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Schwarz Drache ~黒き竜の少女と果て無き旅の果てに~  作者: 戦艦ちくわぶ
Ⅰ La ragazza nera(黒き竜の乙女)
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Schöne Dunkelheit(最たる美を放つ闇の乙女)

 空でエマーヘルがシュバステン空軍の部隊を補足した頃であった、エリアとライマの乗った馬車が再びバシュターンの町に入ると、運よく馬が疲れ果てたおかげで第三次になる前に馬車を止めることのできたことに胸を撫でおろし、二人は馬車を降りた。

「ああ、ようやく、ようやく自由が戻ったのですね」

 観衆の好奇の目に晒されていることもお構いなしというふうにライマは腕を大きく広げてくるくると舞いだしたものだから、エリアはあたふたと戸惑って彼女に落ち着くように宥めていると、背後で何かが落ちる音がし振り返る。

「あ」

 そこには馬車の中で伸びていたシュルグがふらふらと這い出て落下した際に鳴った音のようで、彼はエリアに気づかれたことにも気づかず地面を這って逃げようとしていた。すかさずエリアは追いかけて締め上げるとムゥロ語にかなり訛った英語で激しく罵倒し始めた。

「このクソ爺!!よくもっ!ライマを酷い目に遭わせたね!!」

 厳密に言うとこの老人ではなく人さらいたちの仕業だが、女の敵であるという認識の怒りの下には違いはなかったのである。

「この人さらいの色ボケ爺のろくでなし!他の女の子たちはどこ!!言わないと折るよ!」

「ぐうあーー!!」

 折るどころかもぎ取りかねないが、そんなことエリアにはどっちでもいい。彼女は彼から彼に買われた女性たちだけでも救いたいという思いでそう問いただしていたのだが、老人であるため骨の弱っていたシュルグの右腕はあっけなく折れてしまい、その痛みに失神して黙ってしまった。

「あっ!……もう!」

 彼が一言も放さずに気を失ってしまったことに苛立った彼女は、地面を思い切り蹴り上げやり場のない憤りをどうすればいいのかわなわなとしていた。そんな彼女に、喜びの舞を踊り終えたライマが肩をトントンと叩いてきたのでまだ険しい顔のまま振り返ると、ライマは空を指さしていた。

「なに!」

「あっ……その、あれなんでしょうか」

「あれ?どれ?」

「あれですあれ、幾つも落ちてきてますよ」

「んー……ん?」

 目を細めてライマの指さす方向を探していると、確かに空から小さな黒いものがいくつも落ちてきているのが見えた。その数、二つや三つなどではなくゆうに五十を超えているように見える。エリアもそれが何であるかは判別しかねていたのだが、それの更に向こう側に見覚えのあるシルエットが見えたことで徐々にその顔は険しいものへと変貌していった。

「……エリア?」

 様子の変わった彼女に、ライマは不安そうに話しかけるとエリアは低い声音で短くこう告げた。

「やばいかもしれない」

「やばい?」

 断言はできなかったが、彼女のあの夜の微かな記憶がそう本能として語り掛けていた気がした。刹那、バシュターンは炎に包まれた。



 爆発、炎上、崩壊。空から降ってきた黒く小さい物体が降り注いだ直後、一瞬にして町は焼かれた。荒っぽい造りの建物たちは簡単に崩壊を始め、建物同士もまた密集していたがために延焼するのはそう困難なことではなかった。次々と建物は崩れ、人は焼かれ、店主がいなくなった屋台の品物はあっという間に炭と化してしまう。新しく刻まれ始めていた人類の歴史も文化も未来も皆、全て短い間に失われていった。

「エリア!!これはなんなのでキャア!」

 突然の事態にパニックに陥ったライマはエリアに説明を求めたが、近くに着弾した爆弾の爆発によって飛んできた瓦礫が足元に飛来したため悲鳴を上げて飛びのき、その際に背後で逃げ惑う人々にぶつかって正面に倒れそうになったところをエリアに支えられた。

