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PHASE.1 帰ってきた宿敵

リス・ベガスは、今まさに夏の嵐だ。気温三十九度、湿度九十九パーセント。気圧は九○○ヘクトパスカルを下回り、先月殺された高級娼婦と同じアリシアがハリケーンの名前につけられた。

娯楽の街もドラム式ランドリーの中に放り込まれたみたいだ。砂漠の空には雷光が(ほとばし)り、誰かが棄てたゴシップ紙が横殴りの雨にもてあそばれて、はためいていた。事務所はそんな天候にも関係なく、今日も不動の閑古鳥(かんこどり)だが。

来たるべき報せを私は、自室で受け取った。窓の外は縦横無尽に雨が叩きつけ、車一台通りかからなかったが電話の向こうでは、大盛況のようだった。市警のダド・フレンジーはこの雨の中でも、現場にいるらしい。ここじゃ人っ子ひとり通っていないが、悲鳴やサイレンや馬鹿騒ぎで宴もたけなわだった。


リス・ベガス・ブルーバード北通り、シボレーが横転してカジノホテルの玄関に突っ込んだ。当初はパンク事故かと思われたが、運転手が射殺されている。使われた弾丸は、たったの一発。それで走行中の運転手の頭をぶち抜けるのは、間違いなく凄腕だ。


『プロと言えば、あんたの知恵を借りなきゃあなるまいよ』

「話は分かったが、私は公務員とは違う。こんな日に出張は、割増をもらわなきゃな」

大風がうなりをあげて、ダド・フレンジーの頭上を吹き抜けている。看板でも倒れたのか、大きな音がした。

『おれに感謝したくなるぜ。割増の話はそれからにしないか』

「ギャラの話をしてるんじゃない。この雨の中、出て行く価値があるかって話だ」

ダド・フレンジーが小出しにした情報が、私の顔色を変えさせた。

「それは本当の話か?…ああ、分かった。すぐに確かめに行くとも。十分、いや、五分で出る。…ちゃんと待っていてくれよ」

私は急いで電話を切った。愛用のコートに帽子を被り、保管庫から特製のナッツを取りだす。

「こいつを使う日が、来るとはな…」

そのナッツは、いつもの食用じゃない。銀のジャケットで被覆(ひふく)した、特殊性の弾丸だ。そこに刻まれたFとJのイニシャルを私は撫でた。

オフィスを通った時、私はクレアに告げた。

「クレア、出てくる。時間が来たら、電気を消してあがっていい」

「仕事ですか?」

「いや、私用だ。個人的なことだから、君は帰っていい」

「大丈夫ですか、スクワーロウさん」

私は思わず、言葉に詰まった。女性と言うものは鋭い。クレアも巧まずして、核心を突いてくる。

「何がかな?」

「いえ、その…気になったんです。いつもと違うので。スクワーロウさん、なんて言うか、いつもよりハードボイルドだから…」

「私はいつも、ハードボイルドだ」

内心動揺を抑えながら、私は答えた。

「そうなんです。そうなんですけど、なんて言うか今日は、いつもと、ハードボイルドが違うって言うか…」

「大丈夫さ」

私は微笑んだ。

「古い友人に会って来る。クレア、元気で。また明日」

下手に巻き込むわけにはいかない。付き合いは短いが、彼女もまた、私の大切なパートナーなのだ。


「よう、早かったな」

ダド・フレンジーは、現場で待っていた。降り続く雨が、野次馬で取り巻く紳士淑女を濡らしている。シャンパンゴールドのシボレー・カマロは、浜に打ち上げられたシャチのようにロビーでごろ寝していた。遺体はそこから、運び出されたらしい。運転席のシートに花が咲いたみたいな血痕があったのが、外からでも確認出来た。

「さあ、お目当ての品だ」

しのつく雨に奥目をしょぼつかせながら、ダド・フレンジーは保管パックに入ったそいつを私に手渡した。

「お探しの品か?」

私は、厳重に保管された弾丸を(あらた)めた。純金にジャケットされたアーモンド型の『弾丸』。そしてFとJの噛み合ったイニシャル。奴以外に有り得ない。私は思わず、頬袋を震わせた。

