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Schwarz Drache ~黒き竜の少女と果て無き旅の果てに~  作者: 戦艦ちくわぶ
Ⅰ La ragazza nera(黒き竜の乙女)
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В доме повешенного не говорят о веревке.(その話はよそう)

 空


 それはやはり、いいものだ。自分の体が、骨の髄までそして指先も広がりきった薄い翼膜までもが、地表よりはるか高くに吹きすさぶ風の煽りを喜びかみしめている。遺伝子という概念がなくとも、このえも言われぬ喜びは、何か古き彼方より残されたものによるもののおかげなのだろう、そうエマーヘルは受け止めていた。

 


 彼は今、バシュターンの空高くを悠々と飛行していた。地表で見れば巨大な竜も、高空まで飛んでしまえば余程注視でもしない限りは彼の姿をしっかりととらえることはできないだろう。彼は今、ライマ救出作戦の最後の矢としてこうして空へと帰りいつでも地表を射抜けるように待ち構えている。常にその眼は地上を見据えており、合図が来るその瞬間を待ち構えているのだ。赤い煙が登れば、ライマ発見の合図で、更に黄色い煙が上がればエマーヘルを呼ぶ合図となる。極力黄色が見えることは避けたいのだが、仲間の命が懸かっているとなれば、この身を人間たちの眼前にさらすことも致し方ないというもの。

 この件に関しては、サビーナも了承してくれた。同じ女性として、そして短い間だが仲間としてライマを救うためにバシュターンの町を荒らしてしまうかもしれないことを了承してくれた時、彼のリガーラに対する認識が一つ改められた。彼女の優しい微笑みに、彼は涙を滲ませていた。

 さて、この高空で地表のことが見えるのかと思う者もいるかもしれない。確かに、この高さでは人間の状態のエマーヘルなら人を数えることはできなかったであろう。だが今は竜の姿に戻っている、竜の眼は十km先の羊さえ見分けることが出来、この程度の高さなら地上の人間が野菜を手に取っているのがはっきりと分かるくらいだ。だが、単に眼がいいというわけではない。竜の状態の時、目は人間や他の生物のそれらとは大きく仕組みが異なり自在に瞳の大きさを変化させることですぐ目の前の物から、遥か遠くの物を見るときと使い分けられるようになっている。その代わり、遠くを見る際には近くはまったく見ることが出来ずその逆もまた同様であった。

 エマーヘルは現在、翼膜を最大限広げて翼に風を大きくはらませながら風に乗って滑っており、少ないエネルギーで上空を旋回し続けていた。こういうことは飛竜人のほうが得意ではあったが、変身できる三人で唯一の飛竜人であるライマが捕まってしまっている以上、こうせざるを得なかった。それに飛竜のほうが飛行は得意とはいえ、竜だって飛ぶことは得意だから心配はいらない。

 こうして空を飛びながら一頭彼は思う、どうしてテレパシーは人間の状態のドラクラットには一方通行でしか送ることが出来ないのだろうかと。この不便ささえなければよりドラクラットは完璧な生物へと完成度を高めることが出来るというのに。

 ないものをぼやいていても先に進むことはできない。彼は諦めて役目に集中することとした。

 その頃地上では……



 サビーナが予想を立てたミーシャツ地区の影を縫うようにエリアとドレスが進んでいた。姿勢を低くしつつ、周囲に眼を光らせながら怪しい人物がいないか見極める。

「そこ、そこどう?」

 エリアは木箱が山積みになっている建物の裏口を指さして、そこが怪しいのではないかとドレスに伝えると彼は黙ってその傍まで行き、高い位置にある小さな窓から中の様子を慎重に窺う。

 彼の見たのは殆ど裸の女が廊下を行きかっている光景で、目を細めて考えを巡らせたが結局それが何なのか見当のつかなかったためエリアに代わりに見てもらうことにした。

「見てくれ」

 と、彼は傍らの木箱をずらして足場にすると、その場をどいてエリアに促した。

「うん」

 彼のわからないものだとすると人間の文化が色濃い何かをしている場所なのだろうか。それなりに大きいのでもしかすると演劇でもしているのかもしれない、などと気楽に構えて登り彼女は後悔した。

