Dziura z Koszmar(悪夢の穴)
「こいつはいつ競売にかける」
黒人の方がライマを覗き込むように片割れに尋ねると、インド系のほうは明後日だ、と短く答えた。
「早いな、教育はしないのか」
「まさか、こんなバカ力女、どうやって躾ける?命がいくつあっても足りゃしないぜ」
と笑いながら答えると、戸棚から茶色の瓶を取り出し中身をくすんだグラスに注いだ。茶色い液体がなみなみと注がれ床に小さなシミを作った。
「しっかし、惜しいなこんな上物」
黒人が椅子に座って同じようにグラスに注ぎながら言う。彼は中身をちびちびと口にしつつライマの方を向き、品定めをするように彼女の全身を眺めまわす、彼女は今セジエを奪われて代わりにうすぎたないほつれだらけのボロを着せられており、その服からは他の人間の臭いが鼻を突きライマは慣れるまで暫く顔をしかめたりしていた。
「まあ確かに白人が捕まるなんて珍しいからな。俺も一度は味わっておきたかったが商品に手はつけらんねえ、我慢だ我慢。特にこいつが売れりゃあ女の十人や二十人簡単に抱けるくらいは入るだろ、そんくらいの値がつくと俺は見たね」
インド系は顔の前を鬱陶しく飛ぶ一匹のハエを手で追い払う。ライマはどうやら人身売買の集団に捕まってしまったようだ、しかも恐らく女性専門の。このままいけば、彼女は二日後には尊厳の一つもなく鎖につながれたまま誰とも知らぬ人間の元へと売りさばかれてしまうだろう。
ドラクラットにはこういった人身売買や奴隷という制度がないため、ライマも同じくまさか自分が売られるとは思ってもいないようだ。とにかく自分はこの男たちに乱暴を働かれるかあるいは妻にでもさせられるのかという類の予想を立てていたが、対象が異なるだけでその予想はおおよそ当たっていると言っても過言ではないだろう。
ライマが脱出するには、少なくともこの鉄の檻からまずは抜け出さなければならない。ライマはとりあえず格子を握って軽くゆすってみたが、金属同士が擦れあい軋む音は上がるものの、やはり壊せるような代物ではなかった。
「無駄だぜ、いくらお前でもそいつぁ壊せねえだろハハハ、まああとですぐ大部屋に移してやるから我慢しなあ」
そう言うと男は何かのつまみらしきものを口にした。やはり、相手の言葉がわからないというものは厳しい。今まで言葉が通じなかったというような経験がこの町に来るまでには一瞬すらなかったため、どうにも違和感を覚えて仕方がなかった。はやくドラクラットと会いたい、ドラクラットと話がしたかった。そして心の平穏を取り戻したかったのであった。
「はあ……」
ライマは檻を壊すことを一旦諦めると、目を伏せて体を金属の床に横たえる。皮肉にも床はほんのりと冷たく心地よい、もし今が冬ならばこうもいかなかったであろう、もしかすると一晩のうちに凍死してしまったかもしれない。
(エリア……どうしていますか。私は不安に翼が折れてしまいそう。リガーラはなぜこのようなことをするのでしょうか、私を連れ去って一体何をするというのでしょうか……)
皆は今頃いなくなった自分を探して町中を駆けまわってくれているのだろうか、空から探したりしてくれているのだろうか。それとも、自分を見捨てて……
(そ、んなことありえっ、ないありえない……)
皆が自分を見捨てて旅を続けるとは思えない、だがこの旅は一族全体を救うためのものであって、道中に払わなければいけないであろう幾多の犠牲は問わないものである。自分もそれを理解して旅をしていたつもりであったのだが、つもりの域を出なかったようだ。いざ自分がその仕方のない犠牲の一部となろうとしていると考えると、際限のない恐怖が胸の奥底から沸き続けて仕方がなかった。ライマは唇を噛み締めて体をちぢ込める。ドラクラットといえど、彼女はまだうら若い一人のか弱い女性に過ぎなかったのである。
