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Schwarz Drache ~黒き竜の少女と果て無き旅の果てに~  作者: 戦艦ちくわぶ
Ⅰ La ragazza nera(黒き竜の乙女)
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Likva fajro(奇妙な火)

 これが、エマーヘルや他の一般的なドラクラットであれば、ヒューの放った一斉射をもろに浴びてしまいさしもの竜状態でも体を貫き引き裂かれて地上に降り注ぐこととなっていただろう。だが、彼が狙ったのはよりにもよって身体能力の特別優れたドレスであった。

 彼は自分に向けられている殺気をいち早く察知し回避行動を反射でとっていた。人間であるヒューにはわからなくて当然のことだったが、ドラクラットの視界は人間のそれを遥かに上回るため、一見ヒューの視点からは彼の機が迫っているのをドレスは死角のために気づいていないと思ったかもしれないが、彼の背中側から自分に銃口を向けて迫るオーバーハリケーンの姿は丸見えだったのだ。

 そのためドレスは大きく悠々と体を錐揉み回転させながら機銃を躱すと、紙一重のところでオーバーハリケーンとすれ違った。

「あっ……」

 ヒューとジャンは上を見上げる。時間にして0.1秒にも満たない刹那に過ぎなかったが、本当にスローモーションのように時間が流れているようだった。二人の目は、大きな赤い竜の左目とばっちり合う。それはまるで、故郷で見た水揚げされた巨大な鯨の目を思い起こさせるほどに大きく、そして不気味なものであった。あんな巨大な目玉があるのか、と。

 交差が終わった直後に叫び声を上げるジャン。その陰で実はヒューも叫びたかったのだが、驚きと恐怖によって息が肺から出る際に声を忘れていってしまい息を吐いたような小さな音が彼の喉元辺りから聞こえたが、エンジンの爆音で聞こえはしなかった。

「なんてでかさだよ!」

 間近で見ると、その大きさに驚かされる。

「准尉は実際に見たのでは!」

「俺はコパイだったから機首にいたんだ!脱出してから遠巻きに見ただけなんだよ!」

 あの時実際に間近で見ていた機銃手たちは皆遭遇後攻撃によって直接的に死んでしまっていた。ヒューは高鳴る心臓を落ち着かせるように深く呼吸をしつつフラップを動かして機体に負担をかけすぎないように旋回しつつドレスの居場所を探る。ドレスはヒュー達とすれ違った後そのまま残りの数も少ない爆撃機に頭から尾翼に突っ込んで破壊していた。尾翼付近を粉砕されたクレイン爆撃機は時計回りに回転しながら落ちていくが、二人ほど機銃手と思われる搭乗員が吸い出されていった他は、脱出する様子は見えない。恐らく遠心力で機体に押し付けられて身動きが取れないのだろう。ああなれば最早誰一人として脱出はできまい。ヒューは唇を噛み締めながらフラップを元に戻しつつ再攻撃の時を見計らうように周囲を飛ぶ。

 ここでヒューは一瞬だけ燃料計に眼をやった。

「大丈夫、まだ行ける」

 この言葉は真意である、無理をしているわけではない。大型機であり長距離飛行を前提としている分オーバーハリケーンの燃料タンクは小型の戦闘機と比べると要領が大きく、また機体の大きさにも余裕があるためエンジンにはより出力を抑えつつ燃料消費を抑えた節約飛行をすることのできる機構が積んであるのだ。これでもまだ全開の戦闘飛行を行ってもあと十五分は問題なく飛んでいられるし、それを少しくらいオーバーしても節約飛行状態にすることで十分に帰る余力を残すことが出来る。

 一方エリアは、残り三機となった爆撃機隊に対して攻撃の手を緩めることなく容赦ない追撃を加えていた。そしてまた一機、彼女の攻撃によって左翼を半分破壊されバランスを失ったクレインが傾きながら徐々に戦列から脱落していく。このまま飛行すれば、あの機は恐らくかつて黒海のあったあたりへと墜落するだろう。例え搭乗員は助かってもその後生き残れはしまい。

