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Schwarz Drache ~黒き竜の少女と果て無き旅の果てに~  作者: 戦艦ちくわぶ
Ⅰ La ragazza nera(黒き竜の乙女)
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Cut down!(知識の伐採)

 先日サビーナに買ってもらったマントを意気揚々と羽織ったエリアは、皆を伴って同じように町を練り歩いていた。この日も人通りは多かったものの、このまま人が少なくなるのを待っていたら時間が有効に使えないのでやむを得ずこのごった返した中に突っ込むことにしたのだ。まさかそれが事件を起こすことになると知っていたなら、決して彼らはこの決断を下そうとはしなかったであろう。

 エマーヘルが編み篭を編んでいる女性たちに興味を示し、自分たちの編み方や植物の違いあるいは共通点を見出したようで、完成したばかりの篭を手に取ってしげしげと眺めていた。

「俺の村ではベゲマーという。シャクラザマの蔓を使うんだ。伝わるように言えばガラだろうな」

 ガラという名を聞いてライマとドレスは理解したようでなるほどと頷いてたが、やはりエリアにはわからなかった。言葉自体は通じても、それが含んでいる意味が分からないのだ。

 この時、実は彼らの背後を灰色の軍服に身を包んだ二人組の男が、肩に長筒を携えて通り過ぎて行ったのだが、護衛のフサンとムハンマド以外は全員が全員背を向けていたために気づくことはなかったのだ。それでも、エリアとエマーヘルでなければ彼らに気づくことは無かったであろうが。

 二人の男は北欧の言語で会話を交わしながら人ごみの中へ紛れていく、当然の如く彼らの姿は人目を引いていたのだが、何分その人の多さに彼らを一定時間注視している者がいなかったためにトラブルを起こすことなく静かにこの町を視察することが出来たのであった。

 エマーヘルがサビーナとエリアに通訳をしてもらいつつ籠についての話を聞いている時、ライマはその隣の店が売っている色とりどりの顔料に目移りしていたのだがふと背後から肩をトントンと指先で軽くつつかれたので、エリアか誰かだと思い振り返る。だがそこにいたのは小柄な中年のリガーラの男であった。男は伸ばした髭にその隙間から覗く欠けた歯、そしてどことなく下卑た目つきからして下衆の類の者であったのだろう。エリアやサビーナ、ドレスなんかであればその男からにじみ出る危険性を察知し危機を回避できたはずであったのかもしれないが、目を点けられたのがライマであったのがいけなかった。彼女の心は純粋でそして基本的に性善説のような観念で見る人間であったのだ、つまるところ始めから人を疑ってかかるようなことをしなかったのである。その彼女の人の好さをその男は気づいていて話しかけたのかはわからなかったが、兎に角彼女はまずいことに巻き込まれてしまった。

「お嬢さんお嬢さん、こんにちはお美しい髪をしていらっしゃる」

「はあ……」

 聞いたことのない言語でそう話しかけられたものだから、リガーラの言葉などほぼわからない彼女は困ったように首を傾げていたのだが、そんなことはお構いなしというように男は次から次へといくつかの言語を用いつつライマの話せる言葉を探るが、当然ながらただのリガーラである彼の頭にドラクラットなどという未知の種族のことなどあるわけもなく、これだと思った言葉はどれも通じないことに眉のあたりを掻く。

「こまったねえ、何語を話すかすらわからんのじゃあ……仕方ないな」

 男は別の手でライマの気を引くことに決めたようで、再び下心を含んだわざとらしい笑みを顔一杯に浮かべると懐から小さな布の包みを取り出した。彼はそれを非常に慎重にかつ見せつけるように開くと中から小さな青色の宝石が四つ姿を現した。

「まあ、ネカですね」

 声のトーンを一段上げて彼女がそう口にした名は、翻訳するとサファイアである。小男は言語でのコミュニケーションを図ることを止めてかわりに人種や文化を越えて通じる手を使ったのだ、そう、女性という生き物の好むものを使うという手で。実際にこの手は抜群に有効でまさか彼も知る由はないが人間ではない生物にも通じるとは夢にも思わなかったであろう。ただ、ライマの場合、その価値であるとか身に着けたいとかいう感覚で興味を持ったのではなく、祈祷師という役柄石を使うのでこういった石にはついつい気を引かれてしまうのだ。

