PHASE.5 ハリケーン・リス・ベガス
ワイリー・バーロウは獄中での引退を決意した。ヴォルペに命じられて関与した事件についても、積極的に証言していると言う。司法取引も上手くいって、とりあえずワイリーは死刑だけは、免れることが出来そうだ。
「だましだましやってきたが、もう無理だったみたいだ」
ワイリーも内心では薄々、このキャラで殺し屋の限界を感じていたらしい。その理由はまあ、直に対峙した私たちだけが、分かっている。
「なぜだ…この十五年、凄腕の殺し屋やってるのにちっとももてた試しがない。スクワーロウ、おれの何が間違っていたんだ?」
「…きっと、働き過ぎたんだよ」
思わず優しい声が出てしまった。
恐らくは、それ以外に理由は無い。十五年に渡る壮絶な勘違いである。
「終わってみれば、何だかなあと言う事件でしたね…」
「それは、言わないでくれるかな」
クレアはあっさりと言うが、私にとっては、感慨深いことは確かだった。長いしこりが取れたのだ。例えあの男が十五年間、鼻の穴にナッツを詰めて活躍していたとしてもだ。
「仕事を始めたとき、ワイリーと約束したんだ。金は『信念』、銀は『正義』」
『Faith』の金が道を誤まったとき、『Justice』の銀が、それを糺す。『弾丸』に刻んであるFとJの絡んだイニシャルはそう言う意味で、探偵社のロゴにしたのだ。
「相棒は二人で一つだ。今回ばかりは本当に、助かったよ。これに懲りてなければ、これからもよろしく頼むよ」
私は金、『信念』のナッツを、クレアに預けることにした。
「はい。パートナーの件は喜んで。でも、こっちはちょっと…」
彼女は急いで手を引っ込めて銀色のナッツの方を、手に取った。
「だってそっち鼻の穴に入れてたやつですよね…?」
私は銀、『正義』のナッツを彼女に預けた。
「嵐が明けましたね」
私は助手席から、リス・ベガス・ブルーバード通りを望んだ。アリシアの癇癪は、すっかり収まったみたいだ。空から雲が千切れ飛んで、砂漠の街の夏が一気に戻ってきた。路面も乾いて雨など、降らなかったかのようだ。
「スクワーロウさん、今回は嵐に救われましたね」
ハンドルを操るクレアが、微笑みかけた。
「そうだな。嵐と相棒、クレア、君に」
私は同じように微笑みかけると、ぴかぴかに磨き上げた金のナッツを、陽にすかした。
「ついてたな」
この街では、『信念』さえ誤らなければ、幸運の女神が微笑みかけてくれる。『信念』を曇らせなければ、仲間たちが案じてくれる。天候さえ、助けてくれる。
だからこの街で私は、ハードボイルドがやめられないのだ。
まだまだ暑い。
私はダッシュボードに金ぴかのナッツを置いた。
そのときフロントガラスからはたっぷりと、真夏のベガスの黄金色の陽射しが照りつけてきていた。ぴかぴかのナッツはまるで溶けてしまいそうに、まばゆく輝いていた。