「!!」

 そしてすぐに木箱から飛び降りると顔を赤らめてドレスを何度もたたいて抗議した。

「行くよ!」

「待ってくれあれはなんだ。何故裸の女がうろついてる……リガーラはそんな風習があったのか?」

「もーう!」

 風俗などと言えるわけがない。言ったとして彼がそれがどういうものか問いただしてくるのは確実で、そんなこっ恥ずかしいこと、口が裂けても説明できるはずもない。彼女は彼を一喝するとムゥロのことわざを短く発した。

「壁に唾を吐く!」

 無論、ムゥロ語で言ったためドレスには少しも伝わらない。説明しておくと、決してそんな恥ずかしい真似はできないという意味で、壁が重要な防御であった城壁都市ムゥロでは壁を汚したり傷つけるようなことは固く禁じられているという決まり事からきている。

「それよりさ、あっちに行こあっち!」

「声が大きい」

「五月蠅い!」

「だから」

「アーもう……」

 ちょくちょく空気を読んでくれないのは何故だろうかとエリアはやりきれない怒りを覚え拳に力を込めるが、本当に殴るわけにもいかない。それにそれで殴り返されたらひとたまりもないだろう。ドレスの突きなんて絶対に食らうのは御免だ。

 エリアは怒りと羞恥を自分の中でうやむやに誤魔化しつつライマの捉えられていそうな建物をしらみつぶしに覗いていく。

「ここもいなさそう」

 倉庫のような場所を覗き込んでいたエリアは、落胆して腰を地面に下ろした。どれくらいの時間が経過したかはわからないが、少なくとももう昼になるころなのは、空を見上げればわかる。あの空のどこかにエマーヘルが飛んでいるのだろうか、そう思うと自分があの時以来一度も変身できていないことに怒りを覚えてしまう。

「ドレスはさ、いつ変身できるようになった?」

 何の脈絡もなしにそんなことを尋ねられたドレスは、急に怒ったり落ち込んだりしている彼女の起伏の激しい感情に眉をひそめながらも彼女のその切実さを抱えた問いに答えてやることにした。きっと彼女は彼女なりに何か思うところがあるのだろう。

「そうだな……十の頃だったか……あの時は五人で大人から訓練を受けた」

「五人?他にもいたの?」

 ああ、とドレス。

「進みながら話そう」

 二人は捜索を再開する。

「俺と、ベルゼス……ファールトイア、ガリューティ、いや違うなガリューテロイか……そして、グロージエナ」

 グロージエナという名を聞いて、エリアは心臓の縮まる心地がした、あまり思い出したい名前ではない。しかし、彼の言う通りならばグロージエナとドレスはおおよそ同じくらいの歳ということなのだろうか。それだけでも驚きだが、とどのつまり二人は子供のころから面識があり、ともに同じ村で過ごしていたということにもなる。今はいざ知らず、子供の頃なら遊んでいた可能性だって十分にあるのは、自身の子供の頃を顧みればわかり切ったことであった。そう言えば、二人はどうもただの同じ村の者同士とはいいがたい空気が、あの時意識が朦朧とした状態ではあったがそんな感じのが流れていた気がする。

「あの頃は当然だが、グロージエナもただの女の子だったさ……」

 彼のその含みのある言い方に、何か得体のしれぬ出来事が彼らの身に起きたことは明らかであったが、彼のその佇まいからどうしても聞ける状況では内容に思えたため、一旦開きかけた口を閉じておいた。

「あそこはどうだ」

 ドレスは突き当りに見える建物を指さした。その建物は今までのものとは異なりところどころに鉄の板や格子を使ってあり、何か重要なものをしまい込んでいると主張しているように見える。

「当たりかも」

 なんとなくそんな気がしたというより、心の中で誰かがそうだと肯定しているように思えた彼女は腰をかがめて裏口の傍へと忍びよった。果たして、ドレスの勘は当たっているのだろうか。

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