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Schwarz Drache ~黒き竜の少女と果て無き旅の果てに~  作者: 戦艦ちくわぶ
Ⅰ La ragazza nera(黒き竜の乙女)
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Drache(竜)

 竜、伝説上の生物。よくおとぎ話なんかでは村を襲ったり、お姫様を攫っては毎度カッコいい正義の王子様に打ち倒されていた、そんな印象しかない生物だ。特に意識したことは無かったが、改めて見てみると、その神秘的な魅力に魅せられてしまう。他の本にも竜に関する記述がされていることから、きっとこの部屋の主も同様に竜の魅力に感動したのだろう。

「美しい……」

 無意識のうちにそう呟いた。

「君もそう思うかね」

 突然、正面から低い男の声が響き、目を見開いて顔を上げた。彼女の目に映ったのは、ブロンド髪を撫でつけた、年を取った大男であった。男はゆっくりと彼女に向かって歩み寄りながら、語り始めた。

「竜とは、神話やお話にしか出てこない想像上の生物、数千年の間誰もがそう思っていた。だが、違った。人類がその数を大幅に減らした頃から、彼らは少しずつその巨躯を我々の前に見せ始めたのだよ」

 男は英語で語った。

何故だか分かるかね、と彼が尋ねる。少女は身構えたまま距離を取りつつ、首を横に振った。すると彼は

「これはあくまで私の憶測だが、昔竜の一族は人間との争いに敗れ、人目につかない奥地に姿を潜めたのではないか、と。それ以来ほぼ彼らは人類から隠れ続けた、がたまに例外もいた。海の民という民族をご存知かね。彼らは水を司る竜の一族だったのではないかと考察しているのだが」

 そう言って彼は言葉を重ねる。

「私はある時からそんな彼らに興味を抱いてね、それでずっと彼らの研究をしているのだよ。それが、ようやく、長年の願いが叶おうとしているのだ。しかも丁度今朝方のことだ。君の仲間かもしれない者がやってきてね。頓狂な奴だったが、彼は私の知りえぬ彼らについてのこと、間違った情報について親切に教えてくれたのだ」

「どういう……」

 思わず聞き返した。さっきからこの男は何を言っているのか理解に苦しんだが、どうも頭が狂っているようには見えなかった。本当に狂っている人間を彼女は知っている。男はその質問に満足そうに微笑むと、傍の本棚から一冊の緑の本を取り出した。タイトルは染みと暗さとで読めなかったが、きっとそれも竜について記されたものなのだろう。彼は真ん中あたりを開くと、ある一節を朗読し始めた。

「竜はその地域によって姿や呼び名が変わり、またいくつかの部族に別れていた。私は大きく六つの部族に分けた、火竜族、水竜族、土竜族、雷竜族、木竜族、そして光竜族と。更に何十という村々に分かれ、世界各地に点在していると思われる……少し飛ばそう……ここが重要なところだ。彼らは日常生活において竜の姿ではなく、我々と同じような人間の姿をしているのだ」

 そこで一旦彼は言葉を切って、少女に目を戻した。見つめられた彼女は、何が言いたいと言う風に彼を睨み返す。まさかではあるが、自分がその竜だとでも、と。だが彼が続けた言葉に、彼女は耳を疑った。

「彼らの容姿は耳が尖っており、顔のどこかに自分の属性を表す印を生まれながらに刻み、目の色は右目を父親の属性の色、左を自身の属性の色をしている。また、彼らは非常に力強く、女性でも成人男性以上の力を備えている」

 そこまで言うと口をつぐみ、また微笑んだ。その笑みは友好や慈愛を示すものでは無く、捜していた物にようやく会えたというような、少し邪なものであった。

「あ、あり得ない」

 首を振る。何故こうも自分の容姿と一致しているのだ。自分が両親の子ではないことは知っている。あの家に住んでいた者は皆そうだった。だがまさか人間でさえないというのか。初対面の男が言うことにも関わらず、彼女の心は大きく動揺し芯から揺らぎ始めていた。彼は語る。

「この本を記したヘルマン・ハインケルというオーストリアの作家は、よく自ら旅に出てその体験談を本にしていてね。時には十年以上姿を消していたらしい。晩年この本を出版すると、世間は彼が遂にとち狂ったと決めつけてね、その二週間後、書斎で心臓を貫かれて死んでいたそうだ。公には凶悪な強盗による殺害とされたそうだが、私はそうは思わない。彼はあまりに詳しく彼らについて書き過ぎたのだ。だから彼は彼らの安寧を脅かすものと見なされ、彼らによって殺された。いままでいくつもの彼らに関する書籍が出版されていながら殺害された著者は彼くらいだ。つまり、それは彼の書いたことがほぼ真実であったということの裏付けなのだよ」

 彼女の呼吸は荒くなり、心臓はけたたましく拍動していた。ムゥロで感じた衝動が、また沸き起こる。何故かはわからないが、破壊衝動に駆られる。彼女の理性がそれを抑えようとしても、内なる怪物が暴れようとしているのだ。

「見せてくれ、君の真の姿を」

ハワードは大きく詰め寄り、少女の美しいオッドアイを覗き込んだ。

「く、来るなああーーーー‼‼」

彼女の両腕に驚異的な力が宿ると、デスクを握り潰さんばかりの握力で掴み、ハワード目がけて力一杯投げつけた。数十キロもあるデスクが軽々と放り投げられ、すんでのところで彼はそれを躱したが、寄る年波には勝てず倒れこむ。投げられたデスクはそのまま入口に大穴を開け、偶然通りかかった士官を押し潰した。突然の轟音と衝撃に基地中に警報が鳴り響く。兵士たちが慌ただしく動き始め、基地の内外で敵の姿を探し始めた。

「ハアー、ハアー……」

 彼女は大きく肩で息をしながら、ハワードには目もくれず部屋を走り出た。急いで脱出しなければ!目の前に現れた兵士を、彼女は肩からぶら下げたライフル銃で射殺していった。目の前で自分の手によって命を落としていく人間に目を背けながら。

 出口のドアノブに手を掛けようとすると、何かが自分を呼ぶ声が聞こえた。頭の中に、今までなかった感覚が生じているらしく、上手く言葉で表せないが、この施設の先から何かがSOSを発している気がするのだ。彼女は出口のドアノブに掛けた手を放し、左へと進んだ。

「少将、御無事ですか!」

 駆け寄って来た兵に助け起こされ、ハワードはゆっくりと立ち上がる。久々に感じた恐怖と同時に、言いようのない高揚を感じた彼は、不敵な笑みを浮かべながらただちに少女の捜索を行うよう命じた。

「絶対に殺すな!生かしたまま捕えるのだ」

「ハッ」

 素晴らしい。やはり竜人の力は最高だ。彼は上着の誇りを払うと、アンティーク調の拳銃を片手に、自ら少女の後を追って行った。


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