The Sky Eyes(空よりの眼)
「ナギレ レグ ダウ ラグラリ アーセルナ ズウォル……」
広げられた布の上で決められたように三つの石をあちらこちらへと移しながら、エマーヘルは何やら聞き慣れぬ言葉を口から発している。
「何それ?」
つい気になったエリアがそう尋ねるが、彼はまるで彼女の声が耳に入らなかったかのように反応も見せずそのまま占いを続けている。どうやら口をはさんではいけなかったようだ。
そういうことを理解した彼女は、口をつぐんで他の者と同じように顔を引いてただ黙って占いの行く末を見守っていると、続いてエマーヘルは石を布上に置いた後、骨を右の小指と薬指の先で器用に摘まんで持ち上げると、そのまま左手の甲にちょんちょんとなんどか当てては、手のひらの様子をまじまじと見つめることを二回繰り返した。本当に占いというものはわからない。
「ルグーテル ミニユーシ エルダ ダウ リキルテ ライマ エラ フラクラクラカット リビュデリュピュテイアナ」
「あ」
今、ライマの長ったらしい名前が聞こえた。実の所彼女のフルネームは覚えていなかったのだがエマーヘルはよくもまあ噛まずに自然と言えるものだと感心していると、やがて彼は残った棒を拾い上げると小さく放った。棒は布上で小さく跳ね返ると彼の目の前に転がって止まった。彼しか知らない規則性に従って並べられた三つの黒い石と、その間に収まっている何の変哲もない木の枝、これが何を意味するのか。それが気になるエリア達は、視線をホーベルッテに落とした後エマーヘルの方へと戻しその答えを待つ。
「ふうん……」
見つめられながら彼はしばらく顎に手をやりながら黙ってホーベルッテを見つめていたが、やがて目を伏せるとうんと頷いて目を開いた。
「ライマはまだこの町にいるようだな。外にはいない、とても汚らしい場所だ、とても不潔で尊厳のない……許されざる場所に……」
「ど、どこ!」
期待に目を輝かせるエリアは身を乗り出して彼からわかったことを聞きだそうと試みるも、エマーヘルは腕組みしたまま首を横に振って曰く
「そこまではわからん」
そう断言されたエリアは口をあんぐりと開けてそのきっぱりと言い切ってしまった彼の態度にただただ固まるしか法は無かった。十秒ほどしてようやく口を閉じた彼女は徐々に顔色を怒りを交えて問い詰めるように彼に迫った。
「ねえそれどういうこと!なんでわかんないのさ、占いでしょ!祈祷師なんでしょ!」
そう迫る彼女に対し至って冷静に努めるエマーヘルは逆にこうい問いかけ、その言葉にエリアは言葉を詰まらせる。
「占いをなんだと思っている」
はじめその言葉の意味をエリアは理解できずにいたが、それが単に占いというそのものの意味を問うているのではないということに気が付くと、エリアは乗り出していた体を戻して考え込んだ。
「占いを……?」
そうだ、とエマーヘル。
「予知は当たる当たらないではなく、その先に必ず起こるものとして我々は扱っている。だが占いというものはそもそもその先を当てるものではなくその先を見たいと願う欲望を解消させるものだ。或いは、不安を。あくまで占いとは、そういう心を晴れやかにするために行うものであって、正しいというわけではないのだ。悲しいかな、時折老ドラクラットでもそれを勘違いする者もいる……」
彼は鼻息を大きく吐くと、ホーベルッテを片付け始めた。彼としてはそこまで深い意味を持っての発言のつもりはなかったのだが、多感なお年頃であるエリアには深く考え込む切っ掛けとなってしまったようで彼女はブツブツとなにやら独り言をずっと呟きながら時折首を捻ったり声を上げたりしては悩んでいるようだった。
「何をあの子に?」
そうドレスに聞かれた彼はこちらが聞きたいと言いたげに小首をかしげて見せると、ホーベルッテを荷物の中に大事そうにしまい込んでしまった。
「あの年頃は、どうもああらしいな。リガーラを取りこんだ影響だろうさ」
「なるほどな……」
