სიცოცხლის შადრევანი(命の泉)
ドラクラットの、キニエイテンテス村流の風呂というものを目にしたエリアは、存外人間ぽいということにそこはかとない懐かしさを覚えていた。風呂は五畳くらいの広さで浴槽は二畳分くらい。木の板を縛り上げて外側を湯が漏れ出さないようにモルタルのようなもので塗り固めて作られたものであった。
「エリア、気を付けてください」
一足先に浴室で待機していたライマが、濡れている床を指し示して注意を促す。床は石をならべてあるのだが、驚くべきことに石はそれぞれ隙間なくぴったりと合うように加工し組み合わせられており、ドラクラットの建築技術の高さを今一度確認できた一幕であった。
「あったかいお風呂だあ……」
ムゥロでは毎日風呂に入っていたわけではない。別に我慢していたわけではなくそれが当たり前だったので何とも思わないが、よく水風呂でもあったためこういう広くて暖かな風呂はとても嬉しかった。これでこの数日間の汚れを洗い流せるというもの。
エリアはライマの横に椅子に腰かけると木桶で湯を一杯掬った。指に触れる湯の暖かさにじんわりと心が温まり、早く浴びたいと逸る気持ちを押さえて、ライマに手渡した。ライマはそれを受け取ると、ゆっくりとまずはエリアの肩から湯をかけた。
「沁みるかもしれません」
「うん」
目を瞑って体を縮こませる。そして待望の第一波が肩から背中と胸を伝って体に伝わった。
「おっ…………くう~!」
痛みは無かった。外傷はほぼ完治していたためである。それよりもその気持ちよさに快感の声を上げるエリアであった。冷え切ったこの心に少し熱いくらいの湯が隅々まで染み渡り、温めてくれる。同時に色々な汚れも流してくれるような気がした。
「痛くないですか?」
と尋ねるライマに対し、首を横に振って大丈夫という合図をすると彼女はよかったとばかりに微笑んで、また湯をかけた。
「では頭もかけますよ」
頭からも湯がかけられ、全身ずぶ濡れになるエリア。顔を拭って目を開ける。
「では洗いますねえ」
一旦自分にもかけると、手元の台に置かれた木箱を開け何か袋のようなものを取り出した。よく見るとそれは網であり、中に丸っこい物体が入っていた。
「これですか?これは馬の油に香草を砕いて混ぜ込んだ石鹸ですよ。新物なのでいい香りです。素敵、サリペラの香り」
石鹸の香りを嗅いだライマは、エリアの鼻元に近づける。サリペラとは何だろうかと思い嗅いでみると、嗅ぎ覚えのある香りが鼻腔を通り脳に伝わっていくのを感じた。
「サリペラ……カモミールかなあ」
サリペラとは竜語でカモミールのことである。他にも二種類のハーブを使っているこの石鹸は、村の女たちが男たちが狩ってきた馬の油を用いて作ったものだ。他にも石鹸は植物油や他の動物の油でも作られるが、馬の方が怪我の治癒力も高く人気が高い。しかし石鹸は貴重品のためあまり頻繁に使えるものではないし、今彼女たちが使っているものはとりわけ上質なもので村長など位が上の者たちでもないと使えないのだ。
そうとは知らないエリアは、うきうき気分で石鹸を泡立てて腕に伸ばしていた。
「泡立ちいいなあ」
ムゥロにもあることはあったが、エリアのような一般人が使える石鹸はシンプルで香りも特になく泡立ちも良くなかった。だがこれは真逆で今まで出会った石鹸で一番素敵なものだと感じていた。
エリアはライマに頭を洗ってもらいながらクイリのことを思いうかべていた。
「髪、伸ばしますか?」
洗いながらライマが彼女の真っ黒い髪をもたげて尋ねてた。今まではショートに保ってきたが、ライマの綺麗なロングヘアーを見ていると、伸ばすのもいいかもしれないと思っていたエリアは、少し考えて、
「うー、とりあえずちょっと伸ばしてみる……」
「そうですか。それなら後で縛り紐でもこさえましょうかね」
まだ縛れるほどには伸びていないが、いずれ伸びたらありがたく使わせてもらおう。
「じゃ、体も洗いますね。顔は自分で洗ってください」
「わかった」
ライマに体を洗ってもらいながら手に残った泡で顔を擦る。顔の皮脂や汗がみるみるうちに取れていくような気がしてくる。ライマの柔らかな手で体中を現れながら、なされるがままに体を委ね、自身は顔をぐんにゃりと崩して呆けていた。この幸せな時間がいつまでも続けばいいのに。
「流しますよ」
ライマの声でハッとした直後、お湯を頭からかけられ慌てて目を瞑る。数回流されたあとようやく体中の泡が落ちたようで、湯舟につかることを勧められた。
「大丈夫ですか?」
と、手を貸そうとする申し出を断り彼女は浴槽の縁に手をかけると慎重につま先から湯につけた。つま先が湯に触れた瞬間、再び快感が先から少しずつ押し寄せる。そうやって時間をかけて肩まで浸かると、彼女はまた顔を崩してくつろいだ。するとライマが失礼しますね、とエリアの正面から入ってきたのでさっと足を引っ込めてこの所が入れるようにスペースを開けた。
「ああ、やっぱりいいですねえ……ああ~」
柔らかなライマの笑みが更に柔らかくなっていき、このまま湯に溶けてしまうのではないかと思うほどであった。
「この先、あと何回こうやってお風呂、入れるかなあ」
いつの間にか神妙な面もちになっていたエリアに、ライマは窓の外を眺めながら考え込んだ。
「さあ」
今はそう答えることしかできなかったが、エリアにはその答えでも十分であった。ただ、今はこの一時を全身で味わいたかった。
月が煌いた。




