Trembler Griffe(震える大爪)
ライマを一目見た時、このオークションにやってきた男たちは思わず息を飲んだ。この地方では珍しい白人と言うのもあるが、やはり最たるものは彼女の美しさであろう。多少のやつれは見られ髪は乱れていたもののその憂いを帯びた儚げな悲しみの表情と佇まいに感じるもののあった男たちは、必ずしもこの女をものにしなければならないという使命を覚えていた。
ただ、気になっていたのが彼女のその特異な容姿で何十人もの女を買ってきた彼らでも見たことのない深緑色の髪に、顔全体に広がる同じく緑色に染まる幾重もの線の刺青である。それが彼女がもしかすると危険な宗教に所属するものではないかという疑念を彼らに抱かせたのだが、彼らは自らの力をもってすればどんな宗教だろうと追い払うことが出来るという自負があったため、そこまでの躊躇いとはならなかった。
数秒の後、堰を切ったように男たちの掛け合いが始まった。値段はうなぎ登りに吊り上がり今までこの競売所でも出たことのない条件が提示されていくが止まる気配は無い。傍に控える司会の男も最早この熱気に引きつり気味で言葉を失っていた。
「どうする?いつしかけるの?」
焦るエリアがドレスの方を向くといつの間に着替えたのか彼はいつものセジエに着替えており、彼の眼は弓使いと、何やら動きのあった司会に向いていた。部屋の外から現れた別の男が司会に何か耳打ちをすると彼は険しい顔をしてその男に短く支持をすると、男は外へとかけていった。ドレスの見立てとして恐らく牢屋の女を逃がしたことがばれたのではないかということであった。
激しい富のぶつけあいもやがて少しずつ勢いが衰え始めた。
「二百万!さらにバハタム地区の別荘一つと山羊五十頭をつける!」
一人のしわがれた声の一声に、周囲からは唸り声が聞こえるばかりでそれに競おうという声は上がらない。どうやらライマを勝ち取る者が決したようだ。
「二百万と別荘に山羊五十頭!!他にいらっしゃいませんか?…………無ければシュルグ氏の落札となります……ではおめでとうございます!本日の目玉を見事勝ち取られたのはシュルグ氏となりました!!」
ライマは縛られている鎖を引かれエリアたちのいる個室の隣の個室へと連れられて行く。三日ぶりにライマがエリアのすぐ目の前に現れ、その喜びと彼女のその姿に怒りの炎を燃やすエリアだが、これだけの至近距離でありながら彼女は気づく素振りもなく、それほどに気を落としているようだ。言葉も現状もわからないライマでも、どことなく自分がどこかに連れていかれることになるのは察しているようだ。
ライマは個室の窓の前で止まると、その向こうに人の気配のあったためにおもむろに顔を上げ、思わず小さな悲鳴を上げた。
「ヒッ」
彼女の眼に映ったのはよぼよぼに皺が寄っていたが同時によく肥えた老人が椅子にどっかりと腰かけた姿であった。老人は垂れた瞼の奥から、その歳には似つかわしくないぎらついた眼でライマを見つめており、その老いてなお欲望に塗れた眼に、ただただ恐怖を感じるばかりであった。
「ほほ……やはり美しいな………お前は私が買ってきた何百の女たちを束にしてもそれ以上の勝る価値をその体に秘めとる……お前は財産の多くを支払って買ったのだ、十分に楽しませてもらうよ」
「いや、いや……」
当然会話が通じているわけではないが、彼女には彼の言っていることが理解できている気がしていた。この男は年甲斐もなく自分の体を求めているのだと、そう自覚したとき彼女の体を戦慄が疾走する。
「シュルグ様、この娘は男よりも力が強く実に危険です。どうかお気を付け下さいませ」
そう忠告を進言する男たちに対し、シュルグは体を揺らしながら笑うとかまわないと答えた。
「それもまた面白いではないか……ホホッ」
