Il crollo di Muro(城壁都市ムゥロの崩壊)
気が付くと少女は炎と瓦礫の中に倒れていた。崩れた家の残骸の直撃を受けた頭や腕が鈍く痛む。彼女はまだはっきりとしない頭で周囲の状況を認識し始めた。肌を焼き尽くさんばかりの熱い空気と、嗅いだことも無いような鼻孔を突く嫌な臭いに意識を再び奪われそうになりながらも、彼女は惨劇を知った。先程までいつものように台所で夕食を作っていたはずの母の姿は無く、かわりに花柄の服の切れと床に広がる赤黒い染みがあり、貯蔵庫からチーズを抱えてきていたはずのチビのガルデルも、どこかに姿を消してしまっていた。彼女はひっくり返ったシチュー鍋を手に取り、その熱に思わず放り投げてしまう。
「…………!」
何か言葉を発しようと試みたのだが、どうにも声が出なかった。出したくても、涙さえ出ないのだ。何の経過も無く、一瞬にして一変した世界に彼女の脳は対応しきれないでいた。
彼女は立ち上がろうとして、動けないことに気付く。足もとに目をやると、折れた天井の梁や壁材などが、脚を中心にのしかかっていたのだ。迫りくる炎、支配する恐怖、普通なら、どうにか脱出しようともがきながら泣きわめき、神に助けを乞うだろう。が、彼女はそうしなかった。不安定な心とは裏腹に、至って冷静に残骸に手をかけると、凄まじい力でそれらを持ち上げ僅かに生じた隙間から、細くしなやかな脚を引き抜いたのだった。
脱出に成功した彼女はそのまま通りに出た。彼女の目に映ったのは、我が家と同じように崩れ、炎に焼かれていく家々の姿であった。向かいのジョンソンさん家の奥さんが、炎に包まれながら目の前を駆け抜けていった。ダジャレが口癖な警察官のサムエルさんの、目をカッと見開いたままこと切れている遺体が足もとに転がっている。彼女は間抜けに口を開いたまま首を横に振ると、脚を引きずるようにして通りを歩き始めた。無意識的に、自分でもどこに向かっているのか分からないまま、歩き続けた。完全に崩壊し、惨たらしく燃え上がる我が家を振り返る勇気はなかった
ふと、物が燃える音とは別の音が真っ黒い空から降り注いでいるのに気付き、顔を上げた。ブンブンと喧しい。三日月と地上の炎に照らされる空を飛んでいたのは、沢山の小さな十字架のような物体たちであった。始めはそれが何なのかは理解できなかったのだが、おもむろに記憶の片隅からある日の記憶が蘇った。
ねえこれ、何て言うの?
ああ、それね。それは飛行機っていうんだよ。
ヒコウキ?
そうそう、空を飛ぶの。ブーンってね
空をー?うそー!見たことある?
私は無いかなあ……ずーっと昔にたっくさんいたらしいよ。
すっげー!
「そうだ、飛行機……ジャック、あれが飛行機って奴だよ……」
あの頃が鮮明に蘇る、彼女はようやく一筋の涙を流した。まだ九歳だったジャック、毎日毎日元気に遊んでいたジャック、きっとあの子も皆と同じようにあの飛行機にやられてしまったのだろう。頬を伝う涙が、顎から地面に落ちたその時であった。彼女の胸の奥から、凶暴な衝動が沸き起こった。今まで感じたことのないような、野性的で、それでいて興奮する。まさに血沸き肉躍る、そんな衝動が生まれたのだ。
「……な、何!これは、アアッ………‼」
胸が燃えるように熱い、目も沸騰しそうだ。彼女は胸と顔を押さえたまま、唸りながら石畳の上に倒れこんだ。心臓どころか、魂の根幹から変わっていく、そんな気がした。
「ウアアアアーーーーー‼‼」
そこからの記憶は、途絶えた。




