Il nero vento(黒き風は黒き竜の少女と共に吹く)
お気づきだろうが、ドレスが使ったのは一旦人間の姿に戻り姿をくらましたように錯覚させやり過ごした後再び竜へと返信したのだ。これは人間の姿と竜の姿の両方をとることが出来るドラクラットならではの戦法であろう、ジャンが見たのは目の錯覚でも幻覚でもなく紛れもなく人間の状態に戻っていたドレスだったのだ。
ドレスはそのまま二番機の後部座席を噛み潰して食いちぎると止めを刺そうとしたのだが、ここで一番機が決死の牽制を行ってきたためにやむを得ず身を翻して離れた。だが、二番機の損傷は激しく後部座席のあった場所には酷く抉られた跡があるばかりで、そこに座っていたはずのホフマン伍長の姿は無く代わりに地に濡れた内装が見えるだけだった。おまけにこれで機体の損傷具合が激しくなったために二番機はその部分からねじ切れると前後真っ二つに裂けて墜落していった。
「タッカー曹長!脱出するんだー!」
ヒューの叫びが通じたのか、二十秒後キャノピーが飛ぶとそこからタッカー曹長が機外へと脱出、白いパラシュートが開いたのを確認し彼はホッと胸を撫でおろした。だが、後部座席にいたホフマン伍長は助からなかった。まだ四度目の出撃だというのに、もう一機と一人の乗員を失ってしまったことの不甲斐なさに自責の念に駆られるヒュー、だがそんな感傷に浸っていられるような余裕をドレスは与えはしない。
ドレスはあらかじめ一番機の航路を予測し回り込むと、口を半開きにし口から思い切り炎を噴いた。風に負けぬよう勢いよく噴き出された炎は、広範囲に広がり避ける余地を失わせる。それについ反応が遅れてしまったヒューは、急いで機を切り返して避けようとするもあまりに広く炎が広がったために躱しきれず炎の中に突っ込んでしまった。
撃墜されてしまったのだろうか、否、すぐに炎を突き破ってオーバーハリケーンは姿を再び現して飛行していた。だが、無事では済まなかったらしい。機体の各所が炎を浴びて焦げ、まだ炎がくすぶっているところがある。あちこちを煤に塗れされながらも急降下をして消火を試みるヒュー、運よく炎はそうかからずに鎮火できたが機体のダメージは予想以上に大きかったようで、エンジンから白い煙を吹き始めたのをヒューは確認する。
「クソ、油圧が保てない……」
出力が落ちているだけでなく右翼の舵がうまく効かないことが判明した。もう機体は先ほどのようにドッグファイトをすることはできないようで、消火のために高度を落とした結果出力の低下によって高度を戻すことが困難だと判断したヒューは、三番機に帰投を指示するとおぼつかない飛行を保ちながら二機のオーバーハリケーンは基地へと帰投していった。
なんとかオーバーハリケーンを退けることに成功したドレスは、小さくなっていく彼らに背を向けるとエリアのほうへと戻っていく。目を離してしまったが大丈夫であっただろうか、彼が急いで羽ばたいて戻ったが、エリアは十九番機を尾で叩き落とすとそのまま前足で一番機の機首を握りつぶし撃墜したところであった。
(大したもんだな……)
同時に二機を落としたエリアは、墜ちていく爆撃機を見向きもせずただその場でゆったりと羽ばたき続けていた。その眼はどこか青空の向こうを眺めており、何を思っているのかは本人にすらわかりえぬことであった。果たして、今の彼女は、いや先ほどまでの殺戮を繰り返していた彼女はいつもの彼女であったのだろうか。変身前の様子から察するに、怒りに飲まれ無意識の内に彼女はやってのけたという可能性も大いに否めず、もしそうであったのならば、自分がしたことを知った時彼女の心はどれだけの傷を負うのだろうか。
そう思うと、素直には彼女の覚醒を喜びきれない自分がいることに彼は気づいていた。それに、エマーヘルの安否が確かでないことも気がかりである。恐らくライマが様子を見に行っているとは思われるが念のために自分も言っておいた方がいいだろう。ドレスはエリアに一緒に来るようにテレパシーを送ったのだが、彼女からの返答はない。
(エリア……エリア……)
良くない気配がする。ドレスはその直感に従い、エリアを捕まえようとそちらの方へと羽ばたこうとした直後、エリアは甲高い鳴き声を上げるととてつもない速さであらぬ方向へと飛び始めたのだ。
(マズイ、意思がまだ目覚めてないのかっ!)
