Nuova(新品)
(そろそろ日も落ちてきた。このまままっすぐ行くとその先に湖があるからそこで休むとしようか)
エマーヘルの声が頭の中に浮かんでくる。それに対しエリアはハイハイと適当に返事を返すと、アクセルを踏む足を少し強め、加速する。湖があるなら、落ち着ける。水は十分にあるし、お風呂にも昨晩に入ったばかりだが、水はいくらあっても困るものではない。それにこのダンゴムシには空っぽの水筒が一つと水が入りそうなタンクが一つ備え付けてあった。汲んでおこう。
辺りの景色は二時間ほど前から森ではなく未だ焼け跡の燻っているような黒い廃墟になっていた。きっと随分前に廃墟になったであろう場所のようだが、まるでついさきほどまで火の手が回っていたような錯覚に陥るほど、嫌な雰囲気のある場所だった。火事のあとというものは実に不気味である。
エリアが十歳のころ、近所で火事で一軒家が全焼したことがあり幼かったエリアは好奇心からその現場を覗き見したことがあった。既に火は消し止められていたものの、彼女は恐ろしいものを一瞬ではあったが目撃してしまったのである。警備隊に囲まれた真っ黒い塊。そこからは細い棒のようなものが二本上に向かって伸びていた。最初は椅子か何かの燃えた後だと思ったのだが、直後に頭のようなものを見て幼かった彼女でも直感的にそれが人間の燃えたあとだと気づき、言葉を失ったのである。その記憶が彼女の中でトラウマとなり、火事というものに対する嫌悪感が強かったのである。そこにムゥロの崩壊であった。
出来るなら目を背けて通り過ぎたいが、そうは問屋が卸さない。彼女は顔をしかめながら出来るだけ余計なものを見ないように最低限で進む。
この荒廃した世界で生きていくには、多くの傷を負わなければいけない。ムゥロのような都市はこの時代ではかなり恵まれた場所であり、図書館や警察組織、政府などささやかながらも文明のシステムが残され、ごくわずかではあったものの、学術書、映画、その映写機、僅かな車、電気、そういった人類の発展の道筋と言えるようなものが残され維持されてきたのだ。それらに触れる機会は少なかったものの、こうして初めて見る外の世界と比べると、如何にムゥロという場所が安全で快適であったかが身に染みてわかるというものだ。
場所によっては殺戮が今も繰り返され、ヨーロッパのような人類でも初期に文明化していたような土地でも、映画に出てくるアフリカの奥地の人食い族の如き蛮行が平然と行われている場所すらある。文字も知らず、自分たちがかつてこの星を支配した知的生命体の末裔ということを知らず、唸り声を上げて生活する人ならざる者もいる。かと思えば、シュバステンのように二十世紀あたりの文明を維持している場所まであるのだから、事実は小説よりも奇なり、であろうか。
エリアも十二までは教育を受けてきた。それからは生きていく上での必要な知識を教え込まれた。機織り、編み物、料理、掃除といった女の仕事から、牛の世話、穀物や木の実の収穫、釣りと言った外での肉体労働も。そうした知識を教えてくれた皆は死んだ。
エリアは目元を拭うと廃墟を駆け抜ける。もう湖を囲う林は目の前にきていた。
エリアが湖の畔にほどよく開けた場所を見つけると、そこにダンゴムシを止め久しぶりに地面に降り立った。グッと背伸びをして体をほぐすと、湖に歩み寄る。望筋で見ると水はよく澄んでおり綺麗なようだ。小指よりも小さな魚が水面に被さる大きな影に驚き逃げていく。
水を見ているとあることを思い出したエリアは、水筒に水を汲むと周囲に誰もいないことを確かめ突然森に飛び込んだ。
「エリア?エリアー?」
彼女に遅れること三分、地上に降り立ち人間状態に戻ったライマがエリアを呼ぶ。空き地の端にエリアの乗る輪っかが止まっているのでこのあたりだろうと考えていたが、返事がない。まさか野生動物に襲われたのだろうかと身構えると輪っかの近くの草陰に何かの気配を感じる。
「な、何?もう着いたの?ハハ」
草陰から飛び出してきたエリアに、ライマは驚いて小さく悲鳴を上げたが、すぐに胸を撫でおろして何をしていたのか尋ねる。彼女はどこか作り笑いをしている上にズボンの端を手でもっており、ベルトが結ばれていない。それに何故か空の水筒を持っている。
