Cиний Ветер(美しき青き凪いだ風)
翌朝、エリア達は一階の食堂で遅めの朝食をとると変装をしっかり着込み街へと繰り出した。既にメインアーケードでは活気であふれかえっており、昨晩をさらに上回るほどの人だかりでいっぱいであった。人間の多くが滅び去ってしまったこの世界でこれだけの人間がこうして一か所に集まるなど信じられない光景ではあったが、実際にこうして人々の群れが行きかっているのだから紛れもない事実であることは確かである。
「やはり人が多すぎるな」
目の前を流れていく人の波に、エマーヘルは巻き布の隙間から目を光らせていた。夏の暑さが人間たちの熱を帯び加速してより熱気を孕み、乾燥した気候を持つ地域だというのに蒸し暑ささえ感じられるほどであった。かなり堪える暑さではあったものの、もしも彼らに今の気温は昔と比べるとマシだと伝えたならば、一体どんな反応を見せてくれるだろうか。人類が悪化させた灼熱の星は、人類が自ら滅びの道を歩んだことで文明が後退し、結果地球環境はかつての正常な姿を取り戻しつつあった。南極や北極では氷山が蘇り北欧ではホルンに氷河が戻ってきているのだ。しかし、それも人類がやがてかつての栄華を取り戻した時には姿を再び消してしまい、そして二度と戻ることはないのだろう。人類がこのまま成長するということはそういう歴史の繰り返しを起こすのである。決して学ばなければ、学ぶ教材もない。自然の一部である人間によって自然の全体は滅び去る。
「そうだね」
エリアから見ても、やはり人が多すぎる。これでは碌に情報収集をしたり見て回ることは出来ないのではないだろうか、それに確実に誰かしらがはぐれてしまう可能性が考えられるので迂闊にあの中に飛び込むのは得策とは言えないだろう。彼らは話し合うとひとまず人通りが落ち着くまではあまりうろつくのは避けた方がいいだろう。そういうわけで彼らは一旦手前のほうに広げられている出店を見て回ることにした。
最初に見たのは織物が何本も並べられている織物屋であった。この地域周辺の伝統の模様が織られた織物たちは、見ていてとても女ごころが揺り動かされるものであった。エリア、ライマ、サビーナの三人は姦しく顔を寄せ合ってあれこれと巻かれた布を取り上げては楽しそうに言葉を交わしていた。
「女ってのはリガーラもおんなじなんだろうかな」
腕組みをしてその様子を後ろから眺めていたエマーヘルは、種族を超えても女性という生き物の思考や行動は似ているのだろうかと不思議がって隣のドレスに話を振った。ドレスは軽く肩をすくめてわからないといったように応えて見せた。
「これ素敵ね、どこのかしら」
サビーナは落ち着いた赤い布を広げると店番をしている店主の初老の女性に尋ねた。
「えーどれどれ……ああこれはヤーキンカラの村の奴だねえ。確か……三週間くらい前に仕入れたと思うよ。いいだろうそれ、若い娘が織ったんだけどなかなかに出来がいいもんでね、どうだいお安くしとくよ?」
結構この柄が気に入ってしまったサビーナはここぞとばかりに値段交渉に入る。何をしているのかエリアはライマに話すと、
「ああ、そういうことがあるんですねえ、ドラクラットにはお金という文化がないので物々交換ですがそういうことはよくありますよ」
「へえー」
サビーナと店主はもう既に交渉に入っておりそれも決着がつきそうな頃であった。
「それじゃあ、三十テラクはどう?」
「三十?うーん……ちょっと安いねえそれでも」
「じゃあ……あそこのマントを買うから三十にしてくれないかしら」
「本当かい?じゃあいいよ、じっくり選んどくんな」
「ありがと」