ライマが不安に思いを目まぐるしく渦巻かせていると、檻の外から男の声がかかり彼女を一瞬の間不安から呼び起こした。
「おい、移動だ暴れんなよ」
彼女は目を開け外の方へと振り返ると、二人の男に加えいつの間にか更に二人、別の男たちが背後に控えていた。これは強力な彼女を安全に移送するための保険であった。
「暴れたら殺すのも止む無しだ、命あっての物種だからな」
「だけどよ、こんな目玉商品を殺したって知れたら俺たちゃ死ぬだけで済むだろうか」
「なあに、わかってくれるさ」
どうやら、彼らの背後には皿に大きな力が控えているようだがライマのあずかり知らぬ範囲であった。檻の戸が開けられるとライマを繋ぐ鎖が強引に引っ張られ、ライマは引きずり出される。
「痛い!痛いですっ!!」
髪の毛を鷲掴みにされ頭を持ち上げられるライマ。どうしてここまで酷い扱いをされなければならないのか、彼女の心に悲しみと理不尽さが蓄積していく。彼女は無理矢理立ち上がらせられると、背中を押されながら前へと歩く。反抗を図りたいところだが、この状態で四人もの男の相手をするには彼女では少々力不足なところがあり、それに新たな二人の男は手にナイフなどの武器を握っていたため迂闊には抗えないというのもあった。ドラクラットだって、刺されれば死ぬ。
そのまま部屋の外へと連れ出されると、廊下を通り今度は更に大きな部屋へと連れられた。部屋の中は全体が大きな檻となっておりそれが二つ連なって互い合わせに計四つの大型檻が接地されていた。広さは檻一つで十五畳といったところだろうか。檻を出たと思ったらまた檻に入れられることがわかりライマの顔から更に光が消えたが、そんなことよりも彼女にショックを与えたのは檻の中であった。中にはなんとそれぞれ五~十名ほどの女性たちが収監されており彼女らは生きる気力を無くしたかのように項垂れ、壁にもたれかかったり体を床に横たえるなどして殆ど動かなかった。肌の色はさまざまであったが多くはインドや黄色人種の現地人らしき者達で皆歳はライマと同等かそれよりももっと若い少女であった。
どうやって彼女たちは連れられてきたのだろうか。この時代にこれだけの若い女性を集めるということは村一つの若い女性が根こそぎ奪われていたとしてもおかしくはない。
「おらっ、入るんだよ!」
「キャアッ!」
ライマは檻の中に蹴り入れられると、床に倒れているうちに檻の戸は閉められてしまった。
「あいたたたた……」
ぶつけた膝をさする。男たちは談笑をしながら部屋の外へと出ていってしまい、部屋には再び静寂が訪れていた。中から檻の中を見回すと、また違った景色が見えてくる。檻の中は薄汚く悪臭が立ち込めておりそれが汚らしい女性たちだけが発しているようには思えない。そこでもう一度部屋の隅を注視していると一角に小さな穴が空いていることに気づいた。穴は子供なら何とか通れそうな長穴であり、ライマはそこへと歩み寄ると強まった悪臭に思わず鼻を摘まみえずく。
「く、臭い!」
そこはトイレであった。床に適当に開けられた穴は数メートルほど掘っただけの縦穴で隠れることも出来ぬ屈辱の場所であった。できることならそんなところではしたくはない、同性とはいえ他人に見られながらの排泄など、若い女性にとってこれ以上ない屈辱といっていいだろう。トイレの周囲には大きなハエが何匹も舞っており、その劣悪さをより一層引き立たせていた。このことがより一層彼女に早期の脱出を決意させることとなる。
(必ず私は脱出する、早く!)
ライマはトイレと呼ぶにはあまりにもお粗末な穴から一番遠くに身を寄せるとしゃがんで体を丸めた。