「何でもないってば」
「そうですか」
納得がいかない様子だが、これ以上詮索するのも無粋だろうかと考えた彼女はとりあえずそれ以上は何も言わないことにした。
「どうした」
ようやく着いたエマーヘルが、向き合う二人に何事かと尋ねるが、
「何でもないですよ」
とライマが話を終わらせる。
「そうか。なら荷物を広げようか」
エマーヘルは抱えている大荷物を地面にどっかと降ろすと荷物を広げ始めた。
「そう。私は水を汲んでくるよ」
ライマが荷物を降ろすと、エリアは荷解きをライマにするよう促し、自分はバケツを受け取ると湖に走る。このバケツはキニエイテンテスでぶんどってきたものだ。湖で綺麗な水を掬ってきた彼女が戻ると、ライマは既に荷物を小分けにしておりその一部は少し話したところに置いていた。
「これは?」
エリアがバケツを置きながら尋ねる。
「あ、それはエリアのものです」
「私の?」
「開けてみてください」
ライマは微笑んでそういった。
「なんだろ」
麻布と麻紐でくるまれたそれは、まあまあ大きい荷物だが、重さはあまりない。紐を解いて荷物を広げていく。
「本当はもう少し早くに渡せるはずだったんですがちょっと手間取っちゃいまして。今朝仕上げ終わったんですよ」
荷物を広げたエリアは、目を輝かせて中身を取り上げる。
「わあ……」
彼女の眼に映ったのは闇のように真っ黒な生地に、白地で独特の模様が施された上下の服であった。
「これ」
「ええ、あなたのセジエです。ご要望通りパルパスの形です」
なるほど確かにパンツスタイルの下だ。しかし、この見た目は見覚えがある。
「あ、気づきましたか?実はエリアの今着ている服を参考にしたんです。それ、動きやすそうですから。それに、実はセジエにはそれぞれ部族ごとにこう、スタイルといいますか特徴があるのです。私のように木竜族ですと上から透けたペルニエー(※1)をスキエントや上着の上に縫い付けます。炎竜族ですと襟がありますね。雷竜族なら、ほら」
と、ライマがエマーヘルのほうを指さすと、彼は荷物を整理しながら片手で服の表面に編み込まれている石を指さした。
「ケライマヌ(※2)をいくらか一緒に編み込むんですよ。ですが、残念ながら闇竜族のセジエに関する知識はもっていませんでした。ドラクラットの歴史自体から消されているんだと。ですから少し勝手にやらせてもらいました」
「……ありがと」
「よかったです。気に入ってもらえて。あ、下着も四着こしらえておきましたので使ってくださいね」
「そこまで……ありがとう、大事にするね」
エリアは笑うと、さっそく着替えるために服を抱え茂みの向こうに回った。
服を広げてみると、間から下着の包みが零れ落ちたので、拾い上げる。下着は実にシンプルだが、素材はセジエとほぼ同じのようだ。下着のデザインは現在のようにカラフルでレースのようなかざりっけはない。これは実用性や、製作期間の短さが起因するが、そもそもドラクラットには下着を飾るような感覚がない。下着はあくまで下に着る服。大事なのは上に纏うセジエである。
内容は上下の下着と薄手のシャツが各四着。これだけこの短期間でこしらえるのは大変だっただろう。特に途中からは彼女の看病に時間を奪われていた。確か他の者の力も借りたとか聞いた気がするが、それでも大変であったはずだ。彼女は服を抱きしめると、上下を脱いで下着とシャツを身に着ける。
着心地はよく、新品の服を着られるという珍しい体験にエリアは嬉しそうにほほ笑む。なんだかこの上着に袖を通すと力が湧いてくるようだった。
「どうしよっかな」
地面に落ちている、今まで着ていたどこかの軍服を見下ろして悩む。捨てていくのもいいが、この服はまだ着れる、それを捨てるのは勿体無いという気持ちの方が勝ったため、拾い上げると替えの下着と一緒に盛って戻った。もしかすると役に立つかもしれない。
※1 ペルニエー:レースのようなもの。
※2 ケライマヌ:ヘマタイト・赤鉄鉱 ケライマヌを磨き上げた珠を複数セジエを編むときに編み込む。
ケライマヌは変身の際鎧に取り込まれるが、戻ると一緒に元に戻る。




