恋には不器用な殺し屋だった。Ⅱ
2、殺し屋落とし
「普通の人間はこんな血のにおい、強くないよ。なんかあったでしょ?怪我してたりする?あ、もしかして生……なんでもない」
平然とした顔で聞いてくる修騎。それに対して私は今、人生で1番パニックになっている。こんなことになるなら、あのとき断っておけば良かった。まあ、いずれ聞かれたかもしれないけど。
そもそも、ほんの少しの血のにおいを感じとる方がおかしい気がする。それに、普通の人間と私の微かなにおいの差まで感じ取っているのだ。鼻が良いにもほどがあるだろう。
こう言うとき、無理に言い訳してもさらに疑われる。質問攻めなんて勘弁だ。1番安全性の高い方法は…。
「ごめん、言いたくないな。まあ、いろいろあったから」
深刻な事情ムードをつくりだす。これが適切だ。(多分)
「……そうか、なんか痛いとこ突いちゃったね。ごめん」
「…………」
この方法をすると、必ずその後の会話が続きにくい。それも知ったことだ。
だが、そんな空気を破ったのは以外な人物だった。
「あ、若菜ちゃん!偶然!」
「若菜、そのイケメンの子、うちのクラスでも話題になってる!お友だちだったの?」
真衣と違うクラスだが仲が良い結愛が来た。
真衣も結愛も美人で、何よりも、結愛は艶やかな唇や大きな胸を持っていて中学生とは思えない色気を放っている。初対面の男子はみんな頬を赤らめる。
「ああ、なんか誘われたから遊んでる」
「えー、なにそれ!ラブラブじゃん!」
「美男美女かぁ~うらやまし~」
二人で勝手に想像してもらうのは構わないが、ラブラブではない。
はしゃいでいる二人の持っているビニール袋には、デザインカッターと画用紙と高そうな水彩絵の具が入っている。おそらく、美術部の二人は自分が使うものを一緒に買っていたのだろう。切り絵と水彩画か。
「じゃ、まだうちら用事あるから行くわ。楽しんでね~」
「バイバーイ!」
二人は手を振って公園を出ていった。それを見送って、ふと修騎を見た。
──ニヤニヤしていた。
「……なにをそんなニヤニヤしてるの」
そう問いかけると、修騎はビクッと肩を動かし、しまったという表情で「ニヤニヤしてた?」と言った。真衣や結愛を見て、何を想像していたのかは知るよしもなかった。
その時、心の中で焦りのような、怒りのような気持ち悪い感情が渦巻いた気がしたが、修騎が「若菜ってどうやって勉強してるの?」と、話を振ってきたので、質問に答えて、話している間に忘れてしまったのだった。
そして、修騎に「どうして血のにおいが分かるの?」と聞くのも、すっかり忘れていた。
忘れなかったことは──
「また、遊ぼうよ。次は誰か誘ってもいいし。」
修騎とまた、遊ぶ約束をすること。
良いよと言ってくれると思っていたら、修騎は私の腕を引っ張り、自分の方に寄せると耳元でこう囁いた。
『次も、その次も、その先も、二人でしょ?』
ドキッ───
心臓が波打つ。鼓動が速い。
凄く苦しいけど、嫌ではない。体感したことのない、おかしい気分。
修騎はじゃあ、と、一言言って、そのまま帰っていった。自転車に乗っていった修騎の顔は、今までで1番、かっこ良かった。
───忘れられないひと時だった。