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PHASE.3 独りじゃない喜び

はっきりと言おう。私はまだ、あの男を許せない。

薄汚れた、あの金の『弾丸』を今でもあいつが使っている限り。私がこのリス・ベガスでハードボイルドとして生きる限り。


ブラインドサッシの向こうで、アリシアが猛威を奮い続けている。夜通し吹き荒れたハリケーンは、あちこちに被害をもたらしたらしい。空が白んでくる頃も、まだ外でサイレンが鳴り続けている。西の空がほのかに明るくなったが、雨と風は一向に衰えなかった。

『…フィルか』

ついにワイリー・バーロウ本人から着信があったのは、そのときだった。

「友人が、贈り物を届けてくれたみたいだな」

『驚いたよ。慎重なあんたがまさかクマノビッチみたいな大物に、手を出すとは思わなかった』

ワイリーの声は乾いていた。どうやら私の作戦は、功を奏したようだ。クマノビッチに打ってもらった一芝居が効いたのだ。

「おれにこの銀の銃弾をぶちこんだ人間を、殺せ。今すぐにだ。報酬は割増を出す。こいつは、スペシャル・オーダーだと思え。他の仕事を優先しやがったら、おれがお前をぶっ殺す」

つまり、私を優先して狙え、と圧力をかけてもらったのである。果たしてワイリーは罠にかかった。

『変わってないな。実にあんたらしい。小癪なやり方って奴だ』

「忘れたか。マフィアの仕事の後始末をやらされてたお前を救ってやったのも、その小癪なやり方のお陰だったってことを」

電話口の向こうが、鎮まった。爆風のどよめきが聞こえる。

『おれを救ったつもりなんだろうな。だが、おれをまた、この闇社会に突き落としたのも、お前だったってことを忘れるな?』

「潮時だよ、ワイリー。もう、潮時なんだ。お前の仕事はもう、ずっと前に辞め時だったってことを、私は随分前に話したはずだ」

『…まさかあんたに、別れを告げることになろうとは、思わなかった。おれもクマノビッチに殺されたくない。悲惨な最期だったな。…おれを、見棄てるからだ』

ワイリーはその言葉を最後に、電話を切った。もはや何もかも、手遅れだ。


朝早く客が来た。オフィスの前に、見慣れたリムジンが停まっていた。

「乗れ」

中で待っていたのは、ヴェルデ・タッソだ。

「クマノビッチたちから話聞いたで。おのれ、死ぬ気やろ。自分に標的(マト)替えさせてどないすんねや」

ヴェルデは太鼓腹(たいこばら)を引っ叩いた。

「わしが、命張ったる。昔の相棒(ツレ)やろ。しっかり止めんかい。生かして捕まえて、服役(おつとめ)行かせえ」

「親分…」

私は言葉もなかった。

「それが探偵の仕事やろ。それともおのれは、殺し屋なんか?」

私は小さく首を振った。まさか狸にこんなことを言われようとは。

「お前が服役(おつとめ)行ったら、誰がこの街を守るんや。殺したらあかん。その男がかつて、あんたにどんなえげつないことしでかしたとしてもや。なあ、それがほんまもんのハードボイルドってものやないか」

人情が身に沁みた。やはり殺したくない。ちょっと浪花節だが、親分の言うことに頷かざるを得なかった。

「ありがとう、親分」

「やめんかい、水臭い」

たっぷりとしたあごをひねって、ヴェルデは微笑んだ。気づくのが遅すぎたがいつの間にか私は、この街で独りで生きているのではなくなっていたのかも知れない。

「待って…待って下さい!」

そのときだ。息せき切って、クレアが出てきた。銃をホルスターに挿していた。ヴェルデはパワーウィンドウを下げさせた。

「行ってらっしゃい、スクワーロウさん。わたしもすぐに駆けつけます。ダド警部たちを連れて!」

殺すしかない。死ぬしかない。そう思っていた。だが頑なになり、私は忘れていたのだ。拒まれても私の身を案じ、助けてくれようとする人たちの存在を。

「安心せえ。その前は、わしらが逃がさんようにしといたる」

「絶対に逮捕しましょうね。わたしたちで!」

クレアは私の手を握ると、真っ直ぐにこちらを見つめてきた。彼女だけは関わらせまい、と思っていたが、クレアの信念の方がよほどしっかりしている。

「負けたよ」

私はついに言った。これこそ、やれやれってやつだ。

「行くで」

ヴェルデは肩をそびやかした。

「十時や。場所は、クマノビッチが仕組んでくれてある」


一時間後、ヴェルデは部下を集めて、ブルテリアホテル跡の廃虚街へ向かった。ここはリス・ベガス屈指のカジノホテルの跡だ。四十八億ドルを賭けたと言う夢の跡は、金融ショック以降の不況で融資が(とどこお)り、ホテルが瞬間爆弾によって廃虚になった後は、手つかずのままの廃ビルが残っている。

嵐がまだまだ勢いを増す中、ヴェルデはここに偽の取引に現われた。ショッピングモール跡のビル街は遮蔽物(しゃへいぶつ)が多く、暗殺者が近づきやすい場所だ。ヴェルデは身辺に、二人しか連れていない。取引相手は、現われないことになっている。私は、ワイリーの登場を待った。

「暑いのう」

ヴェルデが、誰にともなく言った時だ。風切り音とともに、私の頬を鋭い射線が(かす)め、コンクリートの壁に穴が開いた。

ぴかぴかの純金のアーモンドが、壁に刺さっている。

「ワイリー!」

私は後ろを振り返った。そこに、黒いコートともふもふの尻尾を翻して、ワイリーが振り返るところだった。

「標的は、あんたが優先だったはずだ」

「待て!」

発砲する間もなかった。私はワイリーの後姿を追って階段を上がり、雨風吹き込む駐車場跡に出た。


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