「これは、見たことある……」

 彼女の二色の瞳には、しばらく前に眼にした覚えのある光景がそのまま映し出されていた。炎と人々の叫びが呼び起こされ、彼女の心はあの日の夜に戻っていた。

 あの夜、皆で夕食の準備をしていたはずで、もうすぐ出来るというところで気を失ったしまったのだが、ふと目を覚ますと家は崩壊し家族は見当たらず、街全体が壊れていた。一人町を歩くと慣れ親しんだ景色は全てなくなり、近所の人たちの死体がそこら中に転がっていた。そして、そう、空を見上げると月明りに照らされて何機もの鳥、いや飛行機が飛び去って行くところを目撃したのだ。

 あの時の怒りと、憎しみとが沸き起こる。あの夜以来、彼女の心の奥にしまい込まれてしまっていた凶暴な衝動が体中を駆け巡り、血沸き肉踊りあの時感じたような、野性的で、それでいて興奮する。

「エリア、エリア?」

 ライマは、傍らで唸り声を上げながら体を震わせているエリアの不自然さに気づき、心配そうに声をかけたが、すぐにそれがただの震えなどではないことを見抜くと、首を横に振った。

「まさか、エリア貴女……遂にもう一度変身をしようというのですね……」

 ようやく、待ち望んだ変身を彼女が再度行おうとしているのだ。それがわかると、この町が崩壊し人々の叫びが絶え間ないこの地獄の光景も今のライマにはより必要なものに見えてしまっていた。今、彼女の中では過去の未だ色褪せぬトラウマが思い起こされ、その時以来の怒りがこみ上げているのだ。この機会を逃せば、きっとエリアは変身の機会を二度と失ってしまうだろう。一族の再興のためにもそれだけは避けたかった。

 しかし、やはり幼いころに変身の練習をしなかったブランクのためか、なかなかあと一息が踏み切れないようだ。あと少し、彼女の内に封印された真の姿をひと押しする何かが現れれば。

「二人とも!」

 人ごみの中から、ドレスの声が聞こえたためライマは周囲に目を凝らすと流れゆく波を力いっぱいかき分け押しのけて彼が近づいてきているのが見えたので、彼女は位置が分かりやすいようにと手を振って示した。

「何故ここが攻撃されているんだ」

 人ごみから脱出し無事合流できたドレスは開口一番そう尋ねたのだが、そんなこと彼女が知るわけもなくただ首を横に振るだけであった。それより、彼にはもう一つ気になることがあった。彼の目線はエリアに奪われており、彼が何が起きているのか口を開く前に、ライマが今の彼女の状態について手短に説明を始めた。

「彼女のトラウマが今この町が焼かれる光景に呼び覚まされ変身を再び行おうとしているのです!」

「本当か……」

 大きくなってからのドラクラットの初めて無いしそれに近い変身への移行は彼でも見るのは初めてであったため、変身に慣れていないものはこうなるのかとまじまじと見つめていたがのだが、そんな時であった、ライマの目に墜落していくエマーヘルの姿が映ったのは。思わず素で彼の名を叫ぶライマ。

「エマーヘル!!」

 彼女の悲痛な叫びに気を引かれドレスとエリアは空を見上げると、傷ついたエマーヘルが翼から血を流しながら落ちていくではないか。ライマとしては、彼のその悲劇を利用するつもりはなかったのだが、結果的に、エリアの衝動を増幅させることとなった。そして、エリアの怒りは吹きあがった。



「あああああーーーーっ!!!!!」

 


 黒く深く忌むべき悲しみの闇が、美しき闇が彼女の体から放たれた。かなり引きつつあった人々は、突然目の前で起きた怪現象に目を奪われ、非難するのも忘れただ肌の白い少女が苦し身悶えながら体中から黒いものを放っている光景を茫然と見つめていた。

「逃げないと!早くここから離れて!」

 ライマが竜語で叫ぶ。今の距離でエリアが変身すれば周囲にいるものは変身に巻き込まれて押しつぶされてしまうだろう。故にとにかく大きな声を上げ離れなければいけないという雰囲気を人間にも感じ取らせて急速に離れていく人々、そしてそれを両腕で押していくライマとドレスの背後で一際大きな黒い閃光が放たれた。


 黒竜が、二度目の空を見上げた。

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