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PHASE.2 ハードボイルドな戸惑い

雨はさらに、激しくなっていった。大風に横殴りの雨だ。狙撃手には、最悪のコンディションである。ダド・フレンジーはすでに、リス・ベガス中のホテルをあたっている。奴にしても私にしても、時間との勝負に持ち込まなくては。

(この嵐が去る前に、奴を仕留める)

トロピカーナで唯一やっているナッツの屋台を見つけ、私は()り立てを買った。頬袋の弾丸を吐き出すと、私はさくさくのナッツを噛み砕きながら考える。さてと、奴を(あぶ)り出すのに渡るのはもう一回、危ない橋だ。

車の中で濡れたコートのポケットの携帯電話(セル)をまさぐると、クレアから着信があった。

『何度も電話したんですよ!?』

嵐と人だかりの気配がする。私の跡を追っているのかも知れない。

「クレア、十九時だ。事務所を畳んで家に帰れ」

『とっくに閉めました。スクワーロウさん、今どこにいるんですか!?』

「明日は休みでいい。古い友人と久しぶりで飲んだので、長い話になりそうだ。君も疲れたろう。ゆっくり休むんだ」

クレアはそれに何も応えなかった。向こうにも、私のいる場所が酒場でないことくらいは分かっているのかも知れない。

『ひとりで殺し屋と戦う気ですか?…元・相棒の』

クレアは、いきなり核心を尋ねてきた。ダド・フレンジーから、話を聞いたのかも知れない。

『今の相棒は、わたしです。どうしてわたしを、頼ってくれないんですかッ…!?』

私は言葉を喪った。感情を吐き出したクレアの緊迫した息遣いが、電話越しにも聴こえて来たからだ。

「それがハードボイルドだからだ」

ここだ。私はついに、あの台詞を使った。

「『タフじゃなければ、生きていくことなんて出来はしない。優しくなければ、生きている資格がない』。…ジンクスを守るのは、私だけで十分だ」

決まった。これ以上ないくらいのハードボイルドだった。

『あのっ…ちょっとすいません…雨とっ、風がっ(ノイズ)』

まだ何かクレアが話していたが、私はそのタイミングで電話を切った。嵐が去るまで、あと二十時間。命を懸けるような仕事に、相棒はいらない。地獄へ道連れになる。私は心の中でクレアに詫び、電源を切った。次の手を打つまでに、しばしの仮眠だ。


F&Jの『弾丸』を使うのは、久しぶりだ。私は銀、奴は金。FとJの絡んだロゴのイニシャルは同じ。奴が始めた便利屋まがいの探偵業に私がその足を踏み入れたその時、それはそれぞれの主張と誇りの象徴だった。だが気高いはずの『金』は、今や血に(まみ)れた。決着をつけるのは、私の『銀』しかない。来たるべきときが来たのだ。

「旦那、あんたも中々凄腕だったんだな」

クマノビッチは射撃場に呼び出されたことを、奇異に思ったに違いない。私が銀の弾丸で標的を撃ち抜くのを、紙袋いっぱいのナッツを噛みながらしばらくじっとうかがっていた。

「だがおれの記憶が確かなら、あんたは殺し屋じゃねえ、探偵だ。…一体どこで、そんな技術を身につけたんだい?」

「しがない探偵の私だって、危ない橋を渡ってたんだ。そう言う時期もあったのさ」

私は頬袋の中のナッツを、噴射した。銃弾並みの威力を誇るそれは、その気になれば銃を持った相手を楽々と射殺できた。

「あんた、確か元・警官だったよな?」

「昔はな。…だが誓って、殺し屋だったことはない」

クマノビッチは私の言ったことを噛み砕こうとするように、しばらく黙っていた。

「そうかい。ところでおれは、あんたは平和主義者だと思ってた。だが、場合によっては戦争も出来るってことを知った。人だって殺せる腕を持っている。必要なら人も殺すつもりでいる。その認識でいいんだよな?」

「どうとってもらおうと構わないが」

そのとき私のナッツは、標的の心臓をぶち抜いた。

「私はやるべきだったことを、今、済ませたいだけだ」

「なるほど」

クマノビッチは、枯れた声で笑った。

「旦那、おれはあんたが好きだ。もし刑務所に入るようなことがあったとして、あんたさえ良ければ、仕事を斡旋したいと思っている。そのときは、保釈金も出してやる。心配することはねえ」

