Rapidement(急いで)
エリアは倉庫ではなく明るい客間で手当を受けていた。彼女の手当てはライマと屋敷の使用人の女性二名によって行われていた。倉庫ではなく通常の居住空間での手当てが許されているのには、先ほどの一件がかかわっている。
「そうか、お前を……ウグルセンたちが……」
仕切りの向こうで手当てが行われており、エマーヘルと村長ビオネンデ、その息子タイオンと他村の有力者二名が集い話し合いの場を設けていた。エマーヘルの表情は非常に険しく、反対にビオネンデ等村の者達はバツの悪そうな表情で押し黙っていた。
何故かというと、先ほどのリンチと殺人未遂は、この村のドラクラットによって起こされたものだ。既に加害者ら四名は全員死亡してはいるものの、その事実は紛れもなく言い逃れできない確たる事件であった。村人によって予知の、それも一族全体の救世主となるとされている少女を殺そうとしたのだ。それがもし全体に知れ渡ってしまえば、この村は全員で一族に歯向かったものとみなされ、あとは言うまでもないだろう。
そういうわけで村全体が弱みを握られており、こうしてエリアをまともな部屋に移動させ手当てもさせているのだ。断る権利はビオネンデにも無い。
「村の者が申し訳ない。ウグルセン、ボルデア、サイトール、ジュライオナイオの一族は責任をもって追放とします。それでどうか、お許しいただけないでしょうか」
そう言って深々と頭を下げたのは、ビオネンデの一人息子タイオンであった。二十六歳の彼は次期村長として父の元で長としての役割を学んでいる。これからは改革を行いながらと考えていた矢先の事件で、これを機により政に踏み入れることとなり、今回の件を取り成す役目を負ったのだ。
家族の追放は重いかもしれないが、村全体の存亡をかければ安いものだ。それに、残された家族も過ごしにくかろうという配慮の元であった。ただ、闇竜族が被害者という特殊な例のため、むしろ同情の方が多いだろうが。だがそれはそれ、これはこれ、である。自浄作用がない集団はいずれ芯から崩れ去る。
「わかった……いいか、エリア」
エマーヘルは、仕切りの向こうのエリアにそう尋ねた。半裸のエリアは布を腕に巻かれながら少し沈黙し、そして小さくうんと頷いた。ここで許すのが主人公というものかもしれない、だが今の彼女には彼らを、この村の村人を許せる愚かさは持ち合わせてはいなかった。こうしてひとまず会合がお開きになりエマーヘルたちが外に出ようとした時、エリアが彼らを呼び止めた。
エマーヘルを除く四名はドキリと立ち止まる。
「……クイリがなんであんな扱いを受けていたのかは聞かない。聞いたら多分あんたらを殺すから。でも、二度とあんな酷いことしないで。二度とクイリに関わらないで。もしクイリを追っていたり、同じようにいじめをしていたことがわかったら、この村全員……もういいよ行って」
言っているうちに胸に熱いものが急にこみ上げ、冷静に喋る自信がなかった彼女は、言葉を切って出ていくように促した。タイオンは謝ろうと言葉を絞り出すが、エリアの激情に言葉を失う。
「出て行って!じゃないと殺してやる!お前らも、私を利用するドラクラットごとき全員!!!行け!!行ってよおお!!ううううううううう……………!!」
涙を押し殺して泣く。彼女の言葉に、四人だけでなく、ライマとエマーヘルも思うところがあり、胸を痛める。
「ごめんなさい、エリア……本当に、ごめんなさい……」
ライマは、手当の手を止め、涙ぐみながらエリアを抱擁した。それを見ていた二人の女性は、顔を見合わせ困惑した表情で手当てをしあぐねていた。何故、闇竜族を抱きしめられるのだろうか、と。
抱きしめられるエリアの心の中では、ドラクラットに対する憎しみが生まれ始めていることに、彼女は気づかないふりをしていた。
(私には、ドラクラットなんてどうでもいい。家に帰りたい……それだけなのに)
星が澄んだ空に自らの存在を主張している。今まで空を濁らせてきた人類が戦争によってその数を減らし文明を失ったことで、空は再び千年前の輝きと純度を取り戻し始めていた。それでもまだ各地では汚染されたままの場所もあり、そこでは蟲一匹すら住めやしないのだった。
エリアは柔らかな上等な布団に体を預けて、窓からジッと夜空を見つめ続けていた。ぐるぐる巻きのエリアの顔はまだ痛々しく腫れており、かつての美しさは今はまだ見られない。だがドラクラットは人間と比べ竜の遺伝子だけでなくその長所も残しているため、傷の治りは早い。この腫れも四、五日もすればおおよそ引いてしまうだろう。後遺症も残るまい。
彼女は今、無心であった。空を見ても何も思わない、いかなる感情も浮かばない。そんな中、三筋の流れ星が窓の端で走った。エリアの眼はそれを捉えていたが、しばらくの間彼女はそれに気づくことすらなかった。ニ十分ほど後、ようやく流れ星を認識したエリアは、一度だけため息をついて、胸と腹の痛みに顔をしかめた。骨折をしていなかったのは幸運だった。これもドラクラットの丈夫さの恩恵か。
口を動かす気にもならなかったエリアは、頭の中でこれからのことを考えた。怪我が治り次第村を出るそうで、こんな村にはいられないとライマとエマーヘルは憤慨していたのを思い出す。自分としてもできるだけ早くこんな場所は出てしまいたかった。できればさっさと滅びてほしいとすら。
(クイリ、いつかまた会おうね。私の役目とやらが終わったらどっかの村で一緒に住もうよ。お隣同士でさ……)
今どこにいるのかわからない、初めてのドラクラットの友の空を自由に舞う姿を思い描いて、彼女は瞼を閉じた。
キニエイテンテスの澄んだ夜が、今日も更けていく。




