Lake Town(湖畔村)
エリアたちが滞在している人間の村は、彼らの言葉で海の近くにある村だと通訳を務めてくれているサビーナは、笑顔の素敵な三十代の女性であった。彼女は先日まで大きな街に出かけていたため村が襲撃されたことを知らなかったのだが、そのことを知るとまたかと慣れたことだとでもいうような反応を見せており、いかにこの地も野蛮人どもに危険に晒されているかの一面が伺えた。
英語を話す彼女は大きな街で育ったために覚えたそうだが、やはり結構ローカライズ化されていることもありエリアの話す英語とは通じない部分も合ったが、その点は他の単語や言い回しを用いることでカバーしていた。ただし、エリアの英語が正しいかと言えばそうではなく、彼女の英語もまた同様にロマンス語系の影響を色濃く受けている英語であるため、かつての英語話者とは話がうまく通じなかったであろうことは想像に難くない。この時代に、文明が維持されていた二十二世紀までの各言語に限りなく近い言語は果たしてどれだけ残っているのだろうか。あの膨大な人口を誇る中国語でさえ、かなり変化してしまっているはずである。何故なら、第五次世界大戦の終結までに中国系の人種の人口を五十万人ほどにまで落としていたのだから。
もはや人類共通語すら形を失いつつあるこの時代で、例え訛りが酷かったとしてもこうしてはるか遠くの異国の地でもコミュニケーションが取れる存在というものはありがたいもので、彼女のような存在の重要性をこの小さな村の人々も理解しているようだった。彼女の隣には常に屈強な戦士が控えて辺りに目を光らせているのがその証拠だろう。むき出しの彼らの逞しい腕にエリアは目を奪われながらも、サビーナと色々な話をした。エリアの故郷が謎の飛行機の群れによって破壊されたこと。自分たちは特殊な部族の末裔で仲間を探して旅をしているということ、自分たちは変身が出来るのだということ。
サビーナはどれも親身になって聞いてくれて、故郷も家族もいっぺんに失ったエリアに同情してくれただけでなく、荒唐無稽な変身の話もまじめに話を受け入れてくれたのだ。そのわけを彼女に聞くと彼女はささやかに笑ってこう述べた。
「今は遥か昔と違って秩序も法もない呆れた時代だもの、皆悲しみを背負っているからその悲しみを分け合って心の負担を軽くしなくちゃね」
その言葉に、エリアは心が打ち震えていた。こんな時代にこれほどまでによくできた人間がいただろうか。少なくともムゥロの外に出てからというもの、そういった人物はまず見ていない。
「それに、普通は竜に変身するなんて信じないわよ、私も。でも他の人たちは見たって言ったもの。大きな大きな鳥が小屋ごと盗賊をぶっ飛ばしたって」
「ああ……」
小屋はドレスの一撃で武器無しでは考えられないほどに大破しており、まず普通の人間の力では出来ないことくらい誰にだってわかっていた。言葉と痕跡、これだけそろっていれば信じて当然だと、彼女は語る。
「さてと、じゃあ明日の予定について話しましょうか」
しんみりした空気を入れ替えるために、彼女は明日訪れる予定の街と行程について話し始めた。
「明日は日が浅い角度まで登るころに出発するから寝坊しないでね。移動は馬車でいくわ。そのほうがあなたたちが自分の足で行くより目立たないでしょうし。それで到着は陽が沈むころになると思うからその点は留意しといてね、結構疲れるのよねえ。それで街についたらなんだけど、私たちが手続きを済ませるからあなた達は黙って後ろについてきてくれればいいわ。街では変なことはしないこと、警備兵に捕まったら多分助けられないから」
「どれくらいいられる?」
エマーヘルが頭に手をやりながら尋ねる。
「いつまででも。出るときは自由よ。入るときに一応の検査のようなものがあるだけだから」
検査という言葉にエリア達は動揺するが、サビーナは笑ってその不安を打ち消すように簡単に説明する。
