Le toit de favuer(細やかな礼)
エリア達は街の入り口で検査のための列に並ぶ。入り口には駆け込みで訪れたものが多く彼女たちはその集団に巻き込まれてしまったのだ。いつまでも長くうだうだと並ばされる列に、彼らは待ちくたびれる。
「本当にたくさんのリガーラがいますねえ」
布越しにもごもごとくぐもらせた声でライマが呟く。彼女からしてみると、ここまでのリガーラをいっぺんに見るのは初めてでしかも彼らは多種多様な服装、肌の色をしておりそれだけでも十分にドラクラットにとって稀なリガーラを観察する機会でもあった。
ドレスは顔を殆ど動かさずに周囲の人間たちを観察するが、これといって自分たちに注目しているような視線は感じられない。それもそのはず、彼らのように顔や体を全体的に覆っている者たちが多かったからだ。この地方の風習か、それとも宗教によるものか。ドラクラットである彼には図りかねるものではあったが、注目されないで困ることは無かった。
ようやく彼らの番になり、一人ずつ危険なものや持ち込みが禁じられているものがないかを検査していくが、かなりサビーナが言っていた通りザルであった。だが、女性であるエリア、ライマ、サビーナは男性陣よりも必要以上に体を障られるだけでなく胸や尻も軽く揉まれエリアは布の奥から怒りの炎を燃え上がらせたが、ここで怒りに任せてひと暴れしてしまえば折角のサビーナたちの好意も無駄になってしまうどころか彼らに多大なる迷惑をかけてしまう。彼女たちは短い辱めに耐えゲートをくぐる。
「ごめんなさい、言っておくべきだったわ」
サビーナが申し訳なさそうに詫びを入れると、エリアはそんなことはないと否定した。
「仕方ないことでしょ、そういうのもいるんだって。サビーナのせいじゃないよ」
「そう、ありがと」
それでも彼女は申し訳なさそうな顔をして見せた。のっぴきならないようなできごとがあったものの、彼らはようやくバシュターンの街の中へと入ることが出来た。中の光景を目にした彼らは皆目を丸くし賑わいぶりに驚いていた。陽が落ち始めたというのに人々の活気は留まることを知らず何百という人間が建物や市場の出店の間をごった返して行きかっていた。ムゥロも今の時代ではあの地域でもトップクラスに人々の往来があったものだが、ここはそれとは比較できないほどの数の人々が大勢集まっていたのだ。
「すごいですねえ……」
ライマはその場に立ち尽くして目の前の信じられない光景に茫然と立っていた。まさかここまで人が多いものだとは思わなかったために、彼女はどう動けばよいのか困っているようでいざ歩こうと思っても絶え間ない人々の隙間に入ることが出来ず、半歩足を出しては戻すを繰り返していた。それだけでも面白かったのだが、エマーヘルすらも同様に困り果てているようだった。
そこでドレスはどうだろうか彼を探すと、斜め後方にて彼は人の濁流にのまれてはいたものの、なんとぶつかってくる人々をものともせず、流されずにその場で直立不動で前を見ていた。
「これはこれで……」
面白いものがあるなあ、などと小さく笑いを漏らしていると少し離れたところからサビーナがエリア達を呼んでおりいつの間に向こうに行ったのだろうかとすぐにドレスたちを引き連れて彼女の元へとかき分けていった。
「はぐれたら大変よ?」
「ごめんなさい、ライマ達が人ごみに慣れてなくて」
「あらそうなの。まあでもすぐに慣れるわよ、ここに二、三日もいればね」
「だといいけどね」
できれば慣れるだけでなく振る舞いなども人間と同じようにふるまってくれればありがたいが、何をしでかすか分かったものではない。今までのことを思い出す限りはあまりそんな変なことをしそうには思えないが、ただ少なくともこの街とその周辺一帯では変身をするような真似だけは避けてほしいものであった。
「これからどこに?」
エリアとしてはお腹もすいたので夕食にしたかったが、彼女曰く今の時間帯は食堂は混んでいるので一旦宿に向かうとのことだ。そう聞いてエリアは一つの懸念が浮かんできたので彼女にそのことを尋ねる。
「宿ってお金持ってないよ、この地域の」
不安げにそう述べるエリアに、サビーナは笑って心配しないでと答える。まさ宿代まで出してもらうわけにはいかないと慌てるエリアであったが、お金はかからないそうだ。何故かと問うと、
「そこは村のものが経営してる宿だから話を通せば問題ないわ。というかもう多分伝わってるんじゃないかしら」
「はやーい」
「そういうものよ」
そういうもの、なのだろうか。エリアは首を傾げてとりあえず自分を納得させておくことにした。いつの時代も、情報の速さは重要なもので、特に珍しいものや人の悪い噂なんてものは本人や広めている当人たちが思っている以上に周囲へと伝わっていくのだ。
手を繋いではぐれないようにしているエリア達は、町の外壁の麓、しっかりとした造りの建物の立ち並ぶ通りへと出た。ここは表と比べると随分と静けさを感じられるもので、十人以上は少なくとも通りを歩いているが皆声を張り上げたりすることもなくただささやかに歩いていた。
「ここら辺は宿通りだから騒いじゃだめなのよ、法で決まっててね」
エリアは法があるということに驚いた。まさかムゥロ以来に法のある人間の集落に出会えるとは思いもよらなかったのだ。今までであってきた人間だけでなくドラクラット達も、法という法を感じられなかった者たちばかりであり、この世界にもはや秩序というものは消え失せてしまっているのだとばかり思い込んでいたが、まさかそう遠くないうちに出会えることになるとは思いもよらなかったエリアは、秩序だった街という事実に安心したように体の力を抜いた。
「伝えとくね」
そう言って後ろを振り返って未だそわそわしているライマ達(もう既に手は繋いでいない)に先ほど言われたことを伝えておいた。
「わかった。秩序は文明に必要な決まりだからな」
「静かにしますね」
ライマは頷くと人差し指の腹で何度か唇を右から左へと当てていった。恐らくドラクラットの静かにするという仕草なのだろう。勉強せずとも彼らの言葉はわかるのにこういった文化や習慣がわからないのは微妙に不便である。
サビーナに導かれ四人は角にある宿の入り口の前に立った。建物は木と焼きレンガ、そしてかつて何かに用いられていたのであろう鉄板をちぐはぐに組み合わせて作られており、見てくれで判断するとどうにもボロ屋にしか見えぬため、エリアは内装に不安を抱いたが、中には行ってみるとその考えを改めることとなった。
外見に反して中身はしっかりと作られており、内装は出来る限り湖畔村の家々と同じような造りで床も編に軋んだりはしなかった。サビーナは真っ先にフロントに向かうと店番であろうかそれとも宿主であろうか、初老の男性と現地語でしゃべり時折エリアたちの方を見る。恐らく話はうまく通ったのだろう、老人はフロントから彼女たちの方へ歩み寄ると笑顔で迎え入れてくれた。
「家族を救ってくれて感謝している、妹が住んでいる、だって」
サビーナが簡単に訳してくれたので、エリアが更にそれを後ろに伝えるとドレス以外は笑って応える、ドレスはというと、表情を変えずに小さく会釈をするにとどまっていた。
「三階の大部屋を貸してくれるみたい」
と、老人、の後ろに護衛に挟まれたサビーナ、その後をエリア達がごちゃごちゃと続いて階段を上っていく。階段は結構狭いので、背の高いドレスやエマーヘルは肘を何度も壁にぶつけながら昇っていった。




