若菜の決断
10、死神と若菜
ドアを開けたのは、青くて綺麗な髪を肩まで伸ばしているひとりの女の子だった。身体は細くて、フリルの付いたワンピースから白い肌をのぞかせている。俺は華奢でどこか弱々しいその姿に、見覚えがあった。
服は違うのものの、すぐに確信した。
紛れもない。
あの日、倒れていた若菜だったのだ。
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私は、母と父と兄と一緒に暮らしていた。
優しくて理想の女性だった母が1番好きだった。父は社長なので、忙しく、あまり家にいなかったが、休みは必ず一緒に遊んでくれた。
小さかった私には十分すぎる幸せだった。
だけどある時、その幸せは奪いさられる。
殺されたのだ。母も兄も。
────覚せい剤を摂取して、おかしくなってしまった父に。
仕事が上手くいってなかったのか何なのか、薬物に手を出し、家族を殺した父は逮捕された。居場所を無くした私はずっとずっと、歩き続けていた。
そんな三日目の夜、君に出会った。
月明かりに照らされて見えた姿は美しかった。同じ歳にも見えた君は食事もろくに食べてなく、弱っていた私に話しかけてきた。
「どうしてそんなボロボロなの」
「え……」
「だから、どうしたの」
「お母さんとお兄さんが死んじゃって、お父さんもいなくなっちゃって……」
そう言うと、君は私の頭を『よしよし』と言いながら撫でてくれた。
「お父さんに殺されたの?」
「うん、二人とも」
私は何故か微笑んでしまった。対して、君はその綺麗な顔を歪ませた。まるで、私の体験談を共有しているようだった。
「つらく、ないのか」
少し下を向いて、尋ねられた。
「そりゃあ、辛いよ……。家族を一気に二人、いや三人失ったんだから」
それからしばらく、君は何か考えるような仕草をしてふと、こう言った。
「ここから、逃げ出したいか?」
今までの質問の仕方より、気持ちがこもってたような気がした。
質問の意図がよく分からないが、私の気持ちを共有してくれたのが嬉しくて、なんだか、仲間だと勝手に考えて───
「あなたと一緒に逃げれるなら」
そう、答えた。
君はにっこりと笑い、私の手を握った。
その次の瞬間には目の前が真っ黒になった。
そうやって来たのは確か、不気味な部屋だったと思う。
私は、しばらく、気を失っていた。
次目が覚めたのは、いつだったか。
ボロボロだった服装は綺麗なワンピースになっていて、感覚的には身長がすごく伸びていた。
ドアの方に目をやると、コンコンとノックされていた。
(誰だろう……あの子かな……)
少し不安だったが、ドアの方に行く。
身体が大きくなったからか、ずっと何も食べてなかったからか、思うように動けない。
のろのろとドアを開けると、知らない青年が、驚いたような顔で立っていた。
その人の目を見た瞬間、瞬きをしたその先は、月明かりが照るアスファルトだった。
5歳の私は夢を見てたのかなと思った。
もっと夢を見てたいな
と、目を閉じる。
道の真ん中ということも忘れて。
意識がだんだん
飛んでいきそうで………
「おい!大丈夫かい!?」
その時助けてくれたのが少し幼いが、間違いなくあの青年
───瑠衣だったのだ。
「………ん」
「ボロボロじゃんよ……!来て、とりあえずなんか食べさせてもらお!」
「?誰に……?」
「とっておきの場所があるんだ!俺の入ってる組織のアジト!ほら、おんぶするから」
「う、うん」
こうして、5歳の私は殺し屋になった。
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………なんで、思い出してたんだろう。
修騎は、ずっと待ってくれていた。
私は、決意を固める。
誰かはここから出れても、誰かは出れない。出れた人も必ず誰かを失っている。そんなことなら、最初っから答えは1つじゃないのか?
ふたりに、生きて欲しい。
瑠衣も修騎も、生きていて欲しい。
私は???
持っていたショルダーバッグから、重たくて純黒の物体を取り出す。
それを頭に、当てる。
「や、やめ……て………やめて!!」
修騎がこっちに来ようとしたのを『来ないで』と止めた。
「私、考えたの。この隠れ家の構造を。きっと、瑠衣もどこかにいるんだよね。修騎の周りにいる罪を犯した人間が、ここで殺されるんだよね?修騎に」
修騎は喋らない。ただ下を向いている。
「今回私がどっちかを選んでも、瑠衣は死ぬ。修騎が殺したくなくても、あの子が殺す」
私は、いつの間にか出現しているドアを指さした。ドアが開く。そこに居たのは、一つ目の絵が描かれた変なアイマスクを付けたツインテールの女の子がいた。
「あはは、バレちゃった〜こんにちは!私は、ここに来た罪人をバッサバサに殺してます!ダテです!」
「ダテ……!なんでここに……!?」
アイマスク越しに私を睨む彼女。
その後、不気味に、ニヤァと笑った。
「この子が罪人かぁ?かわいい顔して怖いなあ。あれ?でも、さっきもう1人見たなぁ?」
そう言うと、ダテはポケットから、小型のナイフを取り出した。
「やめろ!ダテ!その子は罪人じゃない!殺すな!」
彼女は動きを止めた。だけどそれは修騎に止められたからではない。
「───────え ? 」
「ありがとう。修騎が、大好きでした」
私が自分に向けた銃の引き金を引いたからだ。
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目の前で消えた幼い頃の若菜。
訳が分からない。
そんな時、聞きなれた銃声が聞こえた。
誰か、いるみたいだ。若菜と修騎かもしれない。
その2人のいる所から聞こえたとしたらどうなる?
嫌な予感がする。
銃声は近い。右の方から聞こえた。
俺はドアを開け、銃声の方に走り出した。