それを横で聞いていたエリアは眉間に皺を寄せ嫌そうな顔をドレスに向けると彼は頷く。何故いま頷いたのだろうかと彼女が考える暇もなく彼はポケットから取り出した手のひらサイズの石を握ると不意に立ち上がったかと思うと、天井近くに控える弓使いの人間の一人に力いっぱい投げつけた。あまりに突然であった上に、時速二百キロを超える速度で至近距離で飛んできた石を人間の反射神経で避けられるはずもなく、頭に石の直撃を受けた方は首から上を失って血しぶきをまき散らすと頭からもとい首から下へと落下した。
「なんだ!!」
突然の出来事に会場は騒然とし、競売の参加者たちはお供もおいて一目散に逃げ出す。隣にいたシュルグ氏も、屈強な召使に支えられて急いで部屋を後にするが、ライマを置いていこうとはしなかった。
「来い!」
ここの男たち三人に無理やり引っ張られながらライマは外へと連れ出される。
「止めて!やっ!」
必死に抗うが、空腹と無気力のせいで体に力が入らない。
「追うぞ」
「うん!」
二人は会場を後にしライマ達を追おうとしたが、ドレスがドアノブに手をかけた直後、彼が瞬時に仰け反ったところに太い矢が突き立てられた。一瞬でも彼の反応が遅れていれば、今頃ドレスの右耳から左の頬を矢が貫いて壁飾りに変えてしまっていただろう。
「もう一人の!」
彼は上の方を睨みつけると、あの時の弓使いの片割れが次弾の装填をしながらこちらを睨みつけていた。仲間の仇といったところか。まず先にこいつを始末しなければならないと考えたドレスは、エリアに先に行くよう促す。
「お前だけでも奇襲をかければ三人のリガーラくらい倒せる。俺は後から行く」
「でも」
「ライマを助けろ!それと時間があれば煙を炊け!行け!」
彼の荒げる声に気圧されたエリアは、後ろ髪を引かれる思いで部屋を後にし廊下を飛び出した。直後、壁に矢が突き刺さる大きな音が耳に入ったが、彼女は振り返らずにライマ達を追った。
「あっ!なんだお前!」
廊下に出てすぐに別の部屋から出てきた男と出くわしたが、エリアは足を止めることなくそれどころか逆に加速をかけると勢いよく跳びあがり、顔面に思い切り飛び膝蹴りを打ち込んだ。固いものが粉砕される感触が膝にじんわりと伝わるが、そんな感触をじっくり感じる余裕は彼女にはない。何故なら勢いよく飛びすぎたせいで天井がすぐ目の前にあったためだ。このままでは顔面をすり下ろされてしまうところであったが、彼女の持ち前のしなやかさを最大限に発揮して最大限エビぞりをすることで目の前数ミリを天井が通り過ぎていった。
顔面を粉砕され仰向けに倒れる男を振り返ることもなくエリアは次に立ちはだかったドアを体当たりで吹きとばすと外に飛び出していた。
「あいたたた……ライマは……」
体についた木屑と土を払いながら立ち上がり周りを見回す。すると一台の大きな馬車が四頭もの馬に引かれて走り去っていくではないか。彼女は急いで走り出すとそのあとを全速力で追った。
「待てええーーーー!!!」
怒声をあげながら走るエリアは、馬車の中でほっと一息ついているシュルグをたまげさせた。人間よりも圧倒的に早く駆けている馬車に、まだ成人もしていない少女がどんどん距離を詰めてきているのだ。
「急げ!急がんか!」
御者を急かすシュルグ。その隣では、後方から聞こえる懐かしい声に身をよじって振り返るライマが、自分たちを追いかけてくるエリアの姿を見て涙を流していた。
「エリアッ!!エリアなのですね!」
ようやく見つけ出してもらえたという喜びに感極まり涙が止まらなくなってしまい、力いっぱい腕をふり足を上げて走ってくる彼女の姿は、今まで見た何よりも逞しく、そして頼れるものに思えた。
「私はここです!ここですよ!キャッ!」
必死に叫ぶ彼女をシュルグが黙らせようと髪を引っ張り椅子に押さえつけた。いったいこの老人のどこにそんな力があるのかと思えるほどの。
「あーもう!追いつけない!」
あと一歩のところで少しずつ距離が離されていく。このままでは逃げられてしまうと感じたエリアは思い切った行動に出た。




