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Schwarz Drache ~黒き竜の少女と果て無き旅の果てに~  作者: 戦艦ちくわぶ
Ⅰ La ragazza nera(黒き竜の乙女)
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Night of Trigger (引き金の帳)

 彼女は葡萄酒を一口飲むと、パンを齧った。酒には強い体質を持っていることが幸いし、それなりに飲んだが全く持って酔いが回る気配はない。この時ばかりは自分の体に感謝していた。それにしても、食べ飽きた黒パンよりも白パンの方が食べたい。故郷では農地が限られていたため白いパンなどは領主などの特権階級か、金持ちぐらいしか口に出来なかった。いくつもの要素が過去の文明の残滓を残している中、ここだけはなぜ中世なのか彼女には理解できなかった。それには昔のような企業による大量生産体制が用意できなかったり、広大な農地が無いこと、他には盗賊に略奪されてしまうのを恐れていた等の理由があった。

「いい夜……」

 葡萄酒でパンを流し込んでしまうと、少女は空を見上げた。月は雲に隠れて姿を見せず風が木を揺らし雑音を奏でている。夜風が常に肌を撫で続ける。こんな夜を待ちわびていたのだ、まだまだ運は残っているみたいだ。残りをバッグに押し込むと重い腰を上げて基地のフェンスを睨み付けるとその一角はシカが空けたのだろうか、金網が抉れ丁度人が通れそうな具合に穴が開いていた。穴に近づいて先に鞄を中に入れると、服を引っかけないように彼女も基地内に入る。うまいことここはサーチライトの死角になっていて歩哨も小さな侵入者には気付いていなかった。

 少女は物陰を利用しつつ、基地をうろついている兵士達に見つからないように移動していた。初めての試みだが我ながら上手くいっていると感じた彼女は中心部を目指していた。彼女の考えでは、貴重な乗り物なら中心部に大事に大事にしまい込んでいる筈だろう、とのことのようだ。だが生憎ながらAPCなどが保管されている格納庫は基地の出入り口、彼女の入った反対側にあったのだ。そうとも知らない彼女は着々と基地中枢に接近していた。

 中心にある建物の裏口前に到着した彼女はその前に停めてあった車両に身を隠しつつ、タイミングを窺っていた。時々少数の兵士が出入りするくらいらしく侵入はし易そうであったので彼女は目を瞑り、深く呼吸をして精神を落ち着かせる。

(メトナ神様、どうかこの哀れな少女にご加護を!)

 ムゥロで信仰されていたディミティアーノ教の神にそう願うと、意を決して裏口に飛び込んだ。目にも留まらぬ速さで基地内を駆け抜けていく彼女は、まさに風の神メトナの加護を受けたかの如き走りをしていた。ここで彼女は何かがおかしいことに気付く。そう、バイクの一台どころか、工具さえ見えないのだ。まさかここはそういうところじゃないのか。そう気付いた時、ドアのガラスの向こうから一人、男が歩いて来ているのが見えた。

 反射で真横のドアに飛び込む。乱れた息を整えたいところだが大きく息をすれば気付かれる可能性があったため、苦しさを必死に堪えて息を殺した。心臓が緊張と酸欠とで破裂しそうだった。軍靴の靴底が床にぶつかり甲高い音を鳴らしている、音が徐々に近づいてくる。頼むからそのまま行ってくれ、懇願していると、近づいてきた音は次第に遠ざかって行きそして消えた。緊張が解かれ思いっきり深く息を吸い込むと、その場に座り込んだままでいた。

 空気が空になりかけていた肺にドッと流れ込んでくる。体の機能が回復していくのが全身で感じられた。指の先まで力が浸透していくのが分かる。

 まだ息が荒いまま彼女は立ち上がると、部屋の中を見渡す。どうやらここは誰かの書斎のようでデスクを中心に棚やファイルボックスが幾つも設置されており、たくさんの本が棚にぎっしりと詰め込まれていた。中でも目を引いたのが壁に掛けられていた竜の絵だった。彼女はそれを見つめ不思議な感覚を覚えた。何か血が騒ぐ、そう表現できようか。

 またデスクの上にも何冊もの分厚い本が丁寧に重ねられており、部屋の主の几帳面さが伺えた。そしてデスクの上にはもう一つ、見慣れない機械が。正面に回り込んでみるとそれは四角い板のようで、表面が光って何かを映し出しておりそれは例えるなら映画のスクリーンのように。その下にはアルファベットや数字の書かれたボタンのようなものがあるではないか。それはコンピュータというのだが、世界中から姿を消していたこの機械をヨーロッパの片隅に住んでいた少女が知っているはずも無く、昔から分からないものには触るなと教えられてきたので彼女はそれには手を触れず代わりに本に手をかけた。

 表紙に記されたタイトルには、『The Creatures of Mythology』とあった。神話上の生物、ヒュドラ等だろうか。分厚いワインレッドの表紙をめくると、古めかしい書体で目次が記されておりパラパラとページを捲っていく。異なる動物同士のパーツがくっついた気味の悪い生物や、はたまた角の生えた美しい馬、ユニコーン等が挿絵と共に詳細に書き込まれておりその内容の困難さを伺わせた。そのままめくり続けていくと、紙が挟まれたページに気付きそこまで飛ばす。紙は脆くなった本の栞か付箋代わりに使われていたのだろう。固定されていないそれをどかすと、翼を持ったトカゲのような生物の挿絵が現れた。その生物は鎧を身に着けた騎士と争っているようで、その下の注釈にはジークフリート王子と悪竜ファブニールの戦い、と書いてある。


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