Il scopo di viaggio(果て無き旅の目印)
窓もないドアが途中引っかかりながらも開けられると、中は広くもなく狭くもなくといった空間が広がっていた。ただ、ここにエリア達含め計七人も寝泊まりすると考えるといささか狭いようにも思われるが、一日中部屋にいるおちうわけではないので、そこは我慢すればいいだろう。それに、折角好意で貸してくれているのだから文句など言えるはずもない、などとエリアが思っているとエマーヘルが
「ちと狭いなあ」
などと抜かしたのでエリアはぎょっとして宿主のほうを見たがまったくもって動じていなかった。そうだ、ドラクラットの話す言葉はリガーラにはわからないのだった。それでもエマーヘルの脛を軽く蹴飛ばすと睨みつけてそういう無神経なことは相手がわからなくともいわないようにとくぎを刺しておいた。
「あ、ああすまん」
彼自身も、注意されて不適切な発言だったと自覚できたようで頭を掻きながら詫びる。
「どうしたの」
と、エリアたちが聞きなれぬ言語で会話をしていたので不思議そうに尋ねるサビーナに、彼女は何でもないと誤魔化すと荷物を部屋の端に置いた。部屋は土足厳禁で、寝るときはテーブルを端に立てかけてマットレスを敷き詰めるらしい。
「お風呂は無いからここを出て左に行った先に公衆浴場があるからそこね。トイレは一階の受付の横。食事は有料だけど今回はお代はいらないみたいだから」
「ああ、そんなにしてくれるなんて、本当に何とお礼を言ったらいいのか……」
そこまでしてもらえると思ってなかったエリアは、サビーナと宿主の老人に深くお礼を述べて手を握りしめた。老人の手は骨ばっていてカサカサとし感触で、彼女はムゥロで隣に住んでいたマリアというお婆さんを思い出していた。
「それで、どれくらい滞在するの?」
サビーナの問いかけに、そういえば滞在する期間を設けていなかったことを思い出したエリアは、荷物を整理しているライマ達のほうに振り返ると滞在期間と何をするのかを大雑把に決めておくことにした
「とりあえず六日ほどにしておくか。或いはそれ以下だろうな」
エマーヘルも、漠然としか此度の人間の街で過ごすことを考えていなかったため、ドラクラットの感覚で切りのいい数字を述べてみた。これに関しては皆異論はないようで、誰も声を上げることなく次の話題へと移されていった。
「何をしますか、この辺でドラクラットでも探しますか?」
色々見て回りたいのはやまやまではあったが、人間の通貨を持っていない彼らでは買い物という買い物もできないためただ過ごすだけでは無駄な時間に過ぎない。何か売れるものでもあればいいが、売れそうなものではドラクラットに関わるもののため人間たちに流通させるわけにもいかずお金を手に入れることは難しそうである。
「だとしたらそう簡単には見つかるまい」
「それにリガーラの中で生きているのだからろくな奴でない可能性もある」
ドレスの言葉に、ライマは首を傾げた。
「どうして」
「ドラクラットはリガーラの言葉はわからない、ならば彼らの中に混じっているのだから彼らに順応しているということ、逞しく生きる力はあるが小賢しい一面があるかもしれない。少なくとも強かだろう、同じドラクラットだからといって力になってくれるとも限らない」
「なーるほどー」
確かに彼の言う通りかもしれない。だとすると、ドラクラットの常識は通じないかもしれないがそれはつまりドラクラットの価値観だけで物事を判断しないかもしれないということにもつながるのではないだろうか。
「そんな人がいれば、だけど私を見ても恐れないかもしれないね」
「それもそうかもしれんな。まあ、リガーラの中に混じっているドラクラットがそうそういるとも思えんがな、はっはっは」
そんなドラクラットなんてエマーヘルもライマもドレスでさえも聞いたためしがない故に、期待はしていなかった。話は熱を帯びていく。
