Una orfana(捨てられた幼子)
「これがその写真です。ぶれていますが確実におかしなものというものがわかります」
制服に身を包んだ七三分けの生真面目そうな男が、一枚の引き延ばした写真を席に座っている初老の男に手渡した。彼は写真を受け取ると机に置いてあった老眼鏡をかけその写真をまじまじと見つめる。その眼はすぐに輝きを取り戻してなんども頷いては写真に満足しているようだった。写真に写っていたのは一筋の太い線が空に向かって伸びている様子である。その写真は残念ながらひどくぼやけてしまっているためにそれがいったい何なのかということまでは判別することは叶わなかった。しかし、男にはそれでも十分な程に素晴らしく、鮮やかな資料として捉えられ彼にとってはこれがゴッホのひまわりにも勝ると断言できるほど価値のある物であったようだ。
「これを撮影した二〇二号機は生憎ポイントUへの偵察飛行の帰途にあり燃料が乏しかったため引き返しての偵察はできなかったそうですが」
「そうか、そうか……」
報告をした彼は、何故目の前の人物はこのような謎の写真に、しかも写り方の悪い写真でもこうも満足げにいるのかが理解できずにいた。普通なら資料としての価値はないとみるかこのような写真を撮ってきた偵察員に不満をあらわにするなどの対応を見せるはずだが。
そんな猜疑心を抱いていた彼をなおの事驚かせる発言を、この直後に男は発する。
「二〇二の搭乗員には昇給を与えてやらんとな……PXのアルコール券もくれてやろう」
「え、は、はあ……」
この程度で昇給とは、いったいあの写真に写っているのはどんな重要事項なのだろうかと、まさか知ってはならないものを今自分は触れてしまったのではないかとあらぬ不安を抱える彼に、男はすぐさま同空域に偵察機を飛ばすように指示すると下がらせた。
「では准将、失礼いたします」
ハワード・ゲイツシュバステン空軍中将は浅く頷くと写真をスキャナーにかけて自分のパソコンに取り込んでいた。日に日に竜の民への距離が近づいているのを実感していた、彼らと遭遇するためにこうしてわざわざ東方への更なる進軍を名目に大飛行部隊をこしらえたのだ。成果が出てもらわねば困るというもの。未だあの日以来彼らとは遭遇が出来てはいないものの、この確かな進歩に喜びを感じるばかりである。
ドラクラットを求める男の手が、着々と彼らに迫っていた。それを知るドラクラットはどれだけいるのだろうか……
一方その頃、エリア一行は南東へと向かって飛行していた。当ては今の所無いが、とりあえず今回はエリアが立て続けに同族からの暴力を受けるのを避けるために人間たちの街を目指すこととしていた。既にアジア圏内に入っている彼らは、昔でいうカザフスタン西部周辺を飛んでいた。この中ではドレスが二年前に訪れたことがあるそうだがその時は人間たちの居住地ではなく人の気配が消えて百年は経過したように感じられる大自然の中で寝泊まりをしたらしい。彼が言うにはその時は大きな海がすぐそばにあったそうだが、現在彼らが飛行している高度からは雲が低空まで覆いつくしており、これ以上高度を下げると人間たちに見つかってしまいかねないため、普段は雲の上を飛行しつつ一瞬だけ安全のために雲海の下に出ては現在地を確認するという手段をとるほかなかった。
人間から姿を隠すのは重要だが、あまり雲の中にもいることはできない、何故ならライマの背中には傷ついたエリアが人間の状態で括りつけられているためだ。弱った彼女を長くびしょぬれにしたまま風に当てるわけにもいかず、彼らはやむを得ず地表に降りて暖をとることとした。
まず先にドレスが地表へと近づき周囲の安全を確認すると次にライマが降りていく。エマーヘルは着陸態勢に入った無防備な彼女を護衛するために彼女が完全に着陸するまで空を旋回しつつ見守ってからようやく地表へと降り立った。