そう納得するドレスは、自身にもかつてはあのような時期があったのだろうかと思い返すが、あまり思い当たる節の無かったのは、きっと彼が今の彼女よりも若い頃よりたった一人であちらこちらに翼を広げていたためであろう。
「さて、明日のことだが」
改めてライマ救出についての会議を行うエマーヘルは、明日の作戦について自らの考えを述べ始めた。
「ホーベルッテが正しければ、ライマはこの町の薄汚い場所にいる。だがそれがどこなのか、俺には見当がつかん。そこでだ。この町についてよく知っているサビーナにそういう場所がないのかを聞きたいのだが……」
そこまで言うと、彼はエリアを見る。彼女は先ほどの場所から一歩も動かずにまだブツクサ考え込んでいるようであったが、ドレスが肩を叩いたことでようやく呼ばれていることに気づき輪の中に入り翻訳を始めた。
「エリアがおらんと話も始まらん」
彼の言う通り、先ほどの話は竜語を喋れるドレスにしか通じておらずつまりそれは彼を除いた四人中たった一人と話しているようなものだったのである。それは実に馬鹿らしいことなので早急に彼女には通訳を務めてもらわねばならなかった。これから先、何度かこうしてリガーラとの交流の機会が持たれるかもしれない。そのためにはエリアというドラクラットながらにリガーラの中で育った者が必要なのだ。リガーラの言語・文化、そして感覚を身に着けた者が。
「えっと……じゃあサビーナ、そういう汚らしくて危険があって、尚且つライマが隠されてそうな場所、どこか知んない?」
「そうねえ……やっぱりスィイニイヴィータルーク地区かしら一番に上げるなら」
「Si?」
聞き慣れない言語はやはりしっかり聞き取れない。ついイタリア語で聞き取りそうになってしまったが、ここでそんなもの使われてるわけがなく、もう一度彼女に聞き返す。
「スィイニイヴィータルーク。強風の弓って意味よ。なんでそんな意味かは知らないから聞かないでね。ともかくそこらへんね。その地区はかつて遠くから来た人たちが寄せ集まって出来た地区で、犯罪の温床よ。警備隊だってまあまず入ろうとはしないもの。そこに入るのは馬鹿か犯罪者くらいのもの」
「なるほど、人の眼が届かないところだからこそ……ってわけか」
ムゥロにも少しくらい治安のよろしくない区画はあったが、彼女から聞いたことからイメージしたものよりもマシだったに違いない。ムゥロにもいくつかの民族は住んでいたが、かつての戦争などを経た結果、おおよそ白人が住民の九割を占めていたので治安というものは少なくともこの時代で見ればかなり良いものであったに違いない。何せ人種を原因としたいざこざなんてほぼほぼ起きなかったのだから。そういうものが出ても、まず弾かれるのはそういう異端者であった。壁の内側にいる限りは皆等しく神の子なのである。
他には見当つく場所はないかと尋ねてみると、更に二つ彼女は上げてくれた。
「ミーシャツ地区と……ザァパドゥウリツァかしら……でも正直ザァパドゥウリツァは微妙ね……あそこはただ貧しいってだけだから人を隠す場所なんてあるようでないのよ多分。ミーシャツなら可能性はあると思う……」
「……だってさ」
そうおおよその内容を伝えると、エマーヘルは三人がスィイニイヴィータルークに、ミーシャツを二人で探すように決定すると、もしライマを見つけた際にどうするかを決めておいた。
「もし見つけた時は、すぐに助けるんじゃなく一旦外に合図を送ろう」
「合図ってどうやって?誰に?てか六人いるのに今エマーヘルが言ったの五人しかいないよ」
エリア、ドレス、エマーヘル、サビーナ、フサン、ムハンマド計六人のはずだ。まさか数もろくに数えられないのかと疑ってかかったがそうではなかった。
「俺が上で見張っている」
と彼は天井を指さしながらそういった。
「上って……まさか」
エリアの勘づいた顔に、エマーヘルは不敵な笑みを浮かべて頷いて見せた。
「そのまさかさ……」