「異国のお嬢さん、これ欲しくないですか?お近づきの印にどうぞおひとつ」

 そう言って小男は気前よく石を彼女の手に握らせた。

「もしかしていただけるのですか?」

「ええ、差し上げますとも差し上げますとも」

 通じてはいないはずだが、ニュアンスで会話は成立してしまっていたのだから面白い。彼がライマに渡したのは偽物ではなく本当に紛れもないサファイアであったのだが、実は包みの中にあるうちの二つはイミテーションなのだ、だが彼すらそれは知らない。何故ならそのイミテーションサファイアはかつて人類がまだ数を減らし過ぎなかった時代に作られた模造品なのだ、それがいつしかその技術も失われそして本物と偽物を見分ける技術すら、核の爆風とともに消え去っていた。

 男は一匹また罠に獲物がかかったと顔色一つ変えずに次の手を使う。

「お嬢さん、こちらについてきてくださればより差し上げます」

 そう言って男はついて来るようにとジェスチャーで示しつつ建物の間の通路へといざなう。ライマは何事だろうかとついついついていってしまったが、ここでもし誰かしら仲間に声をかけていればすんでのところで危機は回避できていただろう。

「どうしました?」

 ライマはこれから自分が襲われるとも知らずのこのこ薄暗い路地裏へとついていってしまう、そのことにエリアも誰も気づかない。

「あら、汚いですね」

 路地裏に散らばるゴミに気を取られている彼女の後ろから伸びる手、次の瞬間屈強な日に焼けた男の腕がライマを後ろから羽交い絞めにする。

「なっ!!」

 驚くライマ。一見か弱い女性であるライマであるが、忘れてはいけないのが彼女もまた人間を遥かに凌駕する力を持つ一族の女であった。咄嗟に肘を思い切り背後に打ち付けるライマ、鈍い音とともに肋骨を砕かれた暴漢は崩れ落ちる。まさかの反撃を受けた小男は女にそんな力があるとは思ってもみなかったため言葉に詰まって次の行動が遅れたのだが、そこは手慣れた彼の仲間がすぐに行動を起こしていた。

 今度は三人がかりで新たな男たちが襲い掛かると、ライマは表情も険しく突きを繰り出したが、そこはただの女性と変わりはない。格闘訓練など受けていない彼女の突きは、闇の世界を潜り抜けてきた男たちにとって躱すこと等造作もなかった。一人目が無防備なライマの足を引っかけて転ばせると、二人目が馬乗りになり顔を全力で地面に押さえつけ三人目が足を手早く縛る。

「ホラッ、早くしろ!」

 そう言いながら一人目がライマの口を無理矢理開かせ隙間を作ると小男が懐から取り出した緑色の錠剤のようなものを口に放り込み、水筒の水を流し込む。

「ぐっ、この!……ああっ?あれ?」

 唐突に世界が揺らぎ意識が昏倒し始めた。そして一分とせずに碌に抵抗も出来なくなった彼女は眠りへといざなわれた。いやこの場合気を失ったというほうが正しい言い方かもしれなかったが、彼らにとってはどうでもよいことであった。

 人間と比べると丈夫な体を持つドラクラットだが、薬物にも人間と比べて耐性をある程度持っていた。特別強力な麻薬の一種を、更に度数の高いアルコールで無理矢理流し込まれたためにそんなドラクラットでもこうして短時間の内に意識を失ってしまったのだ。

 ライマが麻袋に入れられ連れ去られていく最中、エリアは手に取った小さな篭をライマに見せようと振り返ったところに、彼女がいなくなっていることに気づき辺りを見回したが、ライマらしき人物はどこにも見られない。

「ライマ……?」

 大陸の風があざ笑うかのように彼女のマントを翻した。

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