「間違いない。このまま持って帰りたいくらいさ」

「残念だが、そいつは証拠だ。後で写真をくれてやる」

ちらりとダドは、レインコートから鑑識写真をのぞかせた。

「こいつは、ヴェルデのところの若いもんだろう?どうして殺された?」

「まずは、挨拶代りってとこだろう」

そう言う、持って回ったところは変わっていない。標的がヴェルデなら、その影は段々と姿を現してくるだろう。

「私もリストに入っていればいいがな」

「スクワーロウ、お前…死ぬ気か?」

ダドが思わず愕然として、私の顔色を見た。私の顔面は、蒼白になっていただろう。このもふもふの毛がなかったらの話だが。

「まさか。奴に、確実に会いたいだけだ」

自分で言ってて、声が強張っているのが分かった。

「昔の、相棒だったんだろう?」

ダドは、恐る恐ると言った口調で核心に触れた。私は思わずため息をついた。

確かに私の責任かも知れない。あの男が私の相棒と言う立場を蹴っただけでなく、探偵業から足を洗い、闇の仕事に落ちたのは。

「それこそ昔のことだ。今は違う。宿敵だ。いつかは、敵として会わなくてはならなかった。あいつだけは、許しておくわけにはいかない」


「ワイリー・バーロウ、フリーランスの殺し屋。エゾシマリス、リス・ベガス出身。過去十五年において三十二件のマフィアがらみの殺人事件や抗争事件で訴追、少なくとも、五十五人の殺害に関与…やと?」

ヴェルデ・タッソは肉球に挟んだファイルを、デスクに投げ出した。

「この男が今、あんたを狙ってる。ご感想は?」

私はダドがくれた資料写真をそこに残らず投げ出すと、単刀直入に尋ねた。

「えっ、ええ加減にせえや!わし、この頃ぱっとせえへんのやぞ!?」

「自分で言うか」

「言うわ!わしが何をしたって言うんや!?」

狸はまったく理不尽だと言う風に、目を剥いた。

「この辺一帯のカジノマフィアの親玉だろ?」

「せやけどお前、この頃は堅気の商売に精を出してこつこつやってんねや。インスタとかツイッターとかフォトジェニックなショット出してな、いいね稼いでばんばんフォロワーついてんねんで」

「暗殺者には、一番美味しい相手だ。自分で予定を知らせてくれるんだからな」

私は自分のスマホで、ニュースを見せてやった。狸はほとんど関心を払ってなかったらしいが今月初めから、リス・ベガスで再逮捕された金融犯罪者マイケル・ジャッジスの裁判が始まっている。被告本人の冒頭陳述が来週からだ。復讐するなら、今のタイミングしかないと、ヴォルペ・ロッソの立場からすれば考えて当然だろう。

「SNSやってるんだったら、トレンドくらい見ろ」

「見るかいっ!縁起悪いやないかいッ!」

ヴェルデは葉巻を取り上げると、自棄気味に火で(あぶ)って煙をぶかぶか吐いた。

「それにしても自分、いつになく男前やないかい。…ああ、なんて言うか、どっか違うで?そのーいつものなんやあ、かったるそうな、ほれ、やれやれー…みたいな感じと」

「私はいつでもハードボイルドだ」

「だから自分、それハードボイルド違いやで?」

ヴェルデは奥深いソファにどっかりと倒れ込むと、近眼のやつがやるように目を細めて私の顔を(にら)みつけた。

「まさか何かあんのかい?この男と」

私はため息をつくと、きっぱりと言った。

「その男は、私の昔の相棒だ。私が一度、裏社会から足を洗わせた」

「せやったらお前、何とかせえや。昔の相棒(ツレ)やったら連絡先くらい…」

言いかけてヴェルデが、顔色を変えたのが分かった。私の剣幕が尋常ではないことに、気づいたからだ。

「こいつの、始末をつけるのは私だ。親分にも協力してほしい」

「スクワーロウ、お前…始末するってそれは…?」

「言葉通りの意味だ」

私は、断固として言った。

「私は奴を許すことが出来ない。奴はかつて、私の前でやってはいけないことをやってしまった」


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