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Schwarz Drache ~黒き竜の少女と果て無き旅の果てに~  作者: 戦艦ちくわぶ
Ⅰ La ragazza nera(黒き竜の乙女)
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Gibier(お肉が食べたい)

 森を行くエリアは、ある歌を口ずさんでいた。



 可愛い犬がかけていく


 マルティノ通りを軽やかに


 今日は子犬の誕生日 

 

 ご主人様がご馳走を 特別美味しい御馳走を


 今日はなんだか よく晴れて


 カラスが首を傾げても 子犬はちっとも気づかない


 カッフェでお髭をたくわえた 紳士がにっこりほほ笑んだ



 ちょっと変な言い回しの歌だが、子供のころマンマが歌ってくれた歌の一つだ。マンマも近所の老人もこの歌をいつだれが作ったのかすらしらない。昔からあったのか、それともムゥロができてからなのか。恐らくムゥロができてからなのかもしれない。何故なら歌に出てくる、カッフェのあるマルティノ通りとはムゥロの中心近くを通る大通りなのだ。そこへは家から歩いて十五分もすれば着いた。畑仕事や牧場の手伝いがない日は、ディリーゾ家の子供たちでそこへ赴いて賑やかな通りを練り歩いては楽しんだ。買い物をするお金はなかったけれど、たまにもらえた小遣いで買って食べたお菓子は、少しだったがとても格別な味がした。時折お店の人がおまけをくれたりもしていた。そんな甘い思い出も、もう今は。

 キニエイテンテスでは、甘いものはこれといってなかった。果物くらいならあったが、リンゴはあまり甘くなく、ちょっとすっぱい。

「御馳走が食べたい……」

 もし、自分がドラクラットを復興させてやったなら、ドラクラットがみんなで豪華な御馳走をふるまってはくれないだろうか。いや、一族を救うのだから、それくらいなくてはドラクラットの神経を疑う。いくら何でも、闇竜族の娘だからといってそんな終わったら速解散なんてことはないだろう。ないはず、ないと願いたい。なくてほしい。

 ドラクラット料理は、あまり変な料理ということはなく、食べたことがない料理ばかりであったが、どれも何かしらの人間の料理と共通点や似た点があり、思わず食指を止めるというような場面は見られなかった。馬肉が出てきたときは少し驚いたが。

 輸送手段が限られているムゥロを含めた周辺では、馬や牛は人間以外の貴重な輸送手段で、歳をとっても荷物を減らしたり距離を短くして大事に扱っていた。怪我や病気に罹っても看病して無事に治るまで面倒を見ていた、それでもだめだったときは、その時は死んでから火葬していた。それほど大事にされていたのである。しかし、ドラクラットはわざわざ動物を使わなくても、変身すれば馬や牛以上の大荷物を積むことができ、その上ぬかるみや森の木々といった障害も、盗賊に襲われるようなこともない。自分自身が馬なのだから、馬を輸送手段と捉えていないことに、文化や生活の違いを感じたエリアであった。

「馬が欲しかったなあ、そういえば」

 将来の夢は、誰かのお嫁さんになって子供を生んでマンマのように子供に囲まれることと、馬を持つことであった。特に白と黒の駁毛ぶちげが欲しかった。一度だけ二年ほど前に偶然牛のような毛色をした馬を見て、エリアは一目ぼれをしたのだ。牛みたいな馬という面白さと、そのちぐはぐさにとても愛らしさをおぼえたためであった。だからいつか駁毛の馬を成馬でも仔馬でもいいから手に入れて、ムゥロの通りを歩いたり、野道を走ってみたかったのであった。あの時の馬はどうしているだろうか。今もどこかで物を運んでいるのだろうか。

 今自分が乗っているのは馬とは似ても似つかない生物ですらないものである。馬より早いし糞も落とさないのはいいが、味気ない。それに馬にそこまで速さを求めてもいない。が、これでも頭上を舞う竜には追いつけやしないのだから、空とは不思議なものだ。

(エリア、左に迂回するぞ。この先は崖がある)