エマーヘルが変身を解くころには、既に最初に降り立ったドレスがライマの背中に上ってエリアを降ろしており、エリアが降ろされたのを確認するとライマもようやく変身を解いてすぐに火を起こしにかかる。エマーヘルも道すがら小枝を拾いながら三人の元へと向かうが、この地域には木があまり見られず背の低い草が乾燥気味の大地に茂っているばかりで、サリエナとは全く異なった景色に世界の気候の違いを見て感動していた。
「水を汲んでこよう」
エマーヘルはそう名乗り出ると変身してバケツを括った紐を器用に爪に引っ掛けると低空で近くの海へと向かっていった。あまりにも彼が低空で飛行するため、羽ばたいた羽先が地表近くの草や背の低い木に放電して焦がしてしまっていた。
「薪を拾ってくる」
ドレスも荷物を置くと変身して木のある方へと飛んで行ってしまった。今いるのはエリアとライマだけである。ライマはいい機会だとエリアの服を脱がせ半裸にすると鞄からタオルを取り出して彼女の頭や体を拭っていく。
「寒かったですね」
さぞや人間の姿で空を飛ぶのは堪えただろうとライマは心配そうに彼女の体を拭いていると、エリアは小さく首を横に振ってこう言った。
「ううん、ライマの体ってなんだか暖かかった」
「あら……」
思わぬ言葉に、彼女は胸の奥に来るものがあり、涙目になってしまった。慌てて取り繕うように言い訳のようなものをしていた。
「そ、それはっ私が木竜族だからでしょう!木竜族は体に植物を纏いますからね」
「ふふっ」
そう笑うエリアの顔の腫れも随分と収まったようだ、いつもの美しく整った顔が青痣を残しているものの再びその顔を見れたことをライマは嬉しく思った。彼女は実感していないが、もう完全に闇竜族に対する嫌悪感や恐れなどは残っていなかった。それはあくまでエリア個人に対してのみなのかもしれないが、少なくとも他のドラクラットと比べると闇竜族に対する悪い感情はかなり少ないだろう。ライマは素早く下の方も拭いてしまうと濡れた服を火の傍に掲げて代わりに新しい布団でくるんでやった。
「よっと……」
エリアは腕で体を支えながら起き上がる。
「大丈夫ですか?無理をしないほうが」
心配する彼女に大丈夫だと断りを入れると彼女は布団にくるまったまま火を見つめながら話始めた。
「私だってドラクラットだから、結構丈夫だよ…………私ってさ、ドラクラットから生まれたんだよね」
「ええ、そうですね」
以前にも話したが、ドラクラットとリガーラの間では子供はできない。染色体が異なるためだ。
「つまり私の両親は育ての親で、本当の親がどこかにいるってことじゃない。まあ知ってたけどね流石に。だって親はどっちも黒人だけど私は白人だもん、いやだと思ってたが正しいのかなこの場合。それに家の子供は皆拾い子だったからね。自分もそうであることくらい誰だって察せてたよ。それでも両親は本当の親だった」
彼女の話にライマは黙って耳を傾けていた。ライマが新たな枝を火にくべると、パキパキと音を立てて炭化していく。
「いつか旅を続けてたら生みの親にも会えるかな」
「会ってくれるかな……」
続けてエリアの口から出たその言葉に、ライマは胸を締め付けられる思いでその苦しみを紛らわせるように余計に枝をくべていく。
「多分会ってくれないだろうし会ってもわからないよね私も、向こうも。ばれたくないだろうしね、だって闇竜族なんて産んでた上にそれがばれでもしたら困るよ誰だって」
ライマはふとエリアの顔を見やると、彼女の頬に炎の明かりが反射する一筋のものをみた。それを見た瞬間に無意識の内に彼女はエリアを抱きしめていた。彼女の気持ちを、悲しみを少しでも和らげることが出来るなら、自分が出来ることなら何だってしようと彼女は心に誓う。




