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Schwarz Drache ~黒き竜の少女と果て無き旅の果てに~  作者: 戦艦ちくわぶ
Ⅰ La ragazza nera(黒き竜の乙女)
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Un lungo viaggio(長い旅)

 熱く、そして吐き気が胸を覆いつくす。この不快さと高揚には覚えがあった。そう、あれは……

「うううう!!!」

 凶悪な殺戮衝動と破壊の慟哭が脳を麻薬で浸す。徐々に体のあちこちに異変をきたす彼女だが、それはドラクラットである二人から見ると些か異常な変化のように見えた。最初は今まで変身してこなかった反動だと思っていたが、すぐにこれはおかしいと気づき、すぐさま変身をやめさせるよう試みる。

「落ち着け黒き竜の少女!!それは変身ではない、己を失いかねん!!」

 うずくまるエリアの肩を揺さぶるエマーヘル、ライマは何かを思い出したらしく服のあちこちを探り始めた。

「確か、あれがあれが効くはず……そう、これです!エマーヘルこれを!」

 懐から小さな麻袋を取り出すと、そのまま彼に投げて渡した。それを後ろ手にキャッチするとすぐ紐を乱雑に緩め中身を確認して一言。

「ゴルームンか!」

 そう叫ぶと袋を手早く揉んでエリアの鼻に押し付けた。

「吸え、深く吸うのだエリア!ゴルームンがいきり立ったお前の内を沈めてくれるはずだ!さあ、ゆっくり深く」

 効果はすぐに表れた。眼を剥き血走らせていた険しい彼女の表情は見る見るうちに力を抜いていき、十秒としないうちに瞼を閉じて崩れ落ちる。

「ふう……しかしまさかここまで効くとは……どれほど過敏になって」

 ゴルームンの入った袋と地に臥せた少女を交互に見やると、袋の口を縛ってライマに返す。

「普通はここまで効きませんものね……私も驚きです」

「少し、性急すぎるのかもしれんな。ことは重要だ失敗するわけにはいかん」

 唇をかみしめる彼を見て、ライマは小さくええと頷いた。やがて寝息を立て始めたエリアを抱えると、二人は再び建物の中に戻り彼女を寝かせた。目覚めて一刻と経たぬうちに少女は再び眠りにつく。彼女の体は、精神はまだ急激な変化に追いついてはいないのだ。それが例え強靭なドラクラットのものであったとしても。

 彼女はヨーロッパの一角で育った、まだ十七歳の少女なのだ。とてもジャンヌダルクにはなれや、しない。



 微睡の中でエリアは母を見た。育ての親であるマンダナ、彼女は良き母であり良き妻であった。夫ラマーカスとともに三十年にわたり身寄りのない子供たちをこの崩壊した時代で育ててきた。今までに送り出した子供たちは百人は超え、エリアが過ごす間にも彼女を含め六人の子供が夫妻の家に暮らしていた。彼女はよく裁縫や料理を子供たちに教えており、エリアも彼女から多くのことを学んだ。あの日もマンダナとエリア、そして彼女の一つ下のエカチェリーナの三人で八人分の料理を作っていたのだ。だが、あの晩に一瞬で皆、灰燼と帰した。エプロンを身に着けマトンで大鍋を抱えて笑う母の姿が遠のいていく。もうすぐよ、そう彼女の口が動いた。

「お母さん(マンマ)!!」

 エリアの叫びは届かない。闇の中に炎と消える母、そして家族……

 


 ベッドの中でうなされている彼女を見て、ライマは揺らいでいた。先ほど彼女を外に連れ出した時や空へと運んだ時もそうだったが、彼女はまだエリアを恐れていた。生まれた時から闇竜族は反逆者であり呪いの種族であると教わってきたし自分もそう信じてきた。あの予知を見るまでは。あの時から闇竜に対する、ドラクラット全体に対してある種の疑念を抱くようになっていた。今までドラクラットは闇竜族を排除してきた、忌むべきものとして扱い殺してきた。だのに今、一族の生存と繁栄のために彼らを見つけ出し利用しろという。それは少し虫が良すぎるのではないか、そんな思いがいつの間にか彼女の中に生まれていた。どうしても憎しみを持てないのだ、この目の前で夢に苛まされうなされている哀れな少女に。髪の色、右の目の色、そして紋章の色、どれも彼女が闇竜族だということを如実に表しているが、他は最早ただの若きドラクラットにしか見えないのだ。本当に彼女が言い伝えのようにおぞましい心と血を持った闇竜なのか、ライマは目を瞑って祈った。どうか、この浅はかな私に聡明さをお与えください、と。



「ゴルームンというのはだな、キエス、ホステンサーの葉、ナミダヨモギの根を乾燥させたものを混ぜた一種の精神を落ち着かせる薬草なのだ。腹が立った時、緊張したとき、痛みを和らげるときに使う」

 五時間ほど後目覚めたエリアに、先ほど使ったゴルームンについての説明を二人はしていた。渡された袋を開けると、確かに細かな破片の、乾燥したいくつかの種類の植物が中に詰まっており、とても心休まる懐かしい感じの香りが漂ってきた。

「揉むと効果がある。普通は心を落ち着かせる程度なんだが、先ほどのお前には過剰に効いたようでゴルームンを使って意識を失うのを見たのは私も初めてだった」

「へえ……」

 中身を少し摘まんで指先でこすってみると、少量でも強く香りが放出され鼻腔を優しく支配してくる。

「ふわあ……」

 また眠気に襲われつつあくびをかみ殺す。このハーブを見ているとちょっとだけドラクラットについて知りたいと思えるようになってきた。そのことを口にすると、ライマとエマーヘルは顔を見合わせやがて頷くとエマーヘルはこう言った。

「ではドラクラットの村へ赴こうか」

 この一言で、エリアの、闇竜族の少女のとても長い長い旅が始まる。旅の中で彼女は痛み苦しみ、喜びそして知るだろう、すべてを、彼女の全てと竜の全てを。


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