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Schwarz Drache ~黒き竜の少女と果て無き旅の果てに~  作者: 戦艦ちくわぶ
Ⅰ La ragazza nera(黒き竜の乙女)
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Barcch(バルチ)

 エリアが着替えている間に火を起こしていたライマは、袋からほうれん草と布の包みを取り出してこう言った。

「今日はカルパクがあるので卵と一緒に炒めちゃいます」

 ほうれん草はカルパクというようだ。包みは彼女の宣言通り中には卵が一個一個丁寧にくるまれており、飛行中でも割れてしまわないような工夫がなされていた。基本的に滑空で飛び続ける飛竜であるライマが卵を持っていたのも少しでも割れにくくするためであった。卵など割れやすい物を運ぶのは昔から飛竜人の役目であった。

「味は?塩?」

 と尋ねると、ライマは得意げに更に革の袋のようなものを取り出して袋の口を開ける。

「何それ」

 中は暗くてよくわからないが、ドラクラットの嗅覚が微かに獣臭さを感じていた。

「ジャグラーといいます。私の村ではジャケマーといいますが、動物の脂です。これは恐らく豚の脂ではないでしょうか」

「なるほどぉ」

「動物の脂は羊の胃袋などで作った袋に保存するのですよ」

 動物の胃袋とは驚きだ。そういう方法もあるのか、と彼女は感心していた。

「じゃあ炒めましょうかね」

「じゃあ、私切るね」

 と、エリアはほうれん草を切るのをかって出る。ライマからまな板とナイフを受け取ると、エマーヘルの汲んできた水で軽く土汚れを洗い落すと五センチほどの感覚で切っていく。三束のほうれん草を切ると、フライパンにジャグラーを温めていたライマが受け取り、炒めていく。油を吸い込み熱を受けたほうれん草は見る見るうちに緑が濃くなり、しんなりとしていく。とてもいい匂いが辺りに立ち込める。そこに塩と香辛料をいくつか加え、最後に卵を割り入れる。先に器で溶くというような手間はかけない。荷物は出来るだけ少なく、汚すものも少なく、が旅の基本であるから。

「エマーヘルは何をしてるの」

 ライマの調理風景を見ながら、エリアはエマーヘルが座って何やら作業をしているのを目に留め声をかけた。声をかけられた彼は、顔を上げ手に持っているものを見せた。

「ナイフ?」

 そう、彼の持っていたものは一本のナイフであった。刃は大きく長い。恐らく刃渡りは三十センチはあろうかという凶悪さだ。あれならどんな野獣だって殺せるのではないだろうかとエリアは身震いした。彼はぼろきれでそのナイフを大事そうに磨いていたのだ。焚火の炎に照らされて鈍く輝くそれをエマーヘルは再び磨く作業に没頭する。よほど大事なものなのか、戦闘に備えているのかはわからないが、彼の大切なものであることだけはわかった。

(もし落としたら卒倒するんじゃないかな)

 彼にとって縁起でもないことを思い浮かべて笑みを浮かべたエリアは、それを見られないように顔を袖で隠した。卸し立てのセジエは、独特の良い香りがした。そして少しだけライマと同じ匂いがした。

 炒め物が終わったライマは、中身をそれぞれの木皿に取り分けると、そのフライパンでそのまま調理を再開する。今度はいつの間にか手元に置いてあったキノコを使うようだ。彼女が取り出したキノコは始めてみる姿をしていた。白くて、手のひらサイズ、なんだかホワホワとしているようでよく見ると全身に突起がある。他のキノコのようにつるっとした傘をしていない。

「これはキニエイテンテスで食べられているそうですよ。私は知らないのですが向こうではサジューサンと呼ぶようです。炒めればいいとか。これと一緒に炒めちゃえばよかったですねえ」

 と、彼女はほうれん草と卵の炒め物を指して言った。二人が初めて見るそのキノコの名はホコリタケというキノコで、実際はそこら中に生えているのだが、単に二人が見たことがなかっただけのようである。

