PHASE.4 もっとも許せないのは
「十五年ぶりだな、ワイリー」
ワイリーはそこで待っていた。エゾシマリスは、していたサングラスを放り投げ、裏稼業にまみれた昏い瞳でこっちを睨みつけた。
「十五年と二ヶ月、それに八日だ。あんたにも人並みの情があるんだな」
「観念しろ」
ワイリーはコートの前を開いて見せた。瞬く間に弾丸をばら蒔く、テックナインが銃身を切り詰めて二挺、胸のホルスターに突っ込んであった。
「この仕事を使って、おれをはめたな。周到なあんたらしい姑息なやり方だ」
「観念せえっ、殺し屋リス!」
そのときヴェルデたちが手勢を率いて、私の後からフロアをのぼってきた。ワイリーの背後からはクマノビッチと、銃を構えたクレアもだ。
「上手くやったみたいだな、旦那」
「スクワーロウさん早くっ、取り押さえて下さいっ!」
これで奴に逃げ場はない。
私は、前に一歩、踏み出した。ワイリーはサブマシンガンに手をやった。あいつを乱射させはしない。私は銃を棄ててみせた。ここで退いてはハードボイルドが廃る。
「無駄な真似はよすんだ」
ワイリーは応じなかった。黙って、ホルスターのサブマシンガンを外した。弾丸をばら蒔かれると思い、周囲がざわついた。ワイリーは二挺のサブマシンガンを握り締めたまま、言った。
「おれは、あんたを尊敬してたんだぜ。あんたはおれに、光ある道を示してくれた。正しい道へ、導いてくれるものと信じていた。だがあんたは、あんな下らねえ理由でおれを捨て去った」
「違う、お前は間違っている。私はお前に何度も説得を試みたはずだ。ハードボイルドが、してはいけない一線をお前は、越えてしまった。なりふり構わないその度を越したやり方が、お前自身を破滅に追い込んだ。あれは、必然だったんだ」
「ふざけるな。おれのやり方は、立派に通用している。この十五年、この裏社会の仕事でな。あんたは間違っている!」
がしゃりとワイリーは、二挺のマシンガンを棄てた。そして黄金のアーモンドを二粒、マガジンから取りだしてみせた。
「落とし前をつけろ。所詮、この世は黒か白か。あんたの銀とおれの金どちらが生き残るか。決着はそれしかねえんだ」
私は懐から、銀色のナッツを取り出した。そしてその瞬間私は『弾丸』を、捨て去った。かつてこの一発で、誰かのすべてを奪ったことだってある。
「金も銀もないさ。私はすでに第三の道を択んだんだ」
「どういうことだ!?勝負しない気か、スクワーロウ!」
私はコートのポケットから、第三の選択を取り出した。それは素煎りで身体にもいい、特大アーモンドだ。
「生き抜いて反省しろ。お前にもう、間違いは犯させない」
早撃ちだ。
勝負の合図は、次にアリシアの風が止んだ瞬間。
私とワイリーは、距離をとって腰を落とした。
頬袋に私はアーモンドを装填する。
「スクワーロウさん…」
クレアが心配そうに、私を見守る。ただのアーモンドでは、人を殺す『弾丸』には勝てない。そんなことは分かっている。だがそこを通すのがハードボイルドだ。
「相変わらずだな、スクワーロウ。まだその頬袋、使ってるんだな」
「当たり前だ。…お前こそ、あんなに忠告したのに、聞けば今も変わっていないようだな」
「ふふふふふ、当たり前だ」
ワイリーは二発の『弾丸』を、顔に近づけた。
「見るんだ、クレア」
私は、眉をひそめながら言った。
「あれが私が、どうしても奴を許すことの出来なかった理由だ。ハードボイルドが、もっともやってはいけないことだ」
「はあ…?」
クレアは怪訝そうに、私の言葉を待った。
「…奴とコンビを組んだとき、私が頬袋でナッツを撃てるのを奴は羨ましがったんだ。だが、それはすでに私のキャラだった。頬袋キャラは二人も要らない。そこで奴は、ついにやっちまった。頬袋にナッツは入れられないやつはどうしたと思う?」
「分かりません」
私は戦慄しながら答えた。
「まさかだッ…まさかナッツをッ!鼻に!」
「鼻ぁッ!?」
クレアだけじゃない、その場にいる全員が次の瞬間、驚愕した。
奴はナッツを、鼻の穴に詰めたのだ。
やっぱりと思ってたら、二発ともいった。両鼻の穴に。言うまでもなく、ナッツは、ぱっつぱつである。
「行くぜスクワーロウ!」
「ちょっと待った!ちょっと待ったあ!」
立ち会った全員が限界だった。十五年ぶりに見たが、破壊力は健在だ。
「それ反則!…ぷっ!くくくくっ、反則ですう!」
「笑うなッ、どこが反則だあっ!この女ァ、失礼だぞっ!」
失礼もくそもない。この状況下で鼻の穴にナッツを詰める方が、悪いのだ。
「だめやろう!あははははっ、そいつはあかんやつやろうッ!」
ヴェルデは涙を流して喜んでいた。
「ひいッひいいい苦しいッ…はははははッ、こいつは…ふくくくッやばいぜッ」
抱腹絶倒の嵐である。クマノビッチまでもが、のたうち回っていた。大真面目なのは一人だけである。鼻の穴に詰めたまま、奴は怒った。
「だから笑うなってッ!おれ…だって!おれだってなあ!…好きでやってるわけじゃないんだッ!」
やれば抱腹絶倒と言う認識は、まさかの本人にもあったようである。しかしよくぞ、そのキャラで十五年通したものだ。それはそれで尊敬に値する。
「おれのメンタルなめんなよ!?おれはなあ、これで十五年やらしてもらってんだ!昨日今日のナニじゃねえんだよ!?殺す相手がどっかん来て、暗殺に成功したとか、そう言ういいこともあるんだからな!?」
私は、はっきりと聞くことにした。
「ワイリー、お前…もてないだろう?」
「聞こえねえッ!聞こえねえぞッ!」
「クレア、明日からこの男と、相棒になれるか?」
「いや!それは…それは!ちょっといくらなんでも」
言葉にならないほど爆笑していたクレアは涙をぬぐうと、ワイリーの前へ行き、ぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい!」
「ええええっ!?ちょっと初対面!?」
「ああはい。初対面で申し訳ないですけど、どっちかって言われたら、無理。絶対無理です…」
そこでワイリーは崩れ落ちた。
「おれの敗けだッ!おれのもおメンタル限界ッ!このキャラもう無理だよお!」
「…早く気づけよ」
かくしてダド・フレンジーが乗り込んできて、ワイリー・バーロウは逮捕された。