Ciepłe powietrze(暖かな午後に)
予想外の負傷によりキニエイテンテス村での滞在が延びたエリア達は、エリアがある程度回復するまでの間ゆっくりと体を休めることとした。エリアは一週間近くもベッドに寝たきりになっており、本人は少しくらい歩きたかったのだが、険しい表情のライマから安静にするようにと釘を刺されてしまい、日がな布団に横たわっては暇を持て余していた。
流石のドラクラットでも、あれだけの暴行を受ければ内臓や骨にダメージを負っていたようで、数日の間血尿と腹痛、それに息をするだけでも痛む胸に悩まされた。
「これは?」
ある日のこと、いつものように寝たままのエリアの元に訪れたライマは、質素な首飾りを差し出した。磨かれた白と青のマーブル模様の石を磨いた小さな珠と更に小さな真っ黒い石の珠が六つに、麻の糸を通してある。
「綺麗ね」
手に取ったエリアは、持ち上げて日差しに反射させながら食い入るようにその石を見つめていた。黒い石は恐らく黒曜石だろう、だがこの真ん中の石は何というのだろうか。初めて見る鉱石に疑問を抱いていた。するとライマが、
「ああ、それはポリパニスですよ。遠く東の方より千年前にこの村に渡ってきたとか」
ポリパニスは竜語で翡翠のことを指す。
「千年も?」
そんな昔のものがこうして綺麗な形を保っていることが驚きだが、それよりもそんな大切そうなものを自分がもらっていいのかということだった。そのことを彼女に尋ねると、少し険しい顔をしてすぐにまた微笑んで言った。
「エリアの件で脅し取ったんですよ。村に伝わる宝物の一つだとか何とか言ってましたけど、こういう祭事装飾物は実際に身につけないと意味がないんですよ。だからぶん捕ってきました」
宝の持ち腐れですからね、と彼女はお茶目に笑って見せたが、温厚そうな彼女も案外そういう面があるものかと面を食らったエリアであった。
「ポリパニスと、セルケマシンタン(※1)。それにガフドーシャン(※2)の糸。これらは合わせると遭遇の幸運をもたらします。実に珍しい組み合わせですね、大体出会いをもたらすためのまじないはキリマイカ(※3)とかセジュビ(※4)とかを用いるものなのですが……」
そう話しているライマの眼は輝いており、いつもより饒舌になっている。祈祷師としての本領発揮といったところか。
「楽しそうだね」
エリアの発言に、そうでしたか、とおどけて見せるライマを見て、もしかすると彼女も無理をしているのかもしれないと思ってしまう。ほんのつい数日前に自分と出会ったばかりで、まだ彼女にも自分に対する嫌悪感や忌避感がひしひしと感じ取れた。だが今こうして彼女は自分のことを大切にしてくれて、自分のため一つの村を脅しにかけている。どうしてこんなにも一瞬で様変わりして優しくしてくれるのか、不信感さえ抱くほどであった。
「さあ、エリア」
ライマは結び目をほどくと、エリアの首の後ろに手を回す。エリアはつけやすいように髪を上げると、黙って彼女が付け終わるのを待っていた。ライマの顔が今までになく近くにある。臭さはないが、ある種のお香のようなものを体にうっすらと纏っているらしい香りが鼻腔に染み渡る。
「私さ」
「はい?」
「……臭くないかな」
この村に来て一度も体を拭いてすらいないことを、彼女の香りで思い出し思い切って尋ねてみた。この上なく恥ずかしいことに思えて、顔が真っ赤になり茹でられたように熱くなるのを感じていた。
「そうですねえ……」
ライマは結び終えると首飾りの位置を正し、窓の外を見つめて呟いた。
「今日あたり湯につかりますか?」
それは思ってもみない提案であったため、思わず顔を綻ばせてエリアは食い気味に尋ねた。
「いいの!」
先ほどまでの衰えぶりとは打って変わって生き生きとした態度でぐいと来たエリアに若干驚きつつも、ライマは、
「エリアが大丈夫であれば」
と答えた。当然彼女の回答は……
※1 セルケマシンタン:黒曜石のこと
※2 ガフドーシャン:麻のこと
※3 キリマイカ:石英のこと
※4 セジュビ:馬のたてがみを編んだ細い縄のこと