「大丈夫大丈夫、形ばかりでろくに調べられないわよ、だって怠け者だもの管理員たち」
「だとよいのだがなあ」
一人平気そうな顔をしているエリアに反し、エマーヘルたちの顔には不安が強く残っているようであった。何せ、彼ら三人にはリガーラが大勢で住んでいる街など初めての経験だったからだ。赤ん坊の頃よりムゥロで育ったエリアにとって、人間だらけの街は何もおかしなことは無く寧ろそれが自然であり当たり前であったため慣れたものであったが、何百人単位での住人がいるというだけでも考えられぬだけでなくそれらが全て皆ドラクラットではなくリガーラなのだから、彼らの胸中も穏やかではなかった。
「そんなに不安なら私たちがついてるから、聞き込みだって私が通訳したげるよ、エリアは話せないでしょ、ペルシャ語」
「うん」
ペルシャ語など聞いたこともない。ここの村人たちが話している言語だそうだが、さっぱり理解できなかったのはそのせいであったのか、と彼女は頷いていた。
「じゃ、準備しようか」
そう言って彼女は立ち上がると、護衛を伴って家の外へと出る。それに従ってエリア達も外へと出ると、彼らは早速明日のための荷造りをし始めた。
翌朝、エリア達を伴った一団は一路南へと向かう。気持ち馬車が急ぎ足なのは、エリアがうっかり寝過ごしてしまったためであった。二台の馬車を囲うように八騎の馬が駆けていく。前方の馬車の荷台にはエリア、エマーヘル、ドレス、ライマ、サビーナ、それと護衛のフサンとムハンマドが乗り込んでおり、後方のには荷物が載せられている。がたがたと揺れ続ける荷台の中で、ライマは酷く顔を青ざめさせてべったりとエリアにもたれかかっていた。
「酔った?」
心配したエリアの差し出した水筒を受け取ると、ライマは今にも嘔吐しそうなほどえづきながらまるで死にかけの人間のように水を口の端から垂らしながらか細く飲んでいたので、不思議に思ったエリアは彼女に尋ねる。
「私と一緒にあれに乗った時は全然酔って無かったのにどうしたの?」
すると彼女は水筒を返すと蚊の鳴くような声で声を漏らし始めた。
「あ……あれとはオエッ、揺れっ方がっ……ちが、違い……グウッオエッ!」
そこで完全にライマは口を閉ざすと、顔を幌の外に出したまましばらくこちらに顔を向けることは無かった。他の者たちは一向に平気な顔をしているのが、この時の彼女には心底恨めしく、そして不可思議に思わずにはいられなかったのだった。どうして自分だけが、そう思いながら彼女は酷くやつれた顔で馬車の荷台の上で揺られ続けたのであった。彼女が解放されたのはそれから実に八時間もたってのことであった。
少しばかり早めについてしまった一行は、しばらくライマの体調を整えるために街の外で休憩採ると、エリア達は少しばかりの変装を身に纏う。様々な者たちが街には交易にやってくるため、少しばかり変わった出で立ちをしていても問題はないのだが、それでも念には念を入れてのことと、やはり顔の紋章や服装なんかはどうしても人目を浴びかねず、誰かしらの記憶にも残りやすいであろうことが予想されたため、彼らは顔を覆うことを重点的に変装を行った。
エリアは目だけを出すように長い布を頭に巻き、服は上着を脱いで腰に巻き上から水色の布を纏った姿に。ライマは同じようにしているが、髪をまとめて軽めに編んでいる。エマーヘルは上半身裸になって布を巻きつける、この地方でこの季節に男性がよくしている恰好へとなった。ドレスはというと、半そでのシャツに白いマントを羽織った軽装の旅人の出で立ちを。男性陣もまた女性陣同様顔をいくらか隠している。
「じゃ、いいわね。行きましょうか、バシュターンに」
彼らは再び馬車に乗り込むと、あと二キロほどの道を進んだ。一体、バシュターンの街で彼らを待ち受ける運命は……如何に。