 初めて扱うキノコにおっかなびっくりエリアは薄くスライスしていく。中身も当然ではあるが、真っ白であった。中には一つだけ黄色くなっている物もあったが、臭いを嗅ぐや食用に耐えないと察したエリアによってそこらへんに投げ捨てられた。

「ハイ」

「ありがとうございますね」

 切られたキノコを受け取ると、ライマはフライパンに放り込み先ほどと同じ要領で、しかし今回はジャグラーと塩だけで炒める。

「美味しいといいのですが」

「まさか毒キノコじゃあないよね」

 二人は顔を見合わせる。あの村のことだ、食用と偽って毒キノコを渡した可能性は無いといいきれない。二人はそのまま何度かフライパンと互いの顔を交互に見ると、ライマが大切なことを思い出したようで、あっと声を上げたためにエリアも声を上げて驚いた。

「そうですそうです。大丈夫ですよ。私、村の者がこれのスープ飲んでるの見ましたもん」

「そうなの?ほんと?」

「ええ」

「ほんとのほんとに?」

「当然です」

「大丈夫?」

「私の目を信じて」

「安全なんだよね?」

「うー、えっと、そのはずですけど……」

 連続してエリアに追及されたライマは、始めは自信ありげに豊かな胸をより張って答えていたが、回数を重ねていくと途端に自信がなくなったのか、声も尻切れトンボに目をそらし出す。

「ええー……」

 大丈夫だろうかこのドラクラット、などと疑いの目を向けていると、そのやり取りを黙って聞いていたエマーヘルが今なお火にかけているアツアツのフライパンに指を突っ込んで二、三切れ口に放り込んだ。

「ああーっ!」

「なんてこと!」

 二人は視界の端で行われたつまみ食いに、まるで蛮行のように反応しエマーヘルを非難するような目で見つめる。すると彼はしばらく口をもごもごさせて飲みこんでこう言い放った。

「ちょっと周りが硬いぞ。食えばわかるだろう食えば」

「呆れましたよエマーヘル……毒かもわからないのに」

 とライマが抗議すると、エマーヘルはもっともなことを言って彼女を黙らせた。

「お前は自分の目も記憶も信じられんのか。さっき大丈夫だといったばかりだろう。見てもいないエリアの口車に乗せられてからに」

「おあ、うう……ごめんなさい」

「どうしてライマが謝るのさ」

「ごめんなさい」

「ライマってそんなに謝るタイプなの?」

「い、いえその……」

 さきほどまで頼れるお姉さんのように見えていた彼女が、急に情けなく見えたエリアはちょっと彼女に失望しつつあった。裁縫も料理も上手で知識も沢山あるのにこの芯のぶれやすさが欠点なようだ。あと、地図の読めなさ。

「……外側を残して食べましょうか」

「そうだね」

 ライマは同じように皿に分けると、エマーヘルが運んできたバルチというライ麦粉を水と塩となんやかんやとを合わせて練り、焼いたものを一人一枚ずつ受け取り、炒め物といっしょに食べた。バルチはちょっと硬かったが、ドラクラットの顎にかかればふんわり白パンも同然であった。キノコのほうも外側は食べれないことはなかったが、内側にくらべると美味しくはないので真ん中だけ齧ると皆残した。

「バルチは沢山いただいてきたからまだ十分にある。カビらせないようにせねばな」

 東欧以東のドラクラットに食べられているバルチという丸いパンは故郷を少しほうふつとさせる質素な味わいだった。故郷で柔らかな白いパンを食べられたのは権力のあるものくらいであった。そういう決まり事があったというわけではない。単に他の黒パンなどと比べると高いというだけであった。それでも庶民が白パンを食べられる日が一年で一度だけあった。

 収穫祭である。秋の終わりに五日間もの間開かれる収穫祭は、ムゥロの人々にとって最大の楽しみであった。その日は領主が私財をなげうって町中の白パンを買い集め、庶民にただで配るのだ。一種のガス抜きとでも言えようか。

 エリアも例にもれずその日を毎年待ち遠しく感じていたが、何より五日間は町がとても賑やかになり皆が陽気で外からも人がたくさん来るのが面白かったのだった。

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