Taivas ja kuu(空と月と)
ネイズン曹長が咄嗟にヨー軸を回転させ機体を斜めに滑らせた。直後、勢いよく口が閉じられ水平尾翼の一部をもぎ取った。機体が揺れ、一部制御が効かなくなる。竜は噛み千切った尾翼を吐き出すと、もう一度機に迫った。空戦フラップを展開して応戦したいが、無駄だろう。また、尾翼を損傷した際に銃座の基部が歪んでしまったため、旋回させることが出来なくなってしまった。上部機銃の射線上にもない。今度は竜は鎧を被った頭で胴体を殴る。巧みな操縦技術と直感により直撃とはならなかったもののフレームごと歪められた偵察機は速度を落としてった。衝撃で台座から滑り落ちたダッチ軍曹は頭部を強打して昏倒している。これで使える機銃は操縦席の前方下にある正面機銃だけとなった。だがだからと言ってやりあうつもりは毛頭ない。速度も落ちているのだ、とにもかくにも戦闘機隊と合流することが先決であった。それまであのふざけた生物から逃げられればの話だが。メラーラとネイズンはほぼ同時にエンジン出力が落ちていることに気が付いた。
「エンジンに問題は有りませんがメインタンクとのパイプが折れているようです。燃料が流出しています」
メラーラの報告を受け、ネイズンが景気を確認してみると確かに胴体内にあるメインタンクの燃料計の針が、急激にゼロを目指していた。すぐに翼内のタンクに切り替える。これで一応大丈夫なはずだ。二人は巧みに三つの軸を操りながら機体の安定に力を注ぎつつ、同時に後ろから迫る敵から逃れようとしていた。
「意味がわからねえ!!ドラゴンだって?ふざけるな!!」
そんな子供向けの童話みたいな生物が存在していることが信じられなかった。だが現にそいつは真後ろで自分たちを喰らおうと牙を剥いて襲ってきているのだから、受け入れざるを得なかった。
機銃が使えない後部機銃手は、代わりに絶えず敵の動きをコックピットに知らせていく。
「一〇フィート上昇、三メートル接近……四メートル接近、噛みつき来るぞ!右!」
「よし!」
機体をロールさせ、上手く躱した。いいぞ、彼が固い笑顔でそう言おうとしたその時だった。竜がもう一度口を開き、喉の奥から燃え盛る火炎を吐いたのは。機体は一瞬で炎に包まれ、彼は真っ先に焼かれた。
「うわああああーーー‼」
後部機銃手の絶叫が機内を駆け巡る。更に倒れていたダッチまでも炎に巻かれてしまった。悪いことは続くもので、穴の開いていた燃料パイプから炎が入り込みタンクに引火、炎は更に激しさを増した。
「炎まで吐くなんてありかよ!クソッたれ!」
正面機銃手が銃座を離れ、備え付けの消火器を携え消火にかかった。白い粉が噴出し炎を消していくが、全ては消火しきれない。空の消火器を投げ捨てると、上着を脱いで頻りに燃える箇所に叩き付け始めた。焼け石に水だろうが、しないわけにもいかなかった。彼が決死の消火作業を行っている間も、パイロットたちは操縦桿と戦っていた。先程の火災で尾翼が完全に破壊され、ほぼ制御不能に陥っていたのだ。もうそろそろ機体を捨てても良いころだろう、ネイズンはメラーラに残念そうに首を振ると、メラーラに席を立たせ、パラシュートを装着するように促した。
「俺は機体を安定させて、それから行く。早くしろ、俺が脱出できんだろうが!」
笑いながらそう怒鳴ってコパイを無理矢理立ち上がらせると、彼はフラップを操作して可能な限り機体を水平に保つよう努力し始めた。メラーラはパラシュートの入ったボックスを開け一つを正面機銃手に投げてよこすと、手早くそれを装着し、もう一つを操縦席の傍に置いておいた。
(どうかご無事で)ドアを吹き飛ばす。加圧されていた機体から、押さえつけられていた空気がジェットのような勢いで噴き出した。手すりになんとかしがみ付いて機外に吸い出されなかったメラーラは、コックピットに敬礼を送ると、
「先、失礼しまあす!」
そう言い残して飛んだ。続いて機銃手が飛ぶ、が運悪く中途半端に形が残っていた尾翼に直撃、鋭い切り口に切り裂かれ真二つになって飛び散った。
訓練ではない、実戦での降下だ。訓練の時は落ち着いて操作できたが、いざ実戦となると恐怖で上手く頭が働かないものだ。高度はどんどん下がっていく、が今はまだ開かない。今開けば竜に見つかって食いちぎられかねない。恐怖を堪えて高度が下がるのを待った。相当下がったであろうと推測して、苦心してパラシュートを開くと、降下速度が急減速し、彼の体は非常にゆっくりと降下し始めた。
「ふう、はああ……はっ、そうだ。曹長は?」
落ち着いた彼が機体を捜すと、一〇〇〇メートル以上前方で燃え盛る機体が目に入った。
「脱出は……まだなのか?」
総長が脱出できなかったのではないだろうかと危惧していると見る見るうちに機体が完全に炎に包まれ、そしてバラバラになって落ちていった。
「ああっ!」
思わず叫び声を上げる。竜は落ちていく機体の上を通過していった。曹長が脱出した様子はない。つまり彼は機と運命を共にしたということか。現実が受け入れられない彼は、ただただ力なく首を横に振り、むせび泣いた。実戦などない、それがもっぱらの噂であり、上官も、同輩も皆そう口々に言っていた。だのに、それなのに今こうして彼はすべてを失った。愛機も同僚も。彼らが嘘をついたわけではない、彼らとて予想だにしなかった事態だったのだ。責任は誰にもない。
彼は竜に見つかることなくゆっくりと夜のヨーロッパの空を降りて行った。やがて地表が近づくと対ショック態勢に入った。高度が下がると地面が近づく速度が速くなったように感じる。着地の瞬間彼は体を捻って衝撃を殺すと、よろめきながらも無事着地に成功した。まだ実感が湧かず震える手で腰から地図を引っ張り出した。位置を最後に確認したのは竜と接触した直後だ。大体基地から一五〇キロは離れているだろう。おそらく途中で救助隊に拾われるだろうが、そのために合流できそうな地点までいかねばならない。彼は一番近い開けた場所、とうの昔に滅んだ町の跡地へと足を進めた。