 残り二機となったヴァルキュリヤ隊に、赤と黒の眼を光らせながらやはりエリアは本能のまま飛び掛かる。

 飛行機よりも自由に飛び、機銃弾すら跳ね返す謎の金属でできた鎧を纏うドラゴンたちに完全に戦意を失った搭乗員たちは必死に祈るが、怒りに我を忘れたエリアが彼らに慈悲をかけるはずもなかった。

 航続距離を優先するためと、百パーセント飛行機に襲われることがないという今までの経験から機銃弾をあまり積んでこなかったために防御機銃の弾も尽きてしまい完全に対抗手段を失った爆撃機隊に出来ることはただひたすらに逃げること。だが足の遅い爆撃機はこの高度では本気を出して羽ばたいて来るドラゴンから逃れられる術はない。高度を上げられさえすればこっちのものであったが、上昇をかけようとすればどちらかのドラゴンが必ず先回りして頭を抑えようとしてくるため上昇が出来ずにいたのだ。おまけにエンジンが不調と来てる。

 生き残った一番機と十九番機は応援を頼むが、自分たちの機とドラゴンの距離が近いために駆け付けたオーバーハリケーン隊は迂闊に援護できずに彼らの上方を様子を窺いヤキモキしながら並走するばかりであった。ドラゴンのほうもそれがわかっているらしくなかなか残りの二機を攻撃しないため原始的に見えて結構賢しいらしい。ドラゴンを攻撃する最大のチャンスは恐らく爆撃機隊が全滅し味方機に損害を与える可能性の低いときというなんとも皮肉な状況が彼らを取り巻いていた。だがそれでは戦闘機隊の名が廃る。 

 ヒューは編隊を組み直すと部下に攻撃の指示を出す。

「行くぞ!」 

 機を翻し、三機のオーバーハリケーンが横並びでドレスに迫った。流石に三機の一斉射撃を受ければ回避も間に合わないだろう。だが、それをドレスは思いもよらぬ方法で巧みに避けて見せたのだ。

(三つ……仕方ない)

 彼としてはあまり使いたくはない方法であった、攻撃を回避するには良い方法でもあったが同時にリスクが大きいことを承知していたためだ。オーバーハリケーンが機首を翻し一斉に彼の方を向いた二秒後、突如としてヒュー達の視界から赤いドラゴンが消えたのだ。

「なっ!!」

 目を疑った。あんな大きなものが雲も少ないこの空域で姿を一瞬で隠せるわけがない。クレインの影に隠れられるわけもないし、まさか瞬間移動をしたとでも言うのだろうか。狙っていたドラゴンのいた場所をすり抜けた三機のオーバーハリケーンであったが、すれ違う最中後部機銃手のジャンは一瞬だけだがおかしなものを見た。

「え?」

 彼の目に映ったのは、一人の男であった。赤い見たこともない服を纏った人間らしき物体が空を飛んでいたのだ、いや正しくは落ちていたのかもしれない。あまりにも早すぎたのと信じられない光景であったため見失ってしまい、もう一度確認することはできなかった。だが、確かにあれは人間だった。

「あり得ないじゃないか!どういうことだ、え?」

 操縦席ではやり場のない理不尽さに怒鳴るヒューの声が響く。ドラゴンは一瞬で姿を消してしまったのだ。今確認できるのは五番機の主翼の付け根に食いついている黒い方のドラゴンだけ、一体何が起きたのか混乱している彼の頭を更に混乱させる出来事がその直後に起きた。

〈隊長ーー!!助け〉

 無線から聞こえたのは二番機のパイロット、タッカー曹長の悲鳴であった。聞こえた直後に途切れた悲鳴にまさかと思い二番機の方を振り返ると、なんと先ほど姿を消したはずの赤いドラゴンが二番機の後部座席を食いつぶすように食らいついていたのだ。

「そんな!」

 ジャンが叫び機銃を尾の方へと向けるが、尾は縦横無尽に動き回るため狙いが定められずにいる。一体どうなっているのだろうか。

「出たり消えたり!ふざけやがってるのかああーー!!」

 

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