「涙が出るね。だがもしそうなったとして、あんたに今回以上の便宜を図ってもらうつもりはないから、安心してくれ」

「そうかい。…まあ、それでこそ旦那だ。おれも本当は、あんたとの関係を変えたくないところだからな。だから忠告してやる。今のあんたは危険だ。おれたちの側に足を踏み込もうとしているってことだけは、忘れちゃいけねえ。なあ、そのワイリーって腰抜け野郎は、あんたに何をしたんだ?…せめて、それだけは教えちゃくれねえか?」

「奴がやったのは私たち、ハードボイルドが絶対やってはいけないことだ」

「ほう」

クマノビッチは、袋に残ったナッツを頬張りながら、言った。

「分からねえ話じゃねえ。おれたちマフィアにも掟はあるからな。だがそいつは、相棒をうっちゃって、命を懸けてまで、守るべきものなのかい?」

「答えはイエスだ。他の人間は知らないが、少なくとも、私には命を懸けるに値する」

「それだけそいつを、許せねえんだな?」

私は、頷いた。私の中ですでに明白に答えは決している。

クマノビッチはどこか、諦めたように言った。

「あんたに頼まれた手筈は、つけてやる。後は狸の親分と、よく話をするんだな」


真夜中、事務所に戻るとクレアがひとり、仕事をして待っていた。

「休暇はどうした?」

私が尋ねるとクレアは、拳銃をデスクに置いて笑った。

「今の事務所の状況で一日でもお休みできると、思ってますか?」

「最後に私が言ったこと、聞いてなかったか?」

クレアはキーボードを叩きながら、首を傾げた。

「ああ、嵐がひどすぎて、さっぱり。なので残りの話は警察に言って聞きました」

あんなイイ台詞を。映画と違ってリテイクがきかないのが、人生か。やれやれだ。私が念のために聞くと、クレアはワイリーのプロフィールを、すらすらと話した。ダド・フレンジーから聞き出して自分で調べ上げたらしい。それ以上は私には、何も言わなかった。

「夕食はもう、済ませたのかな?」

「これからです」

中華のテイクアウトが、応接室の机の上に乗っていた。

「スクワーロウさんの分も買ってきてありますよ」

クレアが買ってきた中華料理が、実は今日、ナッツ以外で私が初めて口にしたものだった。ささやかな夕食の間、私はじっと窓の外の雨がやまないことを願っていた。食事が終わる頃、クレアはウイスキーの水割りを作ってきた。今夜はそのまま、私を出掛けさせない気らしい。

「絶対に逮捕しましょう、スクワーロウさん。わたしも協力します。フレンジーさんには、話をつけてあります」

「ありがとうクレア。だが、警察と一緒じゃ奴をおびきだせないんだ」

「スクワーロウさん…相手は殺し屋なんですよ?それじゃ死んじゃいます」

「そのときはそのときじゃないか。このまま逃げられるよりは、はるかにましだ」

「危険です」

「危険を冒さなきゃ、チャンスは得られない。仕事とはそう言うものだ」

私は水割りを飲み干した。新しい氷を入れて、今度はロックでそそぐ。

「この嵐だ。やつもどこかの屋上からずどん、で仕事を終わらせることは出来ない。リスは鼠と一緒、罠にかける手段は同じだ。仕掛け網の開いている口から罠の方へ、誘ってしかない。それまで誰も邪魔をしてはいけない」

「仕掛けてこない可能性だって、ありますよ?プロなら、嵐が去ってコンディションが整うまで待つかも」

「そうはさせない。もうすでに、手は打ってある。そして乗って来ないような相手じゃない」

私は頬袋から、銀の銃弾を取り出した。今頃これと同じものが、クマノビッチから、奴の手に渡っているはずだ。尻に火のついたリスが、明日どう動くか。見物だ。

「その人、スクワーロウさんに何をしたんですか?」

「私にしたわけじゃない。あの男は、ハードボイルドを冒涜(ぼうとく)したんだ。これは私がハードボイルド・リスである限り、許せないことなんだ」

「スクワーロウさん」

クレアはそのとき、私の言葉を遮って言った。

「一つだけお願いです。わたしを一人にしないでくださいね…?」

私は微笑むことしか出来なかった。

「大丈夫。もし万が一のことがあっても君は、十分一人ではやっていけるさ。この探偵と言う仕事、リスには向いていないと言ったが、女性に向いていないと言った覚えはないからね」

「やめてくださいよ。こんなときくらい、真面目に答えて下さい」

クレアは目に涙をためたまま、ウイスキーを頬袋に含んだ。

「私のことは大丈夫だと言ったろう。もう寝るんだ。ダド・フレンジーへは君に連絡役を務めてもらわなきゃならないからね」

私は自室で寝る準備をすると、部屋の電気を消した。

「おやすみ。また、明日だ」


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