現在エリアはドラクラットとしての理性を失ったまま今まで内側に抑え込まれていた野生の本能によって翼を羽ばたかせているのだ。これではエリアを見失いかねない。幸いエリアはまだ飛行には慣れていないはず、それを利用して上から抑え込みにかかればいいだろう。
そう考えていたドレスは自分の認識の甘さを実感することとなる。エリアの飛び方はまるで素人ではなく熟練のドラクラットのそれであった。風にうまく乗りつつも必要最小限の羽ばたきに抑え尚且つ高速で飛行している。東に向かって風に乗るエリアは女性である分体が軽いためドレスをぐんぐん引き離していくではない。それに、ドレスは体が他のドラクラットと比べても重いため高速飛行があまり得意ではない。
(待て……待つんだエリア!お前ひとりにしてはっ……待ってくれ!)
彼のそんな思いも空しく、エリアは雲の中へと消えてしまい、それからしばらく周辺の捜索を続けたが、ついぞ見つかることはなく、ドレスは失意の中バシュターンへと戻っていった。
それからのことである。
町の外れに墜落したエマーヘルは怪我を負ってはいたものの翼膜の破れと墜落時の腕と足の骨折だけで済んでおり命に別状はなかった。だが翼膜を怪我してしまった以上、怪我が治るまで人間の姿に戻ることはできないため彼はそれからしばらくの間竜の状態で過ごすことを余儀なくされた。
ドレスからエリアが姿をくらましてしまったことを聞かされた二人は絶句し酷く気を落としていたが、ライマの占いによって彼女はまだ生きているという結果ともう一度出会えるという結果が出たことで少しは元気を取り戻していた。
バシュターンはほぼ壊滅状態に陥り多くの人々がこの地から去ってしまったが、また同様に多くの人々が再建のために集まり始めた。幸運にもサビーナたちは怪我もなく生き残っており彼女たちもまた街の再建に力を貸すそうで、ドレスとライマは彼らに別れを告げるとその場を後にした。こうなってしまった以上、再建を少しは手伝おうと買って出たのだが、サビーナがそれよりも先にエリアを探すべきだと申し出を断ったため、その厚意に甘んじたが、彼らはエマーヘルの怪我が治るまでは出発できないため、その旨を伝え一月ほど彼らは街の再建にドラクラットの力を用いて貢献した。人の数倍働ける彼らは瓦礫の撤去や新たな資材の搬入などに大いに役立ち、町の人たちから感謝されつつ去った。
「エリアは恐らく更に東に向かっただろう、多分な」
「一人で寂しがってないといいですが」
とぎれとぎれだが、ライマはエリアから彼女には血のつながらない兄弟がたくさんおり賑やかな家庭で育ったことを聞かされていたため、もう一月ももしかすると一人でいるのではないだろうかという心配で胸がいっぱいであった彼女をエマーヘルが励ます。
「あの子は強い、それに選ばれしものだ、先祖たちの翼がエリアに良い風を送ってくれているはずさ」
「だと、よいのですけれど……」
こうして、ライマたちはエリアを追って一路東へと向かった。エリアと彼女たちを待ち受ける運命は一体いかなるものであろうか、そして、ドラクラット達に迫るゲイツの思惑は。物語は未だ終わりは見えない……
第一章 完
次回より第二章が始まります。