話は長引きそうだと判断したエリアは、とりあえず五日ほどと伝えておおよその日程が決まれば後で伝えるという旨をサビーナに伝えると、彼女は短いわねと答えそのままそれを老人に伝え彼は笑顔で頷いて下へと降りていった。
「あなたはどうしたいの、エリア」
エリアの傍に座りこんだサビーナが、頬杖をテーブルにつきながら尋ねた。
「え?」
どういう意味だろうか、別にどうということをするつもりもなくただエマーヘルたちに着きそうという形でぶらつくつもりではあったのだが、それを伝えると彼女は笑って謝った。
「ああ、ごめんなさい言葉足らずで。私よくそれ注意されるのよねえ、突然何のこと言ってるんだってよく怒られたわ。そうそう、私が聞きたかったのはあなたが旅の中で何をしたいかなのよ、あなたたちの一族を復活させたいんでしょ?」
「え、うん……そうだけど、私のしたいこと…………」
いきなりそんなことを尋ねられるとは思っていなかったエリアは、戸惑い返答に詰まってしまう。何故彼女は突然そんなことを聞いたのかはしれなかったが、エリア自身も聞かれるまで自分があまり深く考えずにエマーヘルたちに追随していたことに気づいたエリアは、自分自身の旅の目的について悩み始めた。
自分がそもそも旅をすることになったのはエマーヘルにどっかの軍隊の基地で出会って声をかけられたからで、そのあとライマとも出会って予知だかなんだかに出てくるから一族再興のためについてきて欲しいと言われたような、言われていないような。そういえば、何故自分はついていったのだろうか、別に自分が何かをしてもらえるわけではないだろうに、何かしてもらえると決まっているわけではない。そうだ、自分は故郷と家族の復讐のため旅をしているのだ、しかし、しかし誰に?誰があんなことをやったのかわかってもいないのに、誰を殺そうというのか。
そう考えると、自分が何故旅をしなければいけないのかという疑問が全く晴れないことを知る。よしんば復讐の相手がわかったとして、復讐するのにドラクラットは手伝ってくれるのだろうか、いや、彼らが手伝ってくれなかったとしてもライマたちなら……本当に?彼らだってもしかしたら手伝ってくれないかもしれないのだ。今はこうして仲良くしてはいるものの、用が済んだら始末される可能性も十分にありうる、彼女は昔読んだ後味の悪い結末の古い小説を思い出していた。
「エリア?ごめんなさい、あまり言いたくないことだったかしら、無神経だったわね」
やけに深刻な顔をして思いつめているエリアに、サビーナはまずいことを聞いてしまったかもしれないと己の浅はかさを恥じて詫びたが、エリアの耳には届いていないようだった、それどころか彼女は十代後半の少女がするような目ではない目をしてブツブツとムゥロ語でつぶやき始めたために、彼女の心に巣食う闇の深さを垣間見てしまったのだった。どうして彼女がそれほどに心を病んでいるのかは出会ったばかりであるサビーナにはわからないことであったが、少なくとも彼女の心には酷く深い傷が刻まれて化膿して腐り始めているということはわかるような気がしていた。
「エリア、あなたはどうしますか?」
ライマが彼女の肩を叩いて尋ねたことでようやく考えることを止めたエリアは、なんのことかわからずにぽかんとした表情で三人を見つめ話を聞いていなかったことを詫びる。
「ごめ、聞いてなかった……」
「なんだ、疲れたか」
「あー、多分……」
「私も実は気分が完全に良くなったわけじゃないので……」
休憩したことで一見元の具合に戻ったように見ていたが、実際はライマは微妙に吐き気を残していたので本当は早く横になりたかったので、エリアが疲れているとわかり自分もと便乗していた。
「仕方ない、とりあえず二人は寝ていてくれ。サベナといったか、宿まで提供してくれたことに感謝している、ありがとう」
「サビーナ、ね。伝えとくよ」
エリアは彼の話と今日は休憩するということを伝えた。この後しばらくして食事をとった彼らはライマは寝かせておいて、通訳のためやむを得ずエリアには起きていてもらい彼女を通して明日のことを遅くまで話し合っていた。