 数時間ぶりにエマーヘルの声を聞いた気がする。空を行くエマーヘルたちの眼には、森の先にある廃墟の途中に突如として二十メートルはあろうかという崖がそびえたち、エリアの行く手を阻んでいるのである。これは崖と言っても落ち込んでいるのではなく、向こう側が何らかの理由で持ち上がっているのである。高さだけでなく横幅も結構な距離があるため、ここいらで針路を変更しておかなければ回り込むのに時間がかかってしまう。

 そんな天変地異を眺めながら、エマーヘルは考えていた。あのような地層のずれは、いったい何故起こったのだろうか、と。リガーラたちの戦争は、森林や彼らの街を破壊しつくし、生き物が住めないような環境へと変えた。しかし、地形をあのような形で変えたようなことはなかったはずだ。これは大地が自らおこしたものだとするならば、特別な術で人目につかないようにして生きてきたドラクラットでも、逃れられはしない。

 ドラクラットには特別な術がある。それは村をリガーラが見つけられないよう、偶然たどり着かないようにするまじないであった。それは実に強力確かで、滅多にリガーラに見つかるようなことはなかった。近づいてもまず、不思議な力で別の方向へと向かってしまうのである。そうやって長い間隠れてきたドラクラットであったが、さしもの自然の力にはリガーラ同様抵抗するすべは持たなかった。ただひたすらに耐えるか逃げるしかなかったのである。

 時折横風に吹かれながらも、二頭の竜は廃墟の遥か上空を飛び越えていく。雲間に隠れる直前、下で小さく動くものがちらついているのを捉えており、それが動物ならいいがリガーラならエリアが巻き込まれないように指示しなければいけない。もし襲われでもしたのなら、リガーラたちの命を奪ってでも救い出すのが彼らの使命であった。

 地上を行くエリアは、ちらほらと人工物の名残が見えるようになったのに気づいていた。石柱、錆びきった鉄の残骸、コンクリート造りの建物が崩壊しかけているもの。かつての人類の繁栄の残りカスが、今もこうしてしぶとくその姿を残しているのだ。ムゥロは百年以上昔に廃墟となった場所に逃れてきた人々が築きあげた街だ。何十もの建物が、昔の建物を利用し手直ししたものらしい。そこに更に家が建てられ、同時に大きな、街全体を一周する二重もの壁が築かれたのである。レンガや木、岩、鉄、廃材、さまざまなものを用いて造られた壁は、幾度となく外敵の攻撃から街を守り、崩れてはその都度補修されてきた。人々の心の拠り所であった巨大で強固な壁も、飛行機の侵入は拒めなかったのである。

 エリアは、木々の間に彼女から逃げるように駆けていく鹿の群れを見かけた。見慣れぬ鉄の獣に恐れをなしたのか、彼らは皆逃げていった。

「フフ、襲わないのに」

 とは言ってみたものの、鹿を見るとその肉が食べたいと思うようになってきた。ムゥロではよく鹿肉が食べられていた。何故なら外には常に沢山いたからである。街の猟師たちが一度に群れを叩いて何十頭もの鹿を捕らえると、それらは解体され干し肉や塩漬けされたりしていた。毛皮はなめして上着になったり毛はそのまま冬用の服になっていた。無論鹿だけではなくイノシシやウサギ、時には東からやってきた熊も獲っては肉も毛も骨も利用していた。

 どうせだから、新鮮なうちに焼いたり煮たりして加工品でない獲れたての良さを味わいたいものだ。

 エリアはダンゴムシを止める。だがここで大きな問題が立ちはだかった。鹿の解体など出来ないのである。動物の解体の仕事は主に猟師や肉屋、あるいは男の仕事であった。女のエリアは教えてもらったこと等なかったのである。解体せずに鹿を食べるのは気が引けたエリアは、エマーヘルなら出来ないかと思い空を見上げてみたが、話ができないことを思い出すと項垂れて再び走り出した。

 肉が食べたかったと諦めがつかないエリアは、野宿を取るさいに彼に思い切って尋ねてみようと胸に誓い、スラブの森を走るのであった。

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