現地語での会話を終えたサビーナは、事の次第をエリアに話すと梁にかけられているマントの中から一つ好きなものを選んでと伝える。エリアは目を輝かせていいの?と聞き返すとサビーナは微笑んで肯定したので若干申し訳なさを感じつつもライマと一緒に一枚のマントを選んだ。それは深い緑の地に白とベージュの糸で模様を織り込まれた、ふわっとした軽いものであった。
「これでいいわね?はい」
サビーナは女性にお代を支払うと、受け取ったマントをエリアに羽織らせた。
「本当にありがとう!でも、どうして?」
どうしてこうも彼女は良くしてくれるのだろうか、疑問がぬぐえない彼女はついそう尋ね返してしまった。サビーナは財布を懐にしまい込みながら言う。
「なんでかしらねえ、もちろん恩っていうのもあるのだけれど、なんだかあなたにこうしてあげたくなっっちゃったのよ、不思議ね。あなたが可愛いからかしら」
「か、可愛い?」
「ええ、そうよ。とっても」
以前はよく大人から言われていたが、それは大体同世代か老人であったためこうして年上の大人の女性から改めて言われると、なんだか今まで感じたことのない恥ずかしさがこみ上げてきて、体がむず痒くなってしまった。
「こうかな」
エリアはマントを広げて羽織ると首元で紐を縛る。薄手の生地であるため、見た目の割に蒸し暑さなどは無く寧ろ降り注ぐ日差しから体を守ってくれるという実に優れたものであった。マントなんて物語の登場人物みたいだと顔を綻ばせるエリアを見て、サビーナは買ってよかったと頷いていた。
「じゃあ行きましょうか」
「うん!」
彼らは店主に別れを告げると他に何種類もの香辛料が並んでいるドラヴィダ人の男の店やアクセサリーを売っている小さな露店などを見て回った。その後昼食をとった彼らはしばらくの間は昼の強くなった日差しを避け夕方になると再び街へと繰り出した。エリアとサビーナは、ライマ達の質問攻めに答えたり通訳したりで実に忙しい一日を過ごしたためクタクタになって宿へと戻る。戻ってすぐに荷物を置くとタオルをもって風呂屋へと汗を流しに向かった。
「あまり広いわけでもないし長時間は入れないから注意してね」
「わかった。伝えとく」
お風呂に入れるのは実に嬉しい。暖かい風呂に入るのはキニエイテンテス村以来ではないだろうか、そうでなくとも水浴び自体四日ぶりなので、体に垢やら汗やらが溜まってしまって水でもなんでもいいから早く体を清めたいという欲望で頭が一杯になっていた。
風呂屋は確かに大きくはないが、煙突や窓から漏れ出す湯気を見ただけでも十分に彼女の心は踊っていたので何ということは無く、七人は男女に分かれるとそれぞれ風呂へと入った。
「た、沢山で入るのですね……」
更衣室には五、六人の先客がそれぞれ着替えたり世間話に花を咲かせるなどしていたが、こういう多人数不特定多数での入浴の経験がなかったライマにとっては、エリアやサビーナにとってそこまでの抵抗がないことでも大きな戸惑いとなっていた。
「まあねえ。そういえば向こうは大丈夫かな」
とエリアはエマーヘルとドレスのほうを心配していた。
「あっち?言葉が通じないのがあれだけど、フサンとムハンマドがいるし多分大丈夫よ、多分ね」
「だといいけどね」
どうにも心配だった、うっかり喧嘩でもしなければよいのだが、きっと男のドラクラットが人間相手に喧嘩をすれば人間なんて一発で死んでしまうのではないだろうか。心の落ち着かないエリアは、折角のお風呂も心ここに非ずといった様子で心配ばかりしていたために、いまいちリフレッシュをすることなく風呂を出ることとなってしまった。
「大丈夫?明日もうろつくわよ?」
「うーん、大丈夫だよ……」
短い帰り道、エリアは湯気を立ちのぼらせながら力なく頷いた。問題は起こらなかったものの、彼女の突かれた様子をしり目に当のエマーヘルとドレスは十分満足したように話し合っていた。
「はあ……」
明日も問題が起きなければいいのだが……




