥れるなんて、勇者を統べる議長が聞いて呆れるねっ!」
私は、これ以上黙っていることはできなかった。
隠れていた壁を離れて二人の元へと歩いていく。
「せん、せい……なにしてるの?」
「――っ! メイシィ……」
「あっらら〜、言わんこっちゃない……」
私の声に反応して振り向いた二人はこちらの姿を認めると各々の反応を見せる。
明らかに狼狽する先生。
一方『白マント』はと言えば、苦笑いで肩をすくめている。
「なんでこんな所で『白マント』と話しているの? その人研究所襲った人だよ?」
「…………」
「答えてよ!」
「まあまあ、落ち着き――」
「あなたは黙っててッ!」
右手で自分の顔を覆って答えない先生に、私はますます不信感を強める。
それでもまだ願っていた。
例えば、さっきの話はなにかの間違いで、先生には何か皆のためになる考えがあって、私が想定外にここへ来てしまったことで計画が狂ってしまった。とか。
そんな可能性を捨てきれない私は無言の先生を問い詰めるのをやめて放って置くことにした。
彼の描いている計画がどうであれ、とにかく目の前にいる敵を倒してしまえばいいと思った。
『白マント』を無力化して、先生とはそれからゆっくり、テッドや皆も一緒に話をすればいい。
きっとまだ大丈夫。まだ、最悪じゃない。
そうやって無理やり自分を納得させると、体が軽くなった。
「先生、後でちゃんとわかるようにお話してね」
一方的に告げた私は、考えを実行に移すべく臨戦態勢をとる。
自分を睨みつけながら前傾姿勢で膝を曲げる私を見る『白マント』は胡乱気な目を向けてくる。
そして、俯いたまま何かを呟いていた先生が顔を上げた時、私は討つべき敵へと一直線に跳躍していた。
ギョッとする彼の顔を殴り落とそうと拳を振り抜いて――しかし、攻撃は空を切る。
動揺を咄嗟に押し殺して、直感で体を捻って後ろを向くと上から『白マント』の踵が落ちてきた。
それを右腕で受けて左手で掴もうとするも、ヒラリと宙を動いて逃げられる。
体勢を崩しながらもなんとか着地する。
今のはなんだろう、敵が一瞬で視界から消えたように感じたけど単に見えないほど早いだけだろうか。
『白マント』は追撃こそしてこないけどどこかから出したナイフを構えていた。戦闘準備は出来ているらしい。
考察しつつも、再び攻撃するべく足に力を込める。開けた場所で相手が宙に浮いてるんじゃ突っ込むことしかできない。けれど、不思議と負ける気はしなかった。
「止めなさいッ! その子を攻撃するな!」
先生の声が『光』の間に響いた。普段の温厚な彼からは想像もつかない、鋭い声だった。
戦闘態勢に入った『白マント』を止めようとしてくれている事が少しだけ嬉しかったけど、もう遅い。
戦いは始まってしまったのだ。いまさら『白マント』はナイフを引っ込めないだろう。
私は構わずに跳んだ。
浮かんでいる『白マント』に向かって跳んで、その先で、横から飛んできたナイフに腕を切られた。
私は最初、何が起きたのか理解出来なかった。
『白マント』の攻撃じゃない。彼は私が跳んだ瞬間に再び一瞬で姿を消していた。初めから戦うつもりなんて無かったんだろう。
なら、ナイフを投げたのは一人しかいない。
着地した私は傷を確かめた後、ナイフが飛んできた方を見る。
先生は、普段の彼からは想像もつかない鬼の様な形相で私を睨んでいた。
それを見て思い至る。
――ああ、さっきの「その子を攻撃するな」は、『白マント』じゃなくて私に警告していたのか。
気づいた途端に、全身に恐怖が走った。
今の今まで、先生が自分の敵に回るだなんて少しも考えた事が無かった。
だけれど今目の前にいる彼は確実に、明確な敵意を持って私を攻撃してきた。
――殺される。
戦って勝てるかどうかなんて考えるまでもない。先生は私の敵になったけど、私は先生の敵になんてなれない。このままじゃ確実に殺される。
「あー、えっと、ごめんね。ハハ、姉さんとも遊びたかったけど、僕ちょっと用事が……」
あまりの状況にへたり込む私と先生の間に先程まで先生の後ろにいた『白マント』が何度目かの瞬間移動で割り込んできた。
「……結局あなたはなんなのよ」
絞り出すように出した質問に、自分で鼻を鳴らす。いまさらこんなことを訊いてなんになるのだろうと思った。
「僕は名前はバイト。君達の弟みたいなものだよ、メイシィ姉さん」
彼はそう言うと羽織っているマントを脱いでそのまま先生に投げつけた。
それが予想外だったのか、頭にマントを覆われた先生は数瞬、視界を奪われる。
「そのマント返すよ父さん。あと僕は外に戻るから、あまり姉さんをいじめないでやってね」
次の瞬間、バイトは姿を消した。
そして私も、先生に背を向けて走りだした。
逃げてどうするかなんて考えてなかったけど、とにかく恐かった。バイトが、先生が、恐ろしくてしかたがなかった。
結局『光』の間を出るまで、私の背にナイフが飛んで来ることはなかった。
リザードンをVMaxさせてたのと、普通に小説書くのムズくて投